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[05]翠戸玲、三度目の変身

《――――やあ、ヒーロー諸君。初めまして、宜しく、こんにちは。『マーダーカテドラル』から殺戮教皇ことこの私が挨拶を送っている。調子はどうだい? (やつがれ)は興奮しているよ!》

 殺戮教皇を名乗る男の頭の上には黄金の髑髏めいた三重冠が載っており、赤と黒と金の色で悪趣味に彩られた祭服と権杖代わりの〝栄光の手〟は(おぞ)ましくもその権威を誇示していた。


 再び騒然とする議会の中でルーグは氷の如く冷たい視線を狂人へと向ける。

「あらあら、最近のピザ屋はピザだけじゃなくて三流俳優のドキュメンタリーまで送って来てくれるのかしら。でも生憎と出前を頼んだ覚えは無いからさっさと消えて貰える?」

《おお、何と冷たい言葉か! 心優しきヒーローならば、新鮮な死体の腸物(はらわた)の如く暖かく迎え入れてくれるだろうと思っていたのに! (ちん)のハートは凍傷で(すみれ)色に染められそうだ!》


「……こっちは会議の途中だから消えろって言ってんのよ」

 スッと取り出した拳銃を画面に向け、ルーグがその引き金に指を掛けた。黒く(つや)やかな回転式拳銃は尋常ならざる気配を纏っており、銃身には〝Thou Shalt Not Want The Atonement. 〟と言う文言が刻まれている。


《おっとそれは止めておいた方が余の為俺の為(おみ)の為だぞ。周囲を良ぉく見給え》

 教皇がニコニコと得体の知れぬ笑顔を浮かべて注意を促した。

「っ何!?」

「いつの間に!?」

 気付かぬ内に円卓の周囲には血で汚れた法衣に身を包んだ怪人達が立っており、その顔面には眼や口と言ったパーツの代わりにデジタルの数字が表示された液晶盤が嵌め込まれている。


「ステルスじゃない……、認識阻害ね。戦闘性能を一般人以下に抑える事で危険を悟らせないようにしたって所かしら。……このビルのセキュリティを突破されたのは初めてだわ」

《驚いて貰えたかな? その自爆僧達は我が命じれば大きく弾けて一層驚かせてくれるぞ? ああ勿論不用意に撃っても一世一代の徒花(あだばな)を咲かせる。(それがし)としては其方を強く推奨するが》

 子供の如く嬉しそうにする教皇をルーグは無感動に見詰め、銃を仕舞う代わりに紙煙草を出して火を点けた。白い煙を(くゆ)らせてキャラメルアロマが辺りに漂う。


「……で? 何が目的? 私を驚かせる為だけに直通回線(ホットライン)を結んだ訳じゃないでしょう?」

《いやいや! 勿論それが目的だとも! 小生は君の驚く顔が見たかったのだ。『黒寡婦(ブラックウィドウ)』、『復讐代行者』、『魔法少女殺し(ウィッチキラー)』、『太陽堕とし』、『古処女(オールドメイデン)』、――――『光輝の』ルーグの驚く顔がな》

 ルーグの片眉がピクリと動いた。


 人には言ってはならない禁句と言う物が有る。それは立場であったり、名誉であったり、矜持(きょうじ)を傷付ける言葉だ。普通の思考の持ち主ならば自らの発言の中に侮蔑的な意味合いを読み取れただろうが、残念ながらその発言者は狂っていた。

