表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

第4話 落ち着かぬ心

祭壇でのお話し合いになります。

「ごきげんよう、皆様」


 場違いな程、楽しげな声が流れた。

 不意を突かれたどころではない。フォルスは膝をついた格好のまま固まってしまった。非常に恥ずかしい格好ではあるのだが、本人の意識はそこまで追い付いていない様子だ。


 現在、敵地の真っ只中にいる状況で、普段の彼であれば固まるなんて事はしない。

 決して油断をしていた訳でないのだが、山の守り神のテラ、突然現れた女性の声や雰囲気が緩やかで、およそ敵意の欠片も無かったため、完全に不意を突かれてしまったのだ。


「初めまして。わたくしは、ステラと申します」


 黒髪の女性、ステラはフォルスとテラの元へ近付くと、ローブの太股あたりを軽く摘まみ上げ、右足を一歩引いて優雅なお辞儀をして見せた。

 その姿に見とれてしまったフォルスは、自分がまだ四つん這いでいる事に気付く。

 顔を真っ赤にしながら、慌てて立ち上がると、自分の膝を軽く叩いて埃を払った。


 居たたまれない状況に、彼が発した言葉は1つ。


「状況を整理させて下さい」


 声が裏返ってしまって、更に赤面したのはご愛敬なのかもしれない。



 篝火が灯っている祭壇の周りにある岩へ、フォルス・ステラが座り、テラは祭壇の縁にちょこんと腰掛けて、話が出来る態勢を作った。


 フォルスは改めて見回す。


 1人は、自分で山の守り神という、手のひら程の大きさのお爺さん。

 もう1人は、突然現れた清廉潔白そうな美女。


 色々と訊きたいことは沢山あるが、まずはどうしても言いたくなった事を、フォルスは口に出した。


「僕はフォルスと言います。…ところで、貴女みたいな女性が、こんな時間、こんな場所に1人では危ないでしょう。仲間とかいないんですか?」

 視線だけで詰め寄ってくる碧眼の青年に、ついついステラは嬉しくなってしまった。


「仲間はいますけれど、置いてきてしまいました」


 ニコリと微笑みながら続ける。


「心配していただいて、ありがとう存じます。ですけれど、わたくしの事でしたら心配ご無用です。わたくし、とても強いですから」


 両手の拳を、胸の前で握りしめて見せた。


「それでも危ないでしょう。今すぐ山を降りて安全な所へ。送ります」


 フォルスは何の目的で山へ来たのか忘れてしまったのか、眉間に皺を寄せながら、ついついそう口走ってしまう。

 彼の直情的な所が出てしまっている。


「ほほ、お前さん。ワシの事はもう良いのかのぅ~」


 フォルスが立ち上がりかけた所で、テラがのんびりと言った。

 お尻が浮きかけた所をすんでの所で抑え、1つ咳払いをして誤魔化す。

 そして深呼吸。

 明らかに動揺を隠せていないのが本人にもわかる。そして、自分が何をしに山へ来たのかを頭のなかで自問自答する。


 姉さんの為の生け贄を返して貰うこと。

 それがフォルスの目的だ。余りにも様々な事が重なり過ぎていて、自分だけでは状況に追い付けていない。

 それを歯痒く思い、奥歯をぎりと噛み締める。


「ワシはの、おなごを貰っても、食べたりゃせんよ」


 俯いていたフォルスへ、のんびりとした声がかかる。

 フォルスは弾かれたように顔を上げた。


「テラ様は本当の事を言っておりますよ」


 また別の方向からも声がかかる。


「ほ…。お主、ワシが何か知っておるのかや?」

「存じ上げております。魔物では無く精霊に近しい存在です」

「正解じゃ。ワシの存在を知られるのは、随分と久しいのう」


 何かわかりきった顔で話が進んでいる。

 完全に置いてけぼりになっているフォルスは、慌てて声を上げた。


「2人でわかってないで、説明をしてください!!」


 悲鳴にも近かったかもしれない。



「…つまり、テラ…さんは、この辺りを治めている精霊の様な存在で、生け贄なんて全く必要が無い、と」


 そうじゃ、と頷きながらテラ。


「ステラさんは、お告げがあったから来た、と」


 間違いありませんわ、とステラ。


 2人とも、名前が似ていてややこしいなと思いながら、フォルスは落ち着いて話をする。

 心が状況に追い付いてきて、冷静になった証拠だ。その為、ある1つの疑問が頭をよぎった。


「テラさん」


 フォルスは背中を伸ばして姿勢を正し、真実を見逃さぬようテラの小さな瞳を見つめながら、口を開いた。


「村には『災厄降リカカル時、守リ神ヘ供物ヲ捧ゲ、庇護ヲ願エ』という言葉があるとの事です。生け贄が必要ないのだとしたら、実際には何か別のものが必要になるのではないですか?」


 真摯に見つめてきたフォルスへ、テラは見つめ返して答える。


「まずワシはな、生き物の肉を必要とせぬよ。そこで云う『供物』とはな、恐らく話し相手の事じゃな。明確に何かを指図はしとらんし、求めてもおらんぞ」


 淡々と、しかし揺るぎのない声で言った。

 その言葉が、フォルスの心に染み渡っていくのを感じる。視界の隅で、ステラがうんうんと言いながら、首を縦に振っている姿が、とても印象に残った。

 特に説得をされている訳ではない。

 だがしかし、村を守っているという山と、全く一緒の名前を名乗った目の前の小さなお爺さんを、不思議と素直に信じる事が出来た。



 無意識に内に、フォルスは膝の上に置いている両の拳をきつく握りしめていた。

 その瞬間、闇夜を照らしている祭壇の篝火が、風が吹いたわけでもないのに、大きく揺らめいていた。


祭壇でのお話が続きます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