第14話 ざわつく心とはねる心と
クラヴィスが流麗な剣技で盗賊を撃退したところです。
「覚えてろって言われてもなぁ。もう会うことも無いだろうし……」
苦笑いをしながら、フォルスは誰にともなく呟いた。
1人で全員を相手にしたクラヴィス本人は、どこという事もない表情で1度剣をシュッと振ってから鞘へ収める。
ステラの意志を初めから理解しているのだろう。全員の命を取らずに撃退している。
「さて、雑事も終わった事だし、先へ進むとしよう」
人による喧騒が無くなって、再び森特有の音が戻ってきた。鳥のさえずり、獣の鳴き声、木々の葉擦れの音。
「……そもそも、盗賊みたいなのがこの辺にいるんだなぁ」
自分の村では考えられないなと思いながら、フォルスは呟いた。同時に、アーリアという交易都市が近いから不思議ではないのかも、とも思った。
そこに何か引っかかるものを感じながらフォルスは、アーリアの街へ歩を進め始めた。
小一時間程歩くと、視線の先に何か壁のような物を確認する事が出来るようになる。かなり横に長く伸びていて、広範囲に及んでいる。
「フォルスさん、もしかしてあの壁の様なものがアーリアの街を囲っている塀でしょうか?」
ステラは横に並びかけて、下から覗き込むようにフォルスを上目遣いに見ながら質問を投げ掛けてくる。ステラの長い黒髪がさらりと流れる。そして、顔に掛かりそうな髪を押さえ、そのまま押さえた手で耳へとかける。
(ちょっ……。その仕草は反則だっ……!!)
フォルスは心臓が跳ねる感覚に襲われながら、肯定の返事をする。ややぎこちなくなってしまったのは仕方が無いと思って欲しい所だ。
そのやり取りを見遣りながら、クラヴィスはこめかみ辺りに手を当てながら、小さな溜息をついていたのだった。
これは恐らく自分に向けた当てこすりなのだろう。
程なくして一行は、街道の様に整備された道に出た。それまでは通行する事によって出来ている土が剥き出しの道であったのに対し、一定の大きさに揃えられた石が敷き詰められた道路になった。
フォルスは毎度来るたびに整備されていて歩きやすいな、と思う。
「さて、あそこに見えるのがアーリアの街の門だよ」
前方へ指を指しながらフォルスは言う。
辺り一面が壁となって来た風景の中で、唯一ぽっかりと開いた場所があった。その辺りには多くの人集りがあり、何人かが門番らしき人物へと食って掛かっている様子も伺える。
「あの様子はどうされているのでしょうか?」
「多分だけど、身分証や通行証とか、アーリアに入る為に必要な物が無くて揉めてるんじゃないかな」
クラヴィスも思い出したのか、
「あぁ、そうか。アーリアには検問があったな」
と眉間に皺を寄せながら言う。苦虫を噛み潰したような表情なのは何故なのだろう。
フォルスは疑問を持ちながらも、自分の身分証を取ろうと鞄の中に手を入れて探し始める。さほど時間も掛からずに見つかった。
ほっとした所だが、同時にはっともした。ステラはアーリアへ来たことが無いと言っていた。検問を通る事ができないのではないだろうか。
心配になってステラの方へ目配せをすると、
「心配無用だ。そなたは先に検問をしてくるが良い」
何故かクラヴィスが睨みつけながら告げた。
その刺すような視線の理由もわからず、フォルスは段々と気持ちが萎えていくのを感じている。一緒に行動をする意味があるのだろうか。
明言はしていないが、ステラにも打算的な何かの目的があるのだろうと思う。それでも助けてくれたり色々としてくれている。その件にはお礼をしたい。
けれど、クラヴィスはどうだろうか?
検問の時に逸れた振りをして、このまま別れてしまった方が良いんじゃないか、と思い始めていた。姉さんを助けるのは自分なのだから。
さっとフォルスは1人で門から伸びる列へと並ぶ。時間がまだ昼食時よりも前だったからなのか、それほど待たされることも無く強面の検問官へ通行証を見せる。
無言で受け取った検問官は通行証をしっかり確認し、フォルスを足元から頭の先までじろりと見て、アーリアへ入る目的を端的に訊いてきた。
「目的は?」
「運河を使い、通り抜けたい」
フォルスは情報収集に関しての事は伏せつつ答える。
事実、アーリアの運河を抜けた先に何かがある気がしている為だ。ただの勘なので、確たる証拠は無いのだが。
「わかった、通ってよし。ただし、運河の次の運行は5日後の予定だ。最近は治安の悪化が見られる。注意しておくように」
無事に許可が下りたことに胸を撫で下ろしながら、荷物を担ぎ直して街の中へ足を踏み入れる。
ただ、気になる事も言っていた。アーリアは交易都市ということもあり、様々な人種が行き来している都市だ。
人が動いて物資が動き、更に金銭も市場へ回っていく。そこには良い所ばかりではなく、人の動きはどうしても暗所を作るものでもある。
暗くざわりとした、例えようのない不安がさっと胸をよぎるが、フォルスはそれに対して深く考えることを放棄することにした。姉さんが倒れてしまった事がすべての始まりで、今後起こることに一喜一憂している様では心がもたないからだ。
(何があっても、姉さんを助ける。それは変わらないしな)
心の中で独り言ち、静かに気合を入れなおすことにした。
アーリアの街に入った事だし、まずは宿の確保と今後の指針についても、街で情報を探しながら考えなくてはいけない。
門周辺の人込みを抜け、大通りへと足を向ける。さすが交易都市と言えるくらい人の通りが非常に多い。
門から伸びる大きい通りへ出ると前方に小高い丘が見えてくる。
アーリアの領主が代々住む立派な館が嫌でも目に入る。丘からすべてを見渡している様子が権力を強く象徴していた。
そして、その館からも大きい通りが伸び、その通りの交わる門と館のちょうど中間辺りに中央広場が広がっており、噴水がある憩いの場や小さいが美術館などがあり、住民の文化の中心として非常に活気がある。
久しぶりのアーリアにフォルスの足取りも軽くなってきていた。心が弾んできているのをフォルス自身も悔しいが自覚しながら、中央広場へ向かって歩き始めた。
ステラとクラヴィスの二人の事を考えていないわけではないが、敢えて考えない様にしておいた。自分の心の整理をしたいと思っているからだ。
切りの良いところで。
アーリアはフォルスの住んでいる村よりも遥かに巨大な都市です。次回はこの街での騒動です。