 その時、会場に居た全員の心は一つとなっていた事だろう。〝おいおいおい、こいつ死んだわ〟と言う気持ちで。


「あっそう。……悪いけど、ストーカーはもう飽きる程〝居た〟から慣れっこなの。貴方との会話にも、もう飽きたわ」

 ルーグが指に挟んでいた煙草を弾いて宙へと飛ばす。観衆の視線がほんの一瞬、そこに集中した。


 この部屋に居るのは歴戦のヒーロー達である。

 例え背後を取られていようが、例えその半分が変身しなくては実力を十全に発揮出来なかろうが、事実として彼らは一人残らず歴戦の猛者だ。

 ならば、僅かな隙で事足りる。


 ――――椅子が蹴り倒され、或いは風の如く素早く立ち上がり、瞬き一つの間に怪人達は拘束される。

 しかし何よりも(はや)く、幾重にも重なった銃声が響いていた。


 ポトリと煙草が床に落ちる。

 法衣を着た怪人達は氷の槍を胸に生やして余りに呆気無く無力化されていた。

 狂人が静かに息を呑む。

《……は、ははははは!! 見事だ! 見事な早撃ちだった! 我輩(わがはい)()けよな! だが次は――――》

 ルーグが無言でプロジェクターとスピーカーを撃ち抜いた。


「……今ので、正体不明のイルミナティは一つ減ったわね」

 会議が始まって初めてルーグが笑う。

 その壮絶な笑みを見た者達の背筋にナイフを押し当てられた様な怖気が走った。


「至急、敵の場所を探知して反撃部隊を用意します!」

 誰よりも早くクロガネが背筋を正して申し出る。

「オセを使いなさい、そこのヴィラン共はコアを氷漬けにしただけだからまだ死に切ってないわ。解凍したらまた自爆出来る様になるから注意する事」

 ルーグは死霊魔術に長けた部下の名前を出し、塵に還る前のヴィランを利用するよう命じた。


「はっ、了解です! 反撃部隊のメンバーはどう致しましょうか?」

「勿論、私も出るわ。奴にこれ以上無駄な呼吸をさせてやる必要は無いもの」

 ルーグの宣言に周囲から歓声が沸く。


 反撃を期待して会議室の空気が沸騰し始めた。しかし表面上は怒りに燃えるルーグだったが、その思考は氷柱の如く冷え切っている。

(OHAの存在を知覚したイルミナティは久し振りね。宣戦布告までして来る奴はそれこそ五年振り。……今の様子だと狂人なだけに発想力は有りそう、成長される前に叩き潰すのが吉かしら)


 一人で複数のヒーロー活動を行う者が危険視されている理由、それは敵にも同じ発想を与えてしまうかもしれないからである。

「……もしかしたら既に脅威の芽は出てるのかもしれないわね」

 慌ただしく反撃の準備を整える中でポツリと呟かれたその言葉を聞いた者は居なかった。


        §――――――――§


「ふー、疲れた……。まさか一日に二度も戦闘が有るとは思ってなかったなぁ」

 公園でのエイフィドとの戦いを終えたレイが木製のベンチに座って汗を拭いながら独り言ちる。

 セイクリッドシンズのエンヴィー、仮面レイダーカヅノ、そのどちらもレイの変身した姿だ。違うのはコスチュームと戦う敵、そして複数で戦うか一人で戦うかである。


「先月まで週に一、二回ってペースだったのが週三回当たり前とか過労で死ぬわ。と言うか考えてみたら司令にはこの事言っておいた方が良かったのかな。あの人、守銭奴だけど仕事は出来るし、わざわざ嘘吐いて休む事も無かった気がする……」

 妙に絡んで来る上司を思ってレイは溜息を吐いた。

 嫌いと言うよりは苦手な相手であり、あらゆる面で劣等感が刺激される為に冷静な判断が下せなくなってしまうのだ。


「まぁ司令の事だから気付いてはいそうだよね。何せシンズの司令なんだし」

 セイクリッドシンズはトループスとしてはやや特異な成り立ちである。

 絶対的な支配を目的として異次元から侵略し来たアブソリュートに対抗して、有志を募ると言う形で成立したのがセイクリッドシンズだ。


 その変身機構はアブソリュートと対立する善性の超自然的存在によって授けられた訳でも、次元侵略への反作用として生まれた世界修正力の顕現でもなく、純粋に人間が作り出した技術の結晶である。

 その為、OHAが主導して適性検査や様々な審査を行い、セイクリッドシンズのメンバーは選ばれた。

 言ってみればOHAによって完全管理されたヒーローチームであり、その指揮官として選ばれたゴールドバーグはレイの様なちょっと優秀程度の評価で収まる人間ではない。


「……さて、休憩終わり。今日はもう何が有ってもまっすぐ家に帰って寝よう。まさかこんなタイミングで新しい敵が現れるなんて事は無いだろうけど、って……」

 ベンチで一息吐いていたレイが立ち上がると同時に脳裏にアラートが鳴り響いた。

 その感覚はセイクリッドシンズとして敵を察知した時とも、仮面レイダーとして敵を察知した時とも違う。


「冗談だろ? 悪いけど僕はもうヘトヘトなんだ。と言うか感覚的にもう誰か相手してるみたいだし、手伝わなくても別に良いよね?」

 自分に言い聞かせる様にレイは呟いた。

 しかし反応は段々とレイへと向かって来ており、遠からず接触する事になると予想される。

 変身しなければ気が付かれないかもしれない、しかし変身しなければ巻き込まれて死ぬかもしれない、その二つをレイは頭の中で天秤に掛けた。


「……ハァ。全く、仕方無いな」

 ブラウスの下に隠した首飾りを服の外に出して握り締める。

「『我が天輪に輝きを。天使(エンジェル)降臨(アドヴェント)!』」

 翠色に煌く宝石が掌の中で光を放った。


        §――――――――§

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