第1話 はじまり
フォルスの冒険が始まりました。
お目に留まって、もし楽しめて頂けたら幸いです。
空が闇へ染まり始め、森の鳥達が巣穴へ帰り、夜陰に紛れて夜行性の魔物が活動を始める頃、彼は無性に腹が立っていた。
「…っちっくしょー! 話が違う!!」
ついつい、そう悪態をついてしまう程に、だ。
彼の名前は、フォルス。
そしてフォルスが現在いる場所は、彼の村の守り神が住んでいると言われている山の中。
これから夜の帳が辺り一面を覆い隠そうとしている時、彼が独り山中にいる理由は―――。
フォルスには、仕事で旅に出た母親と、一緒に住んでいる父親と姉がいる。特に、歳が3つ離れた美しい姉を過剰な程、誇りに思っている。
しかしこの姉が実に優秀で、村全体の誇りと言っても過言ではなかった。狩りの仕事をさせれば、一番の大物を捕まえるし、他にも、炊事・洗濯等の家事全般を完璧にこなしたりもする。更に才色兼備、頭脳明晰、運動神経抜群とくれば、もう向かうところ滴なし状態だ。
一方、当のフォルスはというと、可もなく不可もないレベルで仕事は出来ているし、何かと器用な為、彼の職場の村役場で重宝されている人物でもある。
この日もフォルスは、普通に仕事をして帰宅する所であった。
家へ向かって帰る途中、姉に言われたことを思い出し、肉屋と八百屋で買い物をする。
「えーと、これで…。後は、ヤギの乳を買っていけば良いんだな」
と、手に持っているメモした紙を見ながら独りごちる。
フォルスは夕焼け空の朱い輝きに目を奪われつつ、全ての買い物が終わり帰路についた。
そして明かりの灯った我が家のドアノブに手を掛ける。
それはまさに突然の出来事だった。
フォルスは強烈な不安としか言い様の無いものに襲われ、同時に背中を実体の無い何かが走り抜ける感覚がしたのだ。
幸いそれは一瞬で消え去ったため、フォルスは不安を懸命に圧し殺し、慌ててドアを開き家の中に入った。
すると衝撃的な光景が目に飛び込んでくる。彼の最愛の姉が階段へもたれ掛かるように、意識を失って倒れていたのだった。
駆け寄り、いくら声を掛けても反応は無い。
焦る気持ちを必死に抑えながら、まずは脈を測り、呼吸の有無を確認。姉は苦しそうな声を時折上げ、呼吸は乱れ、更に意識も戻っていない状態だ。顔色も蒼白になっている。
その時、玄関から物音がしてきた。おそらく父親だ。仕事から帰ってくる時間だからだ。
「父さんっ!? 姉さんが倒れて意識がない。早く、お医者さんをっ…!!」
入ってきた人物が父親である事を前提に叫ぶ。
「わかった」
簡潔に、だが安心できる低い声で返事が返ってきた。
声に焦りを含まない、とても冷静な声音は、フォルスに微かな落ち着きを取り戻させる。
(…焦るな。まずは状態をみる。気道の確保をしなきゃ…)
一度、深呼吸。
その後、学校で習った事を思い出し、呼吸がし易くなる様に姉の身体を動かし始めた。
そーっと、頭部を動かさない様に、自分の身体が姉の下になる様に動かす。丁度、足と足の間に身体がくるように。楽な姿勢になるように。
「姉さん…。本当に何があったの?」
フォルスは自分の身体にもたれ掛かる姉、ティエリアの美しい銀色の髪をそっと撫でながら問いかけてみる。その問いに返ってくるのは、苦しそうな息遣いのみだ。
その体勢のまま様子を見ていたが、やや暫くして、家の外から複数の足音が聴こえてきた。家の中が静寂に支配されている分、いやに大きく感じる。
「フォルス、どうだ。ティアの状態は?」
ドアを開け放ち、家の中に入ってきた父親が、声をかけながらこちらへ速足で近付いてきた。その横から、白衣を着た1人の初老の男も、黒い革製の大きな鞄を持って、慌てた様子で近付いてくる。
「全然、意識が戻ってこない。それに顔色が悪くなる一方だよ」
フォルスは父親に答えながら、思いの外声が震えている事に気がついた。父親が来てホッとしたのか、手も段々と震えてきた。
失礼するよ、と言いながら、医者はその体勢のまま診察を始めた。手首、首筋と脈を測り、黒い鞄の中から聴診器を取り出し、また診察を続ける。
「何か急激な発作を起こしたようだね。まずこのままだと、ちゃんとした検査が出来ない。診療所へ連れていこう」
医者はそう言うと、後ろにいる看護師の女性へ人手と運ぶための荷車を用意する様に指示した。
フォルスはその間、ティエリアの冷たくなっている手をずっと握りしめていた。
一夜明けた早朝。
村長から呼び出され聞かされた言葉は、耳を疑うような内容だった。
「ティエリアは恐らく守り神の怒りに触れてしまったのだろう。鎮めるために、今晩生け贄を差し出すこととする」
守り神からの「呪い」が最愛の姉の命を脅かしている?
それならば、自分のする事はただ1つ。
「生け贄云々は関係無い。姉さんを苦しめるモノは、たとえ守り神が相手であろうとも、僕が倒す!」
村長の家を飛び出したフォルスは、武器を取るために自宅へ向けて全力で走り出した。
次回は冒頭の山へ向かいます。
何が彼を怒らせたのか…。