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後編


 とはいうものの…


 ――行くあてはないんだよね   


 転移してすぐにここに来た。普段は屋敷から出ることもほとんどないから、街にも行ったことがない。

 

 


 ****


「だからといってここに来るとは」

 墓守りが呆れたように温めたミルクをテーブルにおいた。

 屋敷のまわりは墓地が広がっている。そこを管理しているのがこの墓守りだ。

 冥王に魅入られてるのも納得のイケメン。こちらの世界では醜男とか、なんなのほんと。 

 処刑人がキラキラなら墓守りはダークなイメージだ。


「だって行くところがないから」

「俺を頼られても墓守りは墓から離れられないからな……街まで送ってやることもできない」

「街までの道を教えてくれれば歩いて行くけど」

 私は温かいミルクを口に含む。少しだけ落ち着いた。

「死にたいのか。おとなしく家に帰れ」

「死ぬって?」

「夜は特に墓荒らしの獣が増えるからな」

「……初耳」

 

 私はいま、墓地の一角にある墓守り用の小屋にいる。屋敷からは徒歩15分ほどの場所。


「屋敷まで送る……いや…ちょっとここで待て」

 墓守りは私に声を出すなよ、と言うと同時に小屋の扉を勢いよく叩く音。


「いま行く!」

 墓守りは扉に向かって声を張り上げた。

 

 墓守りが数センチだけ扉を開くと、聞き覚えのある声。 

 「墓守り! あいつがここに来なかったか!?」

 「挨拶もなしになんだ。あいつって誰だ」


 ――探しにきてくれたんだ……


 私は扉の隙間からは見えない位置にいるが、なんとなく縮こまった姿勢だ。


 「いなくなったんだ!!」

 「だから、誰が」

 「だから、ルカがいなくなったんだ!!」


 「え!?」

  思わず声がでる。 


  ――私の名前…知ってたの?

 

「ここには来てないなぁ。さっきまで髪切りが来てたから、一緒に街に行ったかもな」

 

 髪切り、は死体の髪を切る役目。何に使うかは聞いた事がない。可愛い系だけどちょっと怖い感じの人だ。


「髪切りだと!? あいつは可愛い子をみるとすぐ手を出す奴だぞ!! ルカが危ないっ」


 ――ちょっ…!この、甘々なセリフを垂れ流してるのは誰?


「そうか、じゃあ今頃は…」

「まだ、間に合う…」

 扉の向こうで剣を抜く音。


 剣の音……ってまさか冥府の剣…?

 処刑用の剣で何をする気? まさか?

 

「夜分騒がせてすまなかった」 

 彼が足早に小屋から去る足音。


 私は思わず立ち上がる。


「……というわけだ」

 墓守りが扉を閉めて、私に向き直った。

「なんだか恥ずかしいけど…お騒がせしてごめんなさい」

「謝るなら処刑人に謝るんだな。聞きたいことは本人に聞けばいい」

  

 ――そうね。何も聞かずに逃げるのはダメだわ


「帰ります」

「そうか。あいつはまだそのへんで泣いてるだろうから、送らなくていいな」

「な…泣いてる?」

「早く行け」


 墓守りが扉を再び開けて、私の背中を押した。

 ランタンのようなものも持たせてくれた。これを持っていると獣が寄ってこないらしい。神アイテムだ。


 彼を探しながらゆっくり屋敷に戻る途中、木の陰にうずくまる彼を見つけた。

 剣は抜き身のまま、体操座りしている。

 泣いているかはわからないが顔は俯いたまま。


 私はその丸くなっている姿がなんだかとても愛しく思えて、後ろから彼を包み込むように抱きしめる。


 彼がビクリと動いて「ルカ…?」と少し顔をあげた。

「私の名前、知ってたんだ」

「……剣から聞いた」

「…………剣が、喋るんだ…」


 本当に設定が渋滞していてツッコミどころがわからない。そもそもなんで剣が私の名前を知っているのか。神様から聞いたとか?


「私のこと可愛いって」

「……」

 彼の体温が上がった気がする。

「うぬぼれていいのかな」


 彼が、私の手を握る。言葉はない。


「あなたの名前を聞いてもいい?」

「……名は、ない。生まれてすぐ墓地に捨てられて、前の処刑人に拾われたから。おい、としか呼ばれなかった」  


 私は何と答えればよいか分からず、彼の横顔を見つめたまま動けない。

 

 彼は私が返事に窮したのがわかったのか、ゆっくりと私の手の甲を撫でている。

 

「わたしこそ、うぬぼれていいのか?」

 彼が振り向いて私と視線を合わせる。

 唇が、触れそうな距離。

 

 私は、返事のかわりにそっと唇を合わせた。



 

 ****


 ハッピーエンドのあとに聞いたこと


 集団自決のお仲間の復活の件は、ただ単に屋敷の掃除が負担だろうと、私のための使用人にしたかったのだそうだ。

 

 だったらなぜ生きた人間を雇わないのかと聞くと、普通の人間は冥府の剣のそばにいられず、あの剣のまわりにいるだけで魔力を吸われ、すぐに死に至るという。 

 私は無尽蔵に魔力があるから平気らしい……彼も剣から聞いて驚いたと言っていた。

 

 

 あと衝撃の事実がある。 

 私と彼のラブラブキスの際、私からありえないほどの浄化パワーが放出したようで、この世界にうまれた邪悪の化身とやらが消えてしまったそうだ。 

 神様が聖女を転移させたのに無駄になったとか……

(私が神様に呼ばれたのはこの聖女と間違えられたらしい)聖女様はこちらの世界を気に入っているというし、良かったのかな……


 

 

 彼と私は恋人になった。 

 彼は美醜を気にしていないと思っていたが、本当は違った。あの日、私を追いかけるのをやめて木の下で泣いていたのも、私が髪切りを好きになると思ったからだという。自分が世界で一番醜いから、と。

 

 私の言葉は信じられなくても、気持ちは信じてほしいと、私は何度も好きと伝えている。

 

 現在屋敷には、墓守りが住んでいる。

 墓守りは屋敷に、不遇な境遇の仲間を住まわせて、

色々と手助けをしているようだ。できた人だ。


 私たちは墓守りがいた、部屋が4つほどの家に住んでいる。彼の希望だ。私が目の届くところにいて欲しいからだって。 

 ……結構想われてるよね?

 

 

 「あなたは名前は必要ないの?」

 「いらない」

 「あなたに助けてほしい時はなんと呼べば?」

 「ずっとそばにいるからそんな事にはならない」

 「……本当に前と同じ人間?」

 

 私の問いに、あたりまえだよ愛しい人、と眩しい笑顔で彼は答えた。

 

 ……普通の私にはちょっと身に過ぎた幸せな気がするけど、元の世界に帰れないのだからチャラってことでいいよね!

 

 

 

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