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第5話 世界の規律の一端を

祭壇での続きです。

 ステラは眩しいものを確かに見た。

 辺りは変わらずに闇夜に包まれているのだが、一瞬だけとはいえ、真昼のような暖かさを含んだ光を見たのだ。


(わたくしがここへ来ることになった理由でしょうね)


 その場で口にする事なく、心のなかでそっと呟く。そして視線を目の前の1人の青年へ注いだ。平静を装っているが、やや前のめりになっている。

 ステラの熱い視線に全く気付かず、フォルスは握りしめていた拳の力を抜き、テラとの話し合いを続けている。


 彼らの話は、昔話へと進んでいった。

 伝承にあった通り、村は大飢饉に襲われた事が過去にあった。その際、余りにも悲痛な叫びが届く事に心を痛めたテラ山が、1体の御使いを産み出し、村へと差し向けたのだった。

 当時は、自然と人との距離が近く、人々の願いが届きやすかったらしい。

 テラ山の御使いが、村を救う方法を伝え、村人らがそれを実行した。そうして出来たのが、現在話し合いをしているこの場所の祭壇なのだそうだ。

 祭壇を建て、大飢饉で苦しい中なので質素にだが、テラ山の御使いに言われた通り祈りを捧げる。その事でテラ山は力を得る事が出来た。その力を村の為に使い、天気へ干渉して、危機を脱したとの事だ。


 壮大すぎる話に、フォルスは正直な所、頭が追い付いていないのを感じた。

 余りにも現実感が無さすぎるのだ。

 無意識に右手でこめかみを押さえるような仕草をしている。


「そんな訳での、生け贄は要らないんじゃよ。どんな解釈で生け贄を連れてきたのやら…。実際に必要なのは、切なる願いと祈りじゃな」


 テラはのんびりとした声で結論を口にした。


「あの娘っこは、しばらくワシの話し相手になってもらうかのう。そうせんと、あの娘も立場がなくなるだろうてな」


 その言葉で、はっと我に返った。

 助け出してから、少女を連れて村を出る事しか考えていなかったからだ。流石に、村へ連れて帰ることは出来ないと思っていたが、見ず知らずでは無いにしても、顔を知っているくらいの間柄で2人旅は難しいだろう。しかも、相手は10歳くらいの難しいお年頃だったはずだ。


「フォルス様」


 うーん、と言って頭を抱えている所へステラが声を掛ける。

 眉間に皺を深く刻んだままの顔には、見るからに苦悩が浮かび上がっている。


「耳にしたことがあるかは存じ上げておりませんが、この世界にはある1つの規律があります」


 鈴が鳴っているかのような心地よさのある声で、指を一本立てながらステラは続ける。


「ありとあらゆる場所に神や精霊は存在します。目の前のテラ様はその化身ですので、正にその通りの存在なのですけれど…。例えば、わたくしたちが座っている岩、祭壇で燃えている篝火の炎、頬を通り抜けていく風、小川をさらさらと流れる水…」


 一度ここで言葉を切り、唇を濡らす。


「更には、太陽から降り注ぐ光、夜に広がる闇、漆黒の夜空で輝く星たち、その星たちに照らされる木々…。全てのものに宿っているのです」


 まるで唄っているようだ、とフォルスは感じた。

 学校で習う事なので、知識の1つとしては記憶にある。ただ、遠い事というか、普段の生活をしていて実感が全く無い為、正直な所、宗教上の問題なのかと思っていた。


「それらの神や精霊へ、感謝や希望の祈り、後悔などの懺悔など、心で寄り添う事によって、本当に近しい存在へとなっていくのです。その想いをいくつも重ねた事によって、神や精霊の庇護を得ることが出来るかもしれません。…邪な気持ちは決して届く事は無いのですけれど」


 なるほど、と思った。

 フォルスは右のこめかみを押さえ、目を閉じてステラの言葉を反芻する。


「難しく考える事は無いのです。素直な気持ちで感謝を想うだけなのです」


 うん、と唸って黙り込んでしまったフォルスへ優しくステラが囁き掛ける。


「つまりじゃな、お前さんの姉を助けるのには、ワシに心から願えば良いのじゃよ。娘っこに話し相手になって貰えるしのう。それで充分じゃ…と、言いたい所なのじゃが……」


 途中までカラカラ笑いながら話していたテラだったが、言葉の最後を詰まらせ、妙に歯切れが悪くなってしまった。

 神妙な表情と声音に、身を硬くしながらフォルスは続く言葉を待つ。


「お前さんの姉はな、呪いの類いではおらんし、疫病の類いでもありゃせん。頭の中に悪い塊が出来ている様なんじゃよ」


 自分も確かに呪いでは無いと思っていた。

 ただ、何か悪い疫病に当たってしまったのだとは思っていた。

 当初は、それが山の守り神という魔物が持っているもので、倒せば治るのではないかと思ってもいた。実際に山へ来てみれば、守り神は魔物では無く小さなお爺さんだったので、怒りにも似た驚きがあった。

 これ以上驚く事が無いくらいなのに、まだ自分の想像を軽く飛び超えてしまうらしい。


 驚きで声が出なくなってしまったフォルスへ、ステラが気遣わしげな表情で声を掛けようとするが、テラが右手をちょこんと挙げてそれを制する。


「治す事は出来んが、今の苦しみを抑えて、症状の進行を抑える事は出来るのじゃよ。それが精一杯じゃがなぁ」


 申し訳無さそうにテラが言った。

 その言葉を聞いて、祭壇にちょこんと座っている小さなお爺さんの元へと弾かれたように駆け寄ったフォルスの姿があった。

 すぐさま両の手をがっちりと組み、跪いて願いを口にした。


「姉さんをどうか助けて下さい…!!」


 青年の目にはうっすらと光るものがあった。

次は、祭壇にてこの世界に少しだけ触れます。

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