[04]OHA代表者会議
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――――時は遡り、レイ達がバッドダイカンを倒してから数時間後の頃。
その上司であるゴールドバーグはとある高層ビルディングの最上階に居た。
「待たせちゃって御免なさいね、少し出掛けてただけで書類が山の様に溜まってしまってたのよ」
ゴールドバーグの目の前に居るのは妙齢の美女だ。
長い黒髪を編み込んで水晶のバレッタで留めており、何かしらの魔術的素材で出来た神秘的な黒いドレス風ローブを着た彼女を見れば、殆どの人が〝魔女〟であると思う事だろう。
だがそれは正しい評価ではない。このヒーローが密集した大枉津市に於いては常識として彼女が『魔法少女』であると知られている。
「いえ、私もほんの少し前に到着したばかりですので。ルーグ様にお気を使わせてしまい申し訳有りません」
ゴールドバーグが丁寧に頭を下げる。そこに皮肉は無く、真に崇拝と畏敬の念が篭められていた。
「はいはい、そう言うのは要らないわよ。ソフィアこそ今日もヴィランを倒してたんでしょ。お疲れ様」
ルーグと呼ばれた女性はやれやれと首を振って紅茶を飲む。
見た目こそ二十才前後だが、その実年齢は百を超える大ベテランである。特殊な事情からヒーローが集中しているこの街でもトップの戦歴を誇る彼女は『賢人会』の重鎮であり、現在では議長を務める立場にある。
「有難う御座います。それではそろそろ移動しましょうか、ルーグ様と語り合う時間は惜しいですが、下の連中にせっつかれてしまいますから」
ゴールドバーグはにっこりと微笑んだ。
「――――それでは本年度第十一回OHA代表者会議を始める。まず今回の会議ではOHA管理外の非認可ヒーローの割合が高まっていると言う問題を扱う。異議の有る者は」
ルーグが一旦言葉を切って待つが、巨大な円卓を囲んで座っている者達は咳一つ漏らさない。
「……宜しい。ではまずOHA総務部から説明を」
担当者が席を立ち、スクリーンにスライドを映して説明を始めた。それを見ながらゴールドバーグは溜息を噛み殺す。
大枉津市は特殊な立地条件から悪の組織によって狙われている土地であり、それを守るべくヒーローが集まっている都市である。
否、集まっていると言う言葉では飽き足らず、多くのヒーローが生まれている場所でもある。
怪人達は様々な理由から侵略を仕掛けて来る、その舳先は大枉津でなくとも良い筈だ。
しかし彼らはこの街の外に出る事は無い。何故ならば此処は結界の中だからである。
神道に『禍津日神』と言う災厄の神が居る。
その神の力を借りてこの街には「悪しきモノの存在を赦す」結界が張られ、逆説的に日本全土は「悪しきモノの存在を赦さない」場となった。
故に、怪人達は大枉津にて跳梁跋扈する。
この国を侵略する為にはまずこの街を支配下に置かなければならないからだ。
悪の組織がこの街を標的にして暴れれば、新たにヒーローが生まれる。ヒーローとはそう言う物である。
そして、街の治安を維持する必要性からOHAが生まれ、現在は無秩序に増えるヒーローの存在に頭を抱えていると言う状況だ。
「それではマスクド代表ゼクウ氏」
ルーグが一人の男を指名し、意見を求める。
日本人としては彫りの深い顔立ちをした壮年の男はマイクを手に取った。
「皆さんご存知の通り、何らかの外的要因によってヒーローとなった場合、その内の約七割以上が特殊な変身機構を備えている。この事から偶発的に生まれるヒーローはマスクドが多いと言うのは当然の帰結だ。だが、我々は新たな仲間を孤独のままで居させようとは考えておらず、積極的にスカウトを行っていると言う事は改めて主張しておく」
ヒーローの派閥は大きく分けて四つ存在する。
変身、部隊、超人、魔法少女。
それぞれが完全に独立している訳ではなく、法的な分類上、そして政治的な理由から分かれている。
「それではトループス代表クロガネ氏」
発言者は移り、今度は全身を闇に溶け込む様な黒い鎧で覆った男――と言っても外見上男か女かの区別は付かない――がマイクを取った。
クロガネは『叛逆者』と言うマスクドとオーバーワンが混在して所属するトループスのリーダーであり、実力こそ確かだが謎の多い人物である。
実際の所、統一規格の変身機構を持っていないリベルズは法律上のトループスからは外れているが、個として強力なメンバーを纏め上げている事から特例としてトループスの代表とされている。
「基本的にトループスは認可済みヒーローが集まるか、もしくは誰かがメンバーを選抜して変身機構を配るなどして出来る。後者の場合でも大抵はOHAに接触してくるし、仮にそうでなくともトループスの戦闘は概して大規模化しやすいので発見しやすい。……なので今回の件についてトループスは余り関係ない、だが事態の改善には要請が有り次第応えよう」
変声機越しの無機質な声はその性別を仮面の奥に隠しており、何者かを悟らせない。
ヒーローが正体を隠す事は多々ある。
変身していない状態では一般人並みの戦闘性能と言う者も少なくなく、また周囲に与える影響や利用される危険性を恐れてと言う理由も考えられる。
