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[01]ヒーローは疲れる仕事

「はぁ……」

 翠戸(ミスド)(レイ)は司令室の前で溜息を吐いた。眼の下には隈が浮かんでおり、常であればきりりと引き締まっている表情や立ち振る舞いからは疲労が見て取れる。

 だが溜息の理由は疲れが半分、残り半分は上司に休暇申請書を出さなければならないと言う事への面倒臭さである。


「……失礼します」

 木製のドアにノックを三回し、レイは入室の許可を待ってから部屋に入った。

「おやエンヴィー、どうしたんだい? 私はこの後プライドと話をしなくてはならないんだが」

 美しい金髪を後ろで纏めた美女がPCの画面から顔を上げ、流暢な日本語でレイを迎える。

 レイの上司であるゴールドバーグは見た目通り日本人の血など一切入っていないが、仕事の為に一年程で基本的な会話はマスターしたと言うのが本人の弁だ。


「お時間はお取りしません。その、実は休暇申請をしたいと思いまして……」

 レイはゴールドバーグの前に立つ自らの卑小さを噛み締めた。

 その美貌や知性は磨き上げられた物であり、多くの人にとってそうである様にレイにとっても嫉妬の対象である。


「ふむ、休暇ねえ……」

 ゴールドバーグはワインレッドの眼鏡の奥で眼を細め、ゆっくりと立ち上がりレイの前で腕を組んで睥睨(へいげい)した。

 モデル体型の彼女は身長も高く、ヒールを含めて百八十センチメートルの美女を相手にレイは見上げるしかなくなる。


「……駄目でしょうか、司令」

 萎縮しないようにはしているが、それでも声が震えないようにするのが精一杯である。

「なあエンヴィー、君は『セイクリッドシンズ』の一員なんだ。平和を守るヒーローだよ。君が休んでいる間に『アブソリュート』が暴れたら……、一体誰が止めるのだろうね?」

 鳥が舞うような軽やかさで金髪の美女は言葉を紡ぎ、その部下はぐっと緊張で固くなった唾を呑んだ。


 セイクリッドシンズはキリスト教の観念である『七つの大罪』をモチーフとした『部隊(トループス)』だ。国際特殊治安維持法の中での区分としては「同種の能力機構を備えた複数人の異能者を構成員として含む特殊治安維持団体」である。

 レイは一隊員に過ぎないが、ゴールドバーグは指揮官の座にある。

 その後ろ盾となっているのは法律であり、レイは目の前に居る『正義』に押し潰されそうな心地だった。


「……」

 レイは沈黙する。喉がカラカラに渇くのを感じた。

 反論する事は出来る、だがゴールドバーグはそれを許さないだろう。この才媛に口で敵う筈も無い。


「……なーんてね。嘘だよ嘘」

 ぱっと重圧は解け、ゴールドバーグは花が咲いたように明るく笑う。それを見てレイはほっと溜息を吐いた。

 黄金の輝きをふわりと(なび)かせ、セイクリッドシンズの司令官は部下から視線を外す。


「そんなに疲れた顔をした君を戦わせる訳にはいかないし、レイズィーか私が居れば五人揃える事は可能だ。それに隊員の一人が過労で倒れたとなれば慰労金も出るし過密勤労手当や危険地区手当ても……。くくっ……」

 ゴールドバーグは悪い表情で小さく笑った。

 どうやらレイは過労で倒れた事になるらしい。果たしてその慰労金が何処に入るかは考えるべきではないだろう。


「……流石は『強欲』ですね。何よりもお金ですか」

 正義の味方を語るその口で金の話をする上司に思わず皮肉が零れた。

 その皮肉に対して、目の前の美女は酷薄な笑みを浮かべる。

「その通りさ。〝汝ら(Ye)神と富(cannot)とに仕(serve)える事(God and)能わず(mammon)〟、私にとって金は何よりも大事なのだよ。神よりも、正義よりも、仲間よりもね」


(……拝金主義者め)

 狂気すら感じさせる口振りにレイは心の中で毒吐いた。だが同時にそこまで言い切れる強さを羨む気持ちも有る。

 その後ろで扉が三度叩かれた。


「おや、プライドが来たみたいだね。話はそれ位だろうか?」

「……はい。それでは失礼しました」

 いい加減疲れていたレイは休暇申請書を無理矢理ゴールドバーグへ渡し、足早に司令室を去ろうとする。


「失礼します、司令。――……レイ? どうしてお前が此処に居る」

 ゴールドバーグとのアポイントメントを取っていた天宮(アメミヤ)御刀(ミフネ)は返事も待たずに入室し、レイが居た事に眉を寄せた。


 ミフネは端正な顔立ちに加えて優れた才能を持ち、更に古くから続く名家の跡取りであり、そして鼻持ちならない性格と、まるでレイが嫌う要素を集めて作ったような男だ。

 腐れ縁で今も同じチームに所属しているが、成長したレイにとってミフネはプラスの感情を持てる相手ではなかった。


「どうだって良いだろ。それじゃ、僕は帰るから」

 レイは嫌そうな顔を隠しもせずに横を擦り抜けて行こうとするが、その背にミフネが声を掛ける。

「待て、レ……翠戸。お前、この間から疲れているみたいだが何か有ったのか?」

「……同じ事を二度言わせるなよ。どうだって良いだろ」

 振り返りもせずにそう言い捨てて、レイは拒絶の意思を篭めて勢い良くドアを閉めた。


「……」

 何も言えず固まったミフネを見てゴールドバーグがくすくすと失笑を漏らす。

「残念だったね、私が遊んだ後だったから不機嫌だったらしい」

 にやにやと笑うゴールドバーグを睨み付けてミフネは舌打ちをした。


「……はっ、チームの和を乱す指揮官とは畜生にも劣る存在だな」

「だって面白いし可愛いだろう? レイズィーは怒らないし、ラースは洒落にならないし、ラストは面白い反応をしない」

 自分のデスクに戻ったゴールドバーグは髪を手で弄びながら椅子の背もたれに身体を預けた。


「妹のポーラは?」

「あの子は弄ったりしなくても可愛いに決まっているじゃないか。美味しい物を食べている時なんかはもう天使が舞い降りて来たとしか表現出来ないね」

 同じくセイクリッドシンズのメンバーであり、暴食を司るポーラ・ゴールドバーグは確かに見目麗しい少女だ。

 しかし暴食の名が示す通り、その食欲は常識を飛び越え理外の域に達する怪物である。


「ふん、そうか。どうでも良いな」

 いい加減に本題へ入れと睨むミフネへと妖しく微笑み、ゴールドバーグが話を促す。

「……さて、と。それじゃお話をしようか、プライド?」

「ああ。俺が求めるのは――――翠戸玲をセイクリッドシンズから脱退させる事だ」

 傲慢を司るミフネは顔色一つ変えず、自らの要求を伝えた。


        §――――――――§

2016年頃の作品の蔵出しになります。

精々4万字足らずの物ですので宜しければお読み下さい……。

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