[03]仮面レイダーカヅノ参上
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ヒーローとは、正義の味方の事である。
余りに漠然とした言葉であり、多義的且つ抽象的な『正義』に『味方』と言う二文字まで付け加えられれば、言わずもがなその解釈は聞く人によって異なる。
その為、国際特殊治安維持法の中でヒーローの定義はこの様に定められている。
「悪意を持って社会と人々に害為す存在を法的に認められた手段で無力化する者」
即ち、あらゆる人がヒーローと成り得る可能性を秘めているのだ。
例え常人と変わらぬ身体能力であろうとも。
その心が正義でなくとも。
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煌びやかなネオンが光り輝くオフィス街、そこから百メートル程離れた夜の公園で一つの死闘が行われていた。
「……残念だったな、サイカティス。貴様の命はここで終わる。そして貴様の核を元にして、我々『インセクツ』は更なる飛躍をするのだ」
アブラムシの特徴を持った怪人は配下の白い戦闘員を従えて朗々と語る。
それは一対一の戦いではなかった。
故に、勝利の天秤は正義の味方ではなく怪人側に傾いている。
「クソッ、下っ端の後ろからチマチマ攻撃してきやがるだけのクセして……!」
額の中央から雄雄しく一本角を生やし、赤く重厚な外骨格に三叉槍を構えた仮面レイダーが悔しげに声を漏らした。
敵は下級戦闘員であるターマイト兵の後方から誘導型の砲撃を行い、サイカティスがターマイト兵を倒して進もうとすれば新たに増援を召喚する。
無限にも等しい敵を相手取るのは実質的に不可能であり、敗北か撤退かと言う選択肢がサイカティスの脳裏には浮かんでいた。
「フン、たった一人で我々に抗おうとした貴様が愚かだっただけの事よ、分かったのなら大人しく殺される事だな。せめてもの情けとして、このエイフィドが苦しまぬように仕留めてやろう」
「ヘッ、イヤだね。死ぬ時は可愛い女の子に看取られるって決めてんだよ、オレは」
「……哀れな男だ。無念の内に死ね」
インセクツ幹部であるエイフィドは手に持った錫杖をサイカティスへと向けた。
実の所、サイカティスがターマイト兵の陣形を突き破ってエイフィドの元まで行く方法は存在する。
しかし時間制限付きのその方法ではエイフィドとの戦いの最中で効果が切れて負ける可能性が高く、これまで使用する事を避けていた。
(一か八か、か……。逃げられる保証も無えなら、賭けるっきゃ無ねよな……!)
仮面レイダーの有機的な全身鎧が緊張から軋みを上げる。
内に秘められた力を解き放つ瞬間を今か今かと待ち望んで。
「……っ『時間』――」
「――情け無いなぁ、正義の味方君。こんな程度の敵に苦戦してるなんてさ」
サイカティスが飛び出そうとしたのと同時に声が響いた。
「誰だ!」
突然の乱入者にエイフィドが叫びながら杖の先から砲撃を放つ。
しかし炎を纏った光弾はあっさりと両断され、狙いから外れて公園の舗装された地面を割り砕いた。
「おいおい、人に名前を聞いておいて答えるのも待たずに攻撃するなよ。礼儀のなってない奴だな」
コツリコツリと足音高らかに街灯の下へと出て来た翠色の装甲が光を反射する。
頭の両端から二本の角生やしたもう一人の仮面レイダーは曲剣を両手に携えたまま肩を竦めた。
「お前は……カヅノ!?」
驚いた様子でサイカティスが叫んだ。
兜虫と鍬形虫と言う違いこそ有るが、自分と同じ型式の仮面レイダーにして正体不明の存在。
カヅノには積極的に味方をしようと言う意思も無く、何故この場に現れたのかと言う疑問がサイカティスの頭に浮かぶ。
「そう、僕が仮面レイダーカヅノだ。ま、僕が楽をする為にも彼には死なれちゃ困るからね。助太刀に参上って所かな」
「新手の仮面レイダーだと……? チィッ! 殺れ!!」
自らの不利を悟ったエイフィドが配下の白蟻めいた戦闘員達に総攻撃の号令を出した。
安全策を切っている余裕は無く、仮面レイダーのどちらか一方を戦闘不能にでもしなければ逃げる事も出来ない。
「君はゆっくりターマイト兵を倒してなよ。鈍間なカブトムシ君に僕が〝飛ぶ〟見本を見せてあげよう」
「なっ、待てお前! ああクソ邪魔クセえ!」
飄々とした態度でカヅノがサイカティスに声を掛けた。
サイカティスが襲い掛かってくる戦闘員に苦戦している間に、カヅノはベルトのバックルへとカードを差し込む。
「『甲速飛翔』」
ガチャリ、と鎧擦りの音を立てて装甲背面から噴気孔が露出した。
ボッ、と言う爆発音にも似た点火音が響く。打ち上げられたロケットの如くカヅノの体は空中を驀進し、並み居るターマイト兵の頭上を通り越した。
「シッ!」
瞬間的にカヅノはエイフィドの元へと辿り着く。二本のシミターが唸りを上げた。
「がッ!」
エイフィドの錫杖が剣閃を防ぎ、闇夜に火花を散らす。
「へぇ、意外と力持ちだね。実は前衛も出来るタイプか」
突進の勢いを受け止められてカヅノは対手の評価を上方修正した。
装甲の重さに亜音速の加速を載せた一撃が防がれた以上、下手に攻めても防御を抜けられそうにない。
時間を掛ければ別だが、それでは周囲の戦闘員も相手しなくてはならなくなる。
つまりカヅノが選択するのは短時間の内に敵を倒しうる一手。それは。
「『時間停留』!」
「『時間停留』!」
エイフィドとカヅノが同時に叫んだ。
二人の意識が去り行く時間の流れを捉え、周囲の動きは水飴の中を動く様に遅くなる。
サイカティスとカヅノが同型式の仮面レイダーだとすれば、エイフィドもまた二人と同じ変身機構を備えた怪人だ。
そもそも仮面レイダーと言う存在は怪人と同源であったり、怪人の力を利用した物というケースが多く、時間停留と言う神経加速もインセクツ特有の能力である。
また、それ故にカヅノが取るであろう選択肢を予測出来たのだろう。
(このカヅノと言う仮面レイダー、時間停留をせずに飛んで見せただと!? 厄介な奴だ、サイカティス以上に!)
エイフィドの杖から光弾が放たれた。至近距離からの連射、ゆっくりと近づく攻撃をカヅノは背面ブースターの噴射によって回避する。
「『レイダースラッシュ』」
カヅノが回転しながら逆S字を描く様に双曲剣の柄頭を重ね合わせた。
両曲剣がカヅノを軸に巨大なミキサーの刃となり、翠の竜巻が作り出される。
「なぁッ!?」
エイフィドが驚愕しながらも砲撃を行うがその全てが剣嵐に斬り裂かれた。
高速回転するカヅノが迫り、ダブルシミターの刃がエイフィドの錫杖とぶつかって火花を散らす。
半回転毎に杖へと食い込む深さは増し、瞬く間にダブルシミターは杖を切断し、そしてエイフィドをも斬り刻んだ。
斬撃の渦が通過し、上下に分かたれた怪人の体内を循環するエネルギーが制御を失い一気に放出され――――爆発した。
「カヅノ!」
ターマイト兵と戦っていたサイカティスが叫ぶ。
その視線の先でカヅノは一瞬振り返り、そして森の中へと消えて行った。
「……行っちまった。……って残ったこいつらオレが倒すの?」
サイカティスは溜息を吐いて槍を構え直す。彼の前にはまだ十以上の敵が残っていた。
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