そして異質な者達の激闘
フラリ・・フラリ・・
足取りがおぼつかない。
二葉は頭が混乱していた。見たことの無い、羽の生えた人間が・・突然目の前で飛び立ち空に消えていった。
家までまだ20分ほど歩かないといけない距離だ。
すると突然、さびれた神社へと続く小道の方から、激しく言い争うような、獣が吠えるような声が聞こえてきた。
野犬に人が襲われている??
無意識に二葉は走り出していた。神社の境内まで200mほどだろうか。名前も知らない神社だが、子供のころに神社の裏の空き地で遊んだ記憶がある。
小道は草木が伸び放題で、背の高さ以上の茂みの壁に挟まれているような、獣道のような道とは言えないような感じだった。
息を切らして走った。小道を抜けた、そして境内が視界に入る。しかし人影はない。
裏側?神社の裏側だ!子供のころに遊んだあの場所!
神社の木造の建物を越えれば裏側の空き地だ、・・・しかし・・
二葉の足はそこで凍りついたように動かなくなった。異常な雰囲気、物音が次第に強くなったからだった。
二葉は神社の壁に身を潜め、忍び足で近づき、そっと裏側の空き地を覗いてみた。
そこには二人の男が向き合っていた。
野犬に襲われているのではなく、聞こえた物音は人同士が争っている物音だったのだ。
二葉はすぐに彼らが普通ではないことに気づいた。
男は2人とも若い・・しかし異様なのだ。
片側は若い男性でありながら白髪で、魔法使いが着るような薄汚れたローブをまとっていた。
そしてもう一人のほうは、白装束で山伏が着るような服にも似た・・・いや、神官がまとうような衣といったほうが良いだろうか。街で見かけることのない服装をしていた。
そして、二人とも肩口や背中、胸から血が滲んでいる。
殺気立ち、完全に二人の世界に入っているように睨み合っている。二葉には気づいていない。
白髪の男が何やら意味の分からない言葉を叫んだ。
右手を胸の前に突き出し、手のひらを広げた。
その右手が白く光りを放ったかに見えた。手のひらだけが発光している。
ボッ・・・音を立てたかと思うと、男の手のひらを中心に、左右に2つずつ、手のひらの形をした光の手の残像が出現した。
シュンシュンと空気を巻き込むような音、見えない力の唸りが空気を歪めているようだった。
対する神官服の男は腰に下げていた日本刀のようなものを抜刀し、縦に鋭く一閃し、何も無い空を切りつけた。
直後、光の五つの手の残像が白髪の男から放たれ、それは一本の光の帯のようになり、神官服の男に襲い掛かった。
ギギギギン・・
金属音のような激しい音がしたかと思うと神官服の男の直前で、光の帯が火花を散らして見えない何かに受け止められて閃いた。
ゴウッ・・風が唸った。
先ほど神官服の男が切りつけた中空に幾筋もの縦の亀裂が入り、光の帯を止めていた。
ギュルギュルギュル!そう音がなったと思うと激しい火花は光を炸裂させて宙に花火のように光をほとばしらせながら消滅した。
二葉は身動きできないでいた。先ほど翼の生えた人間が空に飛び立つのが幻だったのでは、と思い始めていた矢先、今度は訳の分からない激しい魔法バトルを繰り広げる男たちを目撃してしまったのだ。
2人の男は肩で息をしていて見るからに苦しそうだ。いったい何分・・いや何十分・・戦っているのだろう。いったい何のために?いや、その前に彼らは一体何者なのか。
二人の男は、合図をしあったかのように、今度は接近戦を挑み始めた。
刀を振りかざし鋭い突きの一撃を胸めがけて神官服の男は突進した。自然と気合の声が漏れる。
ローブの男は素手だ。
左手の甲で刀を払い、間合いを一瞬で詰めたかと思うと神官服の男の胸元に手刀を放った。その手は白く光っている。
ズバッ!
一撃が胸元に差し込まれ、鮮血が激しく散った・・・かに見えた。
しかし、相手の体を貫いたはずの手は虚しく空を切っていた。
神官服の男の体は、たちまち人型をした木の葉の集合体に変化して光る手は木の葉を貫通しただけだった。
ザワザワと木の葉が擦れあう音、そして木の葉は渦を巻き、ぱっと広がったと思ったら、黒い刃のようにローブの男めがけて殺到した。
無数の刃がローブの男を襲う。
うっ・・と唸り、ながら両手で顔を覆いその攻撃に耐えた。しかしローブにはいくつもの切れ目が入り、至るところから血が滲んだ。
致命傷にはならなかったようだが、明らかにダメージを受けていた。
しかし、ローブの男はひるまず、高らかに呪文のような言葉を短く鋭く発した。
すると、ローブの男の血しぶきが、その目の前で集合し始め、ひょろ長い人、赤い影のような物体へと姿を変えた。
ローブの男がその奇怪な赤い影へ号令をかける。
赤い影は信じられない速さで数メートル先の見えない何かに向かって襲い掛かった。
ガシッ!何かをつかみ羽交い絞めにしたかと思うと、大きく裂けた口が獲物に喰らいつくようにガブリと噛み付いた。
バキバキバキ・・と骨を砕くような鈍い音が聞こえた。
ぐうっ・・!!呻き声と共に再び、そこに神官服の男が現れた。
その肩口に赤い影の牙が食い込んでいる。どくどくと血が流れている。
苦痛に顔を歪めながら、神官服の男は腰に下げた短剣を引き抜き、赤い影の背中に一撃を見舞った。
赤い影は断末魔の雄たけびをあげながら、姿を崩し、バシャ!と地面へ落ちた。
水溜りのような血の跡となって地面へ広がった。
二人の男は再び距離をとり、間合いを広げた。
すでに二人とも立っているのがやっとのように見えた。
ローブの男は光る手を合掌し、気合の声を上げ、何やら理解できない短い言葉を発した。
姿が揺らぐように、陽炎が立ち上り、男の全身から湯気のようなものが噴出した。
それは形を変え、一匹の黒龍となった。
神官服の男は、刀を鞘に戻すと手を素早く交差させ、複雑な印を切った。
男の目の前に光の丸い盾が浮かびだす。その盾の周りには複数のドクロが盾の外周に沿ってグルグルと回っている。
盾の正面に、大きな口が開いた。獣の口のような、青白い複数の牙が並んでいる。
ローブの男はおもむろに右手の人差し指を突き出すと、黒龍が神官服の男へすごい勢いで飛び出した。
獣の口をした光の盾がそれを受け止める。
激しい衝撃波が生まれ、ドウッ・・という音が響く。
盾の獣の牙は、黒龍を捕らえ、激しく噛んだ。
黒龍の牙も盾を噛み砕かんと激しく応戦している。
力と力の衝突、それが生み出す衝撃波が何重にも広がり、あたりの木々をザワザワと揺らした。
突然、光がまぶしく爆発したかと思うと、光の盾と黒龍は消えていた・・
向かい合う二人は、目を開けているのも苦しいかのように、よたよたとふらついている。
神官服の男は、ガクガクと身を震わせ、ガクっと片膝を落とし動かなくなった。
ローブの男は立っては居るが、身動きひとつ出来ない。顔面は蒼白で、白髪の髪よりも白く衰弱しているようにもみえる。
このままでは、ローブの男は倒れてしまうかのようにみえた。
息をするのもやっとだ。
ローブの男は最後の力を振り絞ったかのように両手を天へと伸ばし、手のひらを開いた。
頭上に光の渦ができたかと思うと、光のカーテンが男を包み込み・・そして男は消えるように居なくなった。
片膝を突いたまま動かない男のほうに二葉が目をやると、その男の姿も、もはやそこには無かった。
地面に黒いブラックホールのような穴が開いていて、それが徐々に小さく、小さくなっていった。
そして、その暗黒の穴も、ふわりと揺らいだかと思うと完全に姿を消した。
二葉はあまりにも激しい、まるで異世界とも思える光景を目の当たりにした。
戦慄する暇もなく、ただ呆然と立ち尽くしてしまい、へなへなと腰が砕けたようにその場に座り込んでしまった。
心臓はバクバクと音を立て、耳にうるