第12話 再度の山道と女性騎士
父親と別れ、再び山道の中へ。
先程通ってきた山道へと2人は引き返す。
何気なく見上げると、相変わらず雲1つかかっていない夜空が綺麗だ。
これまで星明かりのみで暗闇を薄く照らし出していた道に、夜明けが近付いて来た為か段々と明るさが出てきている。
(流石に身体が重くなってきたな…)
フォルスは道の先を見据えたまま心の中で呟く。
じわりと全身へ疲労が伸し掛かって来ているのを実感している。
自覚症状が出ている事は、自分で把握しているよりも疲労が溜まっている事でもある。現に、口数も極端に少なくなってきている。
これは当然の事だろう。
2人はそれぞれ自分の思惑で山へと入り、祭壇までの途中の山中では数多くの魔物と戦い山道を登ってきている。しかも、本来は遭遇する筈のない巨大猪との戦闘を余儀なくされたのだ。
決して山を甘く見ていた訳では無いのだが、今夜はいささか状況が特殊過ぎたとフォルスは思う。
ふと、自分のやや後ろを静かに歩いているステラへ、フォルスは首を回しながら声を掛けた。
「ステラ、護衛の人はどの辺りにいるんだ?」
父親との会話で出てきたステラの護衛が何処にいるのか尋ねる。
何気なく振り向いた顔が、非常に焦ったものへ変貌するのに時間はいらなかった。
ステラが真っ青な顔で、肩で息をしながら歩いているではないか。
「……彼女…クラヴィスは、別れた場所の、山に入ってすぐの小屋で、律儀に待っていると、思います」
息も絶え絶えになっていながら、それでも無理に微笑みを作りながらステラが応える。
フォルスは慌てて先へ進む足を止め、ステラへと身体を向けた。
「少し休もう」
フォルスが声を掛けるも、ステラは首を横に降って応えた。
その反応にフォルスは戸惑ってしまった。どう見たって体力が限界で、足元もふらついているのに?
苦しいだろうに、その表情には貼り付けられたような微笑が浮かんでいる。
「あ」
口から言葉が思わず漏れてしまった。
フォルスは以前父親から、お貴族様などの身分の高い人は表情を取り繕うのが当たり前なのだと聞いたことを思い出したためだ。なんでも、権謀術数が渦巻く貴族社会において、僅かでも隙きを見せてしまうと、その世界では生きられなくなるとかなんとか……。
はっきりとステラから聞いたわけではないけれど、今までの言動からステラはそういった社会に住んでいる事は想像に難くない。
そんな決して山道に馴れているとは思えない身分のステラに対して配慮が足りなかったと、申し訳ない気持ちになりながらそっと手を差し伸べる。
「ごめん、ステラ。ゆっくり行こうか」
フォルスの言葉に、ステラは一瞬驚いた顔をするも差し伸べられた手に、自分の手を重ねながら先程よりも柔らかくにこりと微笑み頷いた。
歩く速さを抑えて山道を進む。
相変わらず狐型の魔物はちらちらと襲ってくるが、2人にとってはさほど脅威にはならない。
少し体力的に余裕が出てきたのかステラの顔色も良くなってきた。それを見て取ったフォルスはこれから会うであろう護衛の人の事を訊ねてみた。すると……。
「クラヴィスは融通が利かず、生真面目という衣を着て歩いている人物なのです」
いつも微笑みを浮かべているステラが口を尖らせながら話をする。口調にもやや刺々しさがあった。
「口うるさく言うので、強引に置いてきました」
出会ってまだ数時間だけれど、やや幼く見える言動は珍しい一面なのかな、と思いフォルスは自然と笑みが零れていた。
「クラヴィスの事は気になさらず、アーリアの街へ急ぎましょう」
にこりと満面の笑みを浮かべながらステラは強目の口調で言う。
有無を言わさぬ圧力がフォルスを襲う。何をどうしたらそこまで頑ななのか妙な好奇心が湧いてくる所だが、流石に護衛の人を放っては行けないだろうと思う。そもそも、ステラが『生真面目』と評する人物なのだから悪い人では無さそうだし、後で恨まれたりもしたくないし……。
「ステラ、それは駄目だよ。そもそもステラの『護衛』なんだろ? 職務放棄で罰せられたりとか、そういった後悔のする結末を望んでいる訳ではないんだろう??」
「むぅ…」と声を漏らし不満そうに眉を動かしながら、ステラはそれでも素直に頷いた。
「もう少し山道を下ると休憩できるような小屋があって、そこに待機しているはずです」
「あぁ!」確かにあるとフォルスは思った。
あまり来ることの無い道ではあるが、流石にそこは地元だ。村とその近辺の地理には詳しい。
ややしばらく山道を歩く。
始めは登っていたが、分岐する道を進み始めると、今は下りばかりの道だ。
ややすると木造の小さな小屋が見えてきた。山にある休憩所か何かなのだろう。
ステラへ視線で確認をとると、一瞬不機嫌そうな顔をしたが、にこりと微笑んで返事をする。
仮面を張り付けたかのように。
小屋を空けて、中を覗き込む。
そこには一人の銀髪の女性がいて、目を瞑り姿勢正しく椅子に座っていた。
髪は肩辺りの長さにきちんと切り揃えられていて、目に掛からない為なのか右目の上を髪留めで止めている。
清廉潔白を絵に描いたような人物だとフォルスは思った。
本や話で聞く「騎士像」と合致している。やはり大きい街から着た騎士ってすごいと内心思った。
「ドアのみを開けて覗き込むのは失礼ではないか?」
するとドアの方へと顔を向けながら刺さるような口調の辛辣な言葉が飛んできた。こちらを睨み付ける目元も鋭い。
フォルスがたじろいでいると、その後ろに隠れるようにしていたステラを認めたクラヴィスが、椅子から立ち上がりステラの元へ歩み寄る。
「ステラ様、顔色が優れません。すぐにお休みになられて下さい」
クラヴィスはステラの顔色を見て慌てた表情を浮かべた。それは本の束の間の事で、また直ぐに無表情へと戻る。
「ステラ様の御身が最優先事項だ。そなたは他所で休憩して頂きたい」
クラヴィスはフォルスとの間に立ち、手で遮るようにして距離を取らせる。
ステラは紹介をしようと口をパクパクさせていたが、クラヴィスが有無を言わせぬ表情で休める場所を整え始めた。
その行動に圧倒されフォルスは固まってしまう。
護衛としては間違っていないし、その振る舞いにステラの身分が高いことは確定した。
「そちらの部屋が空いている。そちらを使いなさい」
固まっているフォルスへ、クラヴィスがまたまた棘のある口調で指図をしてきた。
有無を言わせぬ口調にかちんとくるものがあるが、ここで揉める事は何も生まないと判断してフォルスも素直に従う。高圧的な言い方をされると、感情的になってしまう癖のあるフォルスなのだが、この時は随分と冷静に判断出来たものだ。ステラの顔色の悪さを知っていたからだろう。
クラヴィスから遠目に見張られている気配を感じながら、やや冷えた部屋に入り、荷物の中から掛けるものを取り出してごろんと横になる。
瞬間風速的な出来事の連続で、色々と考えを纏めたいと思っていたのだが、フォルスは意識は睡眠へと落ちていった。
どっと疲れ切ったフォルスとステラでした。
書いている私もそう思います。
次はアーリアの街へ向かいたいと思います。