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第9話 ぶつかり合う命と力と

巨大猪戦の続きです。

 自分の周囲の空気が、森の息づかいが、自身に溢れ出してくる力が、フォルスを中心に変わったと直感的に感じていた。


 その存在自体が災厄という魔物と、生まれて初めて対峙する。実際、通常の大きさの猪型の魔物でさえも、フォルス1人では苦戦してしまうのだ。

 絶体絶命とも言うべきこの状況に拘わらず、楽しいような不思議な感覚が沸き上がる。

 初めて魔法を自分自身の身に受けたからなのかもしれないし、絶対に守りたい対象がいるからなのかもしれない。

 唯一間違いない事は、命の遣り取りをするという極限に近い状況で、呼応するかの様にフォルスの集中力も極限まで高まっている事だ。


 巨大猪が三度目の突進を繰り出してくる。

 死へと誘う圧力の筈が、その動きは緩慢で恐怖感が伝わって来ない。

 不思議な感覚に包まれながらも、迫りくる巨大猪の姿を確認し、そろそろ回避行動へ移ろうかという所で、フォルスはそれを視界に捉えた。幾つもの蔦状の何かが伸びて絡み付いていったのだ。

 蔦は足元から伸びて絡み付き、強力な突進を拘束する。同時に、足元の地面が落とし穴にあったかの様に陥没し、行き場を失った力が失われ、その巨体が嘘のように轟音を立てて倒れこんだ。


 その一連の流れがステラの魔法である。

 千載一遇の好機を無駄には出来ないと、フォルスは槍を握り直しながら、猪型共通の急所である眉間へ向けて突撃していく。

 倒れたといっても、流石にその大きさは尋常ではない。まだまだ小屋の高さくらいはある。

 一方の巨大猪は、倒れながらも蔦の束縛から逃れようと力を振り絞って暴れている。現に、その巨体から放たれている咆哮だけで恐怖に陥りそうだ。


 巨大猪は力の限り抵抗をしている。

 ステラが魔法で足止めをしてくれているが、時折どんと鈍い大きな音が響き渡るくらい、相当な負担が掛かっているのではないかと思う。

 出来れば最短距離で急所を狙いたいのが、正面から立ち向かうには、信じられない程の暴れ方だ。


 ここでステラをちらりと一瞥。まだその表情からは意外にも余裕がありそうだ。

 視線に気付いたステラが、両手を前に突き出したまま軽く頷く。その両の手を覆うように、黄緑色の混在する光と帯状の光る輪がくるくると纏わりついている。


 意を決して、多少遠回りになったとしても巨大猪の側面から登る事にした。岩山を駆け上がる要領で、蹴った勢いで跳ね上がっていく。

 暴れている為、足場は決して安定などしていないが、魔法の効果で束縛されているため何とか登ることが出来た。ステラ様々だ。


 巨大猪の身体を登りきり、両耳の間へと辿り着く。そして、左手で体毛を掴み、振りきられない様にしつつ、空いた右手で槍を逆手に持ち替え、気合いの掛け声と共に一気に眉間へ向けて振り下ろした。

 やはり通常の猪の魔物と弱点は共通している様だ。槍が深々と突き刺さり、巨大猪の唸りが甲高い絶叫へと変わっていく。

 同時に、暴れる力が更に強くなった。

 振り落とされない様に、刺さった槍を両手でしっかりと持ち直し、更に奥深くへ捻りこむ。

 槍が深く刺さりこむと、傷からどす黒い血液が噴き出してくる。獣特有の生臭さも吹き出してきて、反射的に嘔吐したい衝動に駆られる。

 必死に堪えながら、更に捻ろうと槍へ渾身の力を込める。


 次の瞬間、フォルスの視界が一面真っ赤に染まった。

 噴水の様に大量の血液がフォルスへ向けて溢れだしたのだ。

 反射的に目を瞑ってしまい、一瞬怯んだ為に両手にこめていた力が抜けてしまった。

 その僅かな隙が巨大猪の必死の抵抗を許してしまい、大きく身体を振った勢いに負けて、フォルスは空中へ投げ出されてしまった。


「しまった」と思っても、無情にも世界が反転している。自分が天地どの方向を向いているのかもわからない。

「フォルスさん!」と自分を呼ぶ焦りを含んだ声が、やけに遠くで聞こえた気がした。

 すると、ほんの一時ではあるが、落下の勢いがふわりと緩やかになる。


 正直な所、その時間がありがたかった。

 大地を確認する時間が生まれたし、地面へ叩きつけられる衝撃をかなり緩和してくれたからだ。

 フォルスは身体をよじり、大地へ向けて姿勢を作る。かなりの勢いで叩きつけられる事を避けられ、何とか無事に着地する事が出来た。

 流石に衝撃が強すぎて足元から全身へ猛烈な痺れが伝わってきているが、身体強化が効いているのだろう、怪我らしいものは何一つ無く済んだ様だ。


「お怪我はありませんか!?」


 とても心配そうな顔のステラが駆け寄ってくる。

 大丈夫と答えたものの、正直な所、足の痺れがなかなか取れなくて、満足に動くことが出来ない。


 フォルスは焦った。

 巨大猪にここで攻めてこられたら回避する手段がない。加えて、ステラが自分の所へ向かってきているということは、魔法をもう使っていないのでは、と。

 巨大猪の姿を慌てて確認すると、その巨体が背を向けて苦し気に唸りながら、立ち去って行こうとしていた所だった。

 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、止めを刺さないといけない、と思った。

 フォルスは腰に帯びている細剣へ手を掛け、足の痺れが残る所を無理に立ち上がる。


 間を置かず、フォルスの正面へ回り込んできたステラが、両手を肩に置きそっと制止する。その手は微かに震えている。

 フォルスが疑問に思いステラを見つめると、思い詰めた顔で彼女が言葉を発した。


「魔物と言えども1つの命です。ここは見逃して頂きたいのです。…もう襲ってくる事はありませんから」


 じっと両目を見つめる。真摯なその眼差しには抵抗し難い光が宿っている。

 しばし見つめ合う2人。

 降参とばかりに、フォルスは両手を広げて顔の前まで上げる。


「わかったよ、ステラ。追い掛けないよ」


 精一杯の笑顔を作りながら応える。それに対し、ステラも満面の笑みで頷く。

 そして2人は、巨大猪が去っていった場所へ視線をやると、苦しそうに去っていく後ろ姿がまだ微かに見えた。頭にはフォルスの愛槍が突き刺さったままだ。


「治療も何もしていないけど、生き残れるのかな?」

「後は自然が決めることです。天命があるのでしたら、生き残る事でしょう」


 フォルスの自然と口にした問い掛けに、ステラがはっきりとした口調で答える。

 それを聴いたフォルスは、頷いた後に自分の身体から獣の異臭が漂っている事を思い返し、困った顔で自身を見下ろし始めた。

 フォルスの様子を横目で見ながら、ステラが誰にも聴こえない位の声音で呟いた。


「…申し訳ない事をしました。わたくしが森に入ったばかりに、大切な命が危険に晒されてしまったのですから」


 悲しげな声は木々の葉擦れの音で掻き消されていた。

無事に倒すことが出来ました。

巨大猪は、本来ですと山の頂上付近が縄張りなので、フォルスは見たことがなかったのです。

普段、ほぼ山を降りてくることはありません。

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