後編
とはいうものの…
――行くあてはないんだよね
転移してすぐにここに来た。普段は屋敷から出ることもほとんどないから、街にも行ったことがない。
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「だからといってここに来るとは」
墓守りが呆れたように温めたミルクをテーブルにおいた。
屋敷のまわりは墓地が広がっている。そこを管理しているのがこの墓守りだ。
冥王に魅入られてるのも納得のイケメン。こちらの世界では醜男とか、なんなのほんと。
処刑人がキラキラなら墓守りはダークなイメージだ。
「だって行くところがないから」
「俺を頼られても墓守りは墓から離れられないからな……街まで送ってやることもできない」
「街までの道を教えてくれれば歩いて行くけど」
私は温かいミルクを口に含む。少しだけ落ち着いた。
「死にたいのか。おとなしく家に帰れ」
「死ぬって?」
「夜は特に墓荒らしの獣が増えるからな」
「……初耳」
私はいま、墓地の一角にある墓守り用の小屋にいる。屋敷からは徒歩15分ほどの場所。
「屋敷まで送る……いや…ちょっとここで待て」
墓守りは私に声を出すなよ、と言うと同時に小屋の扉を勢いよく叩く音。
「いま行く!」
墓守りは扉に向かって声を張り上げた。
墓守りが数センチだけ扉を開くと、聞き覚えのある声。
「墓守り! あいつがここに来なかったか!?」
「挨拶もなしになんだ。あいつって誰だ」
――探しにきてくれたんだ……
私は扉の隙間からは見えない位置にいるが、なんとなく縮こまった姿勢だ。
「いなくなったんだ!!」
「だから、誰が」
「だから、ルカがいなくなったんだ!!」
「え!?」
思わず声がでる。
――私の名前…知ってたの?
「ここには来てないなぁ。さっきまで髪切りが来てたから、一緒に街に行ったかもな」
髪切り、は死体の髪を切る役目。何に使うかは聞いた事がない。可愛い系だけどちょっと怖い感じの人だ。
「髪切りだと!? あいつは可愛い子をみるとすぐ手を出す奴だぞ!! ルカが危ないっ」
――ちょっ…!この、甘々なセリフを垂れ流してるのは誰?
「そうか、じゃあ今頃は…」
「まだ、間に合う…」
扉の向こうで剣を抜く音。
剣の音……ってまさか冥府の剣…?
処刑用の剣で何をする気? まさか?
「夜分騒がせてすまなかった」
彼が足早に小屋から去る足音。
私は思わず立ち上がる。
「……というわけだ」
墓守りが扉を閉めて、私に向き直った。
「なんだか恥ずかしいけど…お騒がせしてごめんなさい」
「謝るなら処刑人に謝るんだな。聞きたいことは本人に聞けばいい」
――そうね。何も聞かずに逃げるのはダメだわ
「帰ります」
「そうか。あいつはまだそのへんで泣いてるだろうから、送らなくていいな」
「な…泣いてる?」
「早く行け」
墓守りが扉を再び開けて、私の背中を押した。
ランタンのようなものも持たせてくれた。これを持っていると獣が寄ってこないらしい。神アイテムだ。
彼を探しながらゆっくり屋敷に戻る途中、木の陰にうずくまる彼を見つけた。
剣は抜き身のまま、体操座りしている。
泣いているかはわからないが顔は俯いたまま。
私はその丸くなっている姿がなんだかとても愛しく思えて、後ろから彼を包み込むように抱きしめる。
彼がビクリと動いて「ルカ…?」と少し顔をあげた。
「私の名前、知ってたんだ」
「……剣から聞いた」
「…………剣が、喋るんだ…」
本当に設定が渋滞していてツッコミどころがわからない。そもそもなんで剣が私の名前を知っているのか。神様から聞いたとか?
「私のこと可愛いって」
「……」
彼の体温が上がった気がする。
「うぬぼれていいのかな」
彼が、私の手を握る。言葉はない。
「あなたの名前を聞いてもいい?」
「……名は、ない。生まれてすぐ墓地に捨てられて、前の処刑人に拾われたから。おい、としか呼ばれなかった」
私は何と答えればよいか分からず、彼の横顔を見つめたまま動けない。
彼は私が返事に窮したのがわかったのか、ゆっくりと私の手の甲を撫でている。
「わたしこそ、うぬぼれていいのか?」
彼が振り向いて私と視線を合わせる。
唇が、触れそうな距離。
私は、返事のかわりにそっと唇を合わせた。
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ハッピーエンドのあとに聞いたこと
集団自決のお仲間の復活の件は、ただ単に屋敷の掃除が負担だろうと、私のための使用人にしたかったのだそうだ。
だったらなぜ生きた人間を雇わないのかと聞くと、普通の人間は冥府の剣のそばにいられず、あの剣のまわりにいるだけで魔力を吸われ、すぐに死に至るという。
私は無尽蔵に魔力があるから平気らしい……彼も剣から聞いて驚いたと言っていた。
あと衝撃の事実がある。
私と彼のラブラブキスの際、私からありえないほどの浄化パワーが放出したようで、この世界にうまれた邪悪の化身とやらが消えてしまったそうだ。
神様が聖女を転移させたのに無駄になったとか……
(私が神様に呼ばれたのはこの聖女と間違えられたらしい)聖女様はこちらの世界を気に入っているというし、良かったのかな……
彼と私は恋人になった。
彼は美醜を気にしていないと思っていたが、本当は違った。あの日、私を追いかけるのをやめて木の下で泣いていたのも、私が髪切りを好きになると思ったからだという。自分が世界で一番醜いから、と。
私の言葉は信じられなくても、気持ちは信じてほしいと、私は何度も好きと伝えている。
現在屋敷には、墓守りが住んでいる。
墓守りは屋敷に、不遇な境遇の仲間を住まわせて、
色々と手助けをしているようだ。できた人だ。
私たちは墓守りがいた、部屋が4つほどの家に住んでいる。彼の希望だ。私が目の届くところにいて欲しいからだって。
……結構想われてるよね?
「あなたは名前は必要ないの?」
「いらない」
「あなたに助けてほしい時はなんと呼べば?」
「ずっとそばにいるからそんな事にはならない」
「……本当に前と同じ人間?」
私の問いに、あたりまえだよ愛しい人、と眩しい笑顔で彼は答えた。
……普通の私にはちょっと身に過ぎた幸せな気がするけど、元の世界に帰れないのだからチャラってことでいいよね!