ヒーローと言う存在ははっきり言ってしまえば異質だ。
普通の人間には倒せない怪人と戦っているのだから当然そこには隔たりが生まれる。ヒーローが人間から排斥を受けずに居られているのは社会とOHAが辛うじて結び付けているに過ぎない……と言うのが賢人会の考えである。
「それではオーバーワン代表ヌシウド氏」
次の発言者としてゼクウと同じか若い程度の外見をした男がマイクを取った。
若いと感じられるのは汲めども尽きぬ活力の泉がその内に見えるからであり、黒く豊かな顎鬚を蓄えた容貌は見る人に獣性すら感じさせる。
だが、その眼は深遠な山奥に潜む隠者と同じ物であり、徒人ではない事が伺えた。
「今回の件は単に管理出来ていないヒーローが増えていると言う問題には留まらん。これは己達が敵の、『秘密結社』の存在に気が付けていないと言う事であり、足元の暗がりに何が潜んでいるかも分からぬまま過ごしていると言う事である」
イルミナティとは十八世紀に存在した組織の事ではなく、言うなれば悪の総称であり、特定の組織名の事を指す訳でもない。
高が一都市とは言え、OHAに登録されているヒーローの数は千人を超す。
その全てが現在活動中と言う事はないが、それでも大枉津市には多くのヒーローが存在する。
だとしてもヴィランは新たに現れ、呼応して新たなヒーローが生まれている。
「易占、星見、タロット、未来予知、悪魔召喚、その他様々な方法でヴィランとヒーローを探しているが、この災厄の街、大枉津では到底手が足らん。霊脈の歪みや何らかの隠業で見付からないと言う事も有る」
ヌシウドが一呼吸置いた。
「……五年前の『無明終夜』以降、この世界に隣接した異世界は十や二十では利かなくなった」
会場がざわめく。
五年の月日を経て今も尚、あの忌まわしい出来事はヒーロー達の口の端に上る事は少ない。
多くの犠牲を出し、世界の危機にまで陥った大事件はOHAにとって未だ触れたくない傷痕となっている。
「最初のヒーローであるオーバーワンは次元の渦に呑まれ消息不明、前ウィッチメイデン代表の告死猫は敵魔法少女との戦いが原因で植物状態、初代マスクドレイダーは邪神との戦いで戦死。……己はもう二度とあんな戦い御免だ。だから言わせて貰おう、“自分達は努力している、自分達には関係無い”などと抜かすな」
マスクドとトループスから殺気の篭った視線がヌシウドへと向けられた。
常人であれば心停止し兼ねないプレッシャーを平然と受け流し、先に喋った代表二人をヌシウドは静かに見詰める。
「色狂いのクソオヤジが……!」
「碌に戦わねえ奴が何を言いやがる……!」
「エセヒーローがホザキやがって……!」
「……」
周囲からヌシウドへの中傷が飛ぶが、ゼクウとクロガネは無言を貫いていた。
中心の三人が何も言わない状況でゆっくりと部屋内の緊張が高まって行く。
「……そこまでにしておきなさい。ヌシウドも挑発的な言動は慎む事」
「……失礼した」
ルーグが鶴の一声でその場を収め、ヌシウドもそれに応じた。ルーグは溜息を一つ吐き、フォローへと回る。
「確かにイルミナティの情報が少ない事は予期せぬ大事件を招き兼ねないわ。現在の調査量ではまだリスクが高過ぎるのも事実。それにもう一つ懸念事項を挙げるとすれば、延々と新たな敵が沸く事で『一人で複数のヒーロー活動を行う』と言う例が出ている事。元魔法少女がトループスの一員になってたり、現役マスクドが補欠人員となってたりね」
ゴールドバーグは思わず咳き込みそうになった。
例として挙げられているのは明らかにセイクリッドシンズの事だ。
それに、言外で言われているアンライセンスドヒーローにも一名心当たりが有ったからである。
「これは『無明終夜』の時の様に複数のイルミナティが同時にテロ活動を行った時に不利となるわ。それに、変身機構の併用は肉体に大きな負担となるから避けるべきね」
後半の言葉を聞いてゴールドバーグが眉を顰める。
ミフネがわざわざアポイントメントを取ってまで話をしに来たのはレイの過労が原因だった。
セイクリッドシンズから除隊させろとミフネの口から過激な発言が飛び出たりもしたが、もしもレイが本当に複数の変身機構を併用しているとすればその慌て振りも理解が出来る。
「……ああ、此処までは魔法少女代表としての意見よ。そして、議長としてOHAに調査部門の設立を提案する。規模、人員、対象については――――」
ルーグがスクリーンに映像を出して説明を始めようとした瞬間、プロジェクターが異音を発した。
「故障? いえ、これは……」
ブツリと言う音と共に回線がジャックされ、高貴な外見をした男、いや狂人の姿がスクリーンに映し出される。
《――――やあ、ヒーロー諸君。初めまして、宜しく、こんにちは。『マーダーカテドラル』から殺戮教皇ことこの私が挨拶を送っている。調子はどうだい? 僕は興奮しているよ!》
殺戮教皇を名乗る男の頭の上には黄金の髑髏めいた三重冠が載っており、赤と黒と金の色で悪趣味に彩られた祭服と権杖代わりの〝栄光の手〟は悍ましくもその権威を誇示していた。