[06]宝石天使エメラエル降臨
§――――――――§
「ちぃっ、やってくれたじゃないのさ!」
吹き飛ばされた赤毛の少女が滑りながらも見事に着地し、敵怪人へと吼える。
その頭上には金色の光が輪を成しており、背中からは動きを邪魔しない程度の小さな白い翼が生えていた。
「ルビエルさん大丈夫ですか!?」
空から降りて来た青い髪の少女は飛行用の大きな翼の魔力結合を解除して、ルビエルと呼ばれた少女の隣に立つ。
「ああ、アタシは問題無いよ。意外な位に痛みも無いし全然戦える」
ルビエルは元気良く手に持った杖を振り、自らの健在振りをアピールした。
「ふん、宝石天使とやらは無駄に頑丈ですわね。まぁそれなら私も全力で戦えると言う物ですけれど」
二人の前に立ちはだかる女怪人は朱色に銀のメッシュを入れた長い髪を掻き上げ、忌々しそうに眼を細める。
「はっ、自信満々なのは結構だが、アタシとサファエルのコンビ相手に何時までその余裕を保ってられるかねぇ?」
ルビエルが杖を構える。その杖の頭には螺旋状に溝の刻まれた円錐――所謂ドリル――が備えられており、振動音を立てながらゆっくりと回転を始めた。
「最後まで、ですわ。行きなさい! コボルト達!」
女怪人のヴァーミリオンが命令を下すと同時に、後方で控えていた戦闘員が前に走り始める。
「Wrrbthhhh!」
犬に似た頭部を持つコボルトの口から形容し難い唸り声が響いた。
コボルトの手に握られているのは金属製のスコップであり、小柄な体格の彼らに合わせたサイズの獲物は一見して貧弱そうに見える。
しかし侮るなかれ、固い砂利に突き立てても鋭利さを失わないどころか却って鋭さを増す先端は白兵戦に於いて有効な打突武器となる。
「洒落臭え! 『ルビードリル』!」
掛け声と共にルビエルの杖の先端が高速回転し、突き、払う度にコボルトの武器や肉体が削り取られた。
「私も! 『サファイアカッター』!」
サファエルの杖から圧搾魔力が放たれ、狙われたコボルトの胴体は切断されて塵へと還る。
「ふん、中々やりますわね。ですが、コボルトはまだまだ居ましてよ?」
ヴァーミリオンが指を弾き、合図に従って新たなコボルトが前進し始めた。
隊伍を組んで進む彼らに保身の二字は無い。
じわじわと二人のジュエルズエンジェルは敵の軍勢に押され始めた。
「ちっ、多過ぎる……!」
「このままじゃ……!」
剣先スコップの刃が杖に弾かれて火花を散らす。危うく杖を落としそうになったサファエルは冷や汗を流した。
ルビエルはまだしも、近接戦闘向きではないサファエルは襲い来るコボルトの攻撃に防戦を強いられている。
一撃で相手を倒すカッターは強くとも、恐れを知らない死兵とは相性が悪かった。
「あらら、私が出るまでも御座いませんでしたわね。ジュエルズエンジェルと言えども、所詮この程度ですか」
扇で口元を隠し、ヴァーミリオンは自身の優勢を確信して笑う。
「――――『エメラルドピック』」
囁く声が闇夜に融けた。
「ッ!」
瞬時に広げられた扇が飛来した武器を防ぎ、その周囲でコボルト達の延髄に翠色の串が刺さる。
ヴァーミリオンが咄嗟に反応出来たのは此処に居ない一人の事を警戒していたからである。戦闘慣れしていないルビエルとサファエルよりも格段に容赦の無い戦い方をする第三の敵、即ち、エメラルドのジュエルズエンジェルの事を。
「……来ましたわね、エメラエル。背後からの不意打ちとは卑怯だと思いませんの?」
「卑怯? 大勢で寄って集って女の子を虐めてる奴が何を言うのさ。と言うかさっさと死んでくれないかな、こんな時間に現れられると迷惑なんだけど」
天使の輪を頭上に輝かせたレイが悪魔の如く冷笑した。
レイはジュエルズエンジェルと言う魔法少女であり、当然ながらその性別は女性だ。
平均よりも高い身長と中性的な容姿、それと言葉遣いのせいで誤解されがちだが、まだ十六歳の乙女である。
「エメラエル! 人の喧嘩に手ぇ出しやがって! お前の事なんて呼んだ覚え無ぇぞ!」
「僕だって来たく無かったよ。君達がさっさと倒さないのが悪いんだろ?」
ヴァーミリオンの集中が途切れた事でコボルト達の動きが止まり、ルビエルがレイと言い争いを始める。
「もうちょっとしたら倒してたっての!」
「どう見ても追い詰められてたじゃないか」
「逆転する予定だったんだよ!」
子供の様な抗弁をするルビエルにレイはやれやれと溜息を吐いた。
「ルビエルさん、落ち着いて下さい。口論するよりもすべき事が有る筈です。ね?」
サファエルが相方を宥め、戦闘に意識を向けさせる。
「青い方は冷静そうだね。不思議とどこぞの奴を思い出してむかつくけど、一つ教えて上げよう。二人バラバラに戦うんじゃなくて一緒に戦うんだ、そっちの馬鹿そうなのを君がフォローしてやればきっと上手く行くよ」
レイがサファエルに助言をすると、ヴァーミリオンが舌打ちをして扇を構えた。
「お遊戯の時間は終わりですわ! 此処で砕け散りなさい!」
再びコボルト達が突撃を開始する。今度はルビエルとサファエルの方向にだけでなく、反対側のレイにも襲い掛かった。
「『エメラルドピック』」
三十センチメートル程の光の束が放射され、複数のコボルトに突き刺さる。
眼球を貫通して脳まで届く物も有れば、薄い革鎧を貫き心臓へと突き刺さっている物も有り、いずれも急所を串刺しにされていた。
そして、必要最低限のコボルトを倒したレイはヴァーミリオンへ向かって一直線に走る。
「速い……!?」
二方向からの敵に対応しているヴァーミリオンは気付くのがワンアクション分遅れた。
戦場に於いてそのミスは致命的な失敗と成り得る。
原因はレイの助言を受けたルビエル達がコンビネーションにより危な気無くコボルトを倒す様になったからだ。
前衛後衛の役割が機能する様になる事でその殲滅速度は先程とは比べ物にならない程である。
「『エメラルドピッケル』!」
レイが腰に差していた杖を抜いた。
呪言と共に杖の先端から三日月の如き翠色の光が伸びる。
翠の疾風がコボルトの間を駆け抜け、研ぎ澄まされた魔力の鶴嘴がヴァーミリオンへと突き立った。
「――――それを待っていましたわ」
しかしそれは幻影。幻を穿ったピッケルが金属光沢を持つ液体に絡み取られたかと思うと、その表面を呪術的紋様が駆け巡る。
「なっ」
光がレイを覆い、転移魔法が発動した。
§――――――――§
「……ようこそ、我が宮殿に。歓迎するぞ、エメラエル」
玉座に腰掛けた男がレイに声を掛けた。
レイは僅かに逡巡し、情報を求めると共に時間を稼ぐ事を選択する。
「……此処は何処だ? そして貴方は何方かな?」
自分が何処かにテレポートされた事を理解したレイは警戒心も露に男へ質問した。
空間転移は距離に応じて発動に遅れが生じる。
魔法少女に属する者の一人としてレイもある程度の知識は備えており、此処が先程戦っていた所から大きく離れた場所ではないと言う事を理解していた。
「言ったであろう? 我が宮殿と。正確に言い表すならばこの世界に介入する為の橋頭堡であるな」
レイはちらりと周りへ視線を向ける。
其処彼処に鉱石が飾られて金や銀の輝きに彩られた石造りの大広間は、確かに宮殿の一角と言われても違和感を覚えない程に荘厳であった。
(しかし……、息が詰まる……)
天井までの高さだけでも五十メートル以上有るが、床や壁に敷き詰められた玄武岩の黒に光が吸収されており閉塞感が有る。
「余はウォルフラム、『ジャンクス』の王である。石共が生まれ出づる昏き地の底より来たりて、この世界の大地を貰い受けに参った」
鷹揚とした態度でウォルフラムが名乗った。
「ふぅん、君達はジャンクスって言うのかい。自ら屑と呼ぶなんて不思議だね」
レイの口からさらりと毒が漏れる。
「クハッ、ヴァーミリオン辺りが聞いていれば不敬であると激怒した所であろうな。……ふむ、ジャンクスと名乗る所以は宝石共の圧政に屑石が叛逆して出来た国である事だが……、そなたにとっては些事であろう」
「まぁね。……で、何でこの世界を奪おうとしているのさ。自分の居た世界で大人しくしていれば良かっただろうに」
レイの頭の中で現在地について一つ仮説が思い付く。
イルミナティは霊脈の歪みによって生じた亜空間を悪用している事が有る、恐らく自分が今居るのはその亜空間なのだろう。
ヴァーミリオンと戦っていた場所からそう離れていない場所にこんな宮殿が存在する理由としては順当な推察だ。
「飽いたからだ。新天地を目指す理由などそれで十分」
霊脈の歪みに隠されているのだとすれば救援は絶望的である。
何せOHAでさえ探索に手をこまねいている状況であり、そもそも自ら王と名乗っているウォルフラムの居る場所なのだから発見すら容易ではない事が明らかだ。
「……それじゃあ、僕と話をしている理由について教えて貰っても良いかな?」
時間稼ぎが無駄だと判断したレイは話を切り上げる為に核心へと迫った。
「ふ、ころころと石のように興味が移り変わる奴よ。……そなた、余の臣下とならんか?」
「……臣下? 部下になれって?」
予想していなかった言葉にレイは聞き返す。
「然り。他の二人ではなく、エメラエル、そなたこそ余が求めていた存在だ。もしも首を縦に振ってくれるのならば、この世の如何なる財宝でもくれてやろう。我が后としてやっても構わん」
傲岸にして不遜、王者の言葉がレイを打った。
それは彼女にとってとても不愉快な言動だった。
「……一目見た時から思っていたんだよね、〝ああ、こいつとは合わないな〟ってね」
レイが杖を仕舞い、ユラリと姿勢を崩す。
「僕は偉そうな奴が嫌いだ。強そうな奴が嫌いだ。自分に自信が有って、世界は自分を中心に回ってるなんて思ってる奴には反吐が出る」
背中の白い翼に魔力が集まり、飾りではなく飛ぶ為の双翼が広がった。
「だからさぁ……! 君の誘いなんて、お断りだよっ!!」
レイの手からエメラルドピックが射出される。
だが、急所を狙って撃ち出された串はウォルフラムが腕で軽く払っただけで弾かれた。
「ふん、所詮は下等種か。良いだろう、〝遊び〟に付き合ってやる」
ウォルフラムが玉座から立ち上がり、何も無い所から剣を抜き放つ。
王の剣にしては余りに無骨で実戦的なツヴァイヘンダーが鈍く輝いた。
「『エメラルドピック』!」
呪言を発する事によりスムーズ且つクリアに魔法が発動する。
玉座の間を飛翔しながらレイは先程よりも本数の多い攻撃を行った。
「無駄だ、我が玉体は鋼に勝る。小鳥が啄ばむ程にしか感じん」
ウォルフラムは防御すらせずにエメラルドピックを受け止める。
翠の光は身体の表面で砕け散り、霧散した。
「くっ、『エメラルドピック』!」
レイ自らの推進力を乗せて威力を増しても効果が薄い。
空を飛ぶ事で一方的に攻撃出来るとレイは考えていたが、それは甘い想像であった。
「己の弱さに啼け、カナリア。……『ヘヴィストライク』!」
ウォルフラムが振るった大剣から斬撃が飛ぶ。
放たれた力の奔流が唸りを上げてレイの翼を掠め、透けるように天井へと消えた。
ウォルフラムの攻撃が自らの居城を傷付けないのは此処が彼の支配下に置かれているからである。
壁や天井が崩れて其処から逃げ出せると言う事も無く、レイにはどうにかして敵を倒す必要が有る。
「『エメラルドピック』!」
空を裂く銀閃から逃れながらレイはタイミングを見計らった。地表ギリギリを行く低空飛行でウォルフラムへ直進しながら魔法を行使する。
「特攻か、芸の無い……!?」
剣撃を放つついでにエメラルドピックを斬り払おうとしたウォルフラムの前で光が炸裂した。
連続する閃光により、突撃して来るレイの姿が隠される。
「『エメラルドピック』! 『エメラルドピッケル』!」
弾幕を張って相手の視界を奪いながらレイは接近戦の用意をした。
互いの距離が十メートルの所まで迫る。
「小賢しい!」
先程までの動きから予測し、ウォルフラムは十文字に光の目暗ましを斬り裂いた。
だが手応えは無く、消えた光の幕の向こうには誰も居ない。
剣の軌跡は飛行状態での動きを予想した物だ。
レイには足が有る、つまり床の近くで翼を消して横を擦り抜けたのであれば回避出来たのも道理である。
「後ろか!」
振り向きと同時に放たれた突きは屈んだレイの一寸上を通り過ぎた。カウンターとして翠色のピッケルが弧を描いてウォルフラムに迫る。
「当たりだけど外れ」
エメラルドピッケルの嘴が甲高い音を立ててウォルフラムの額を啄ばんだ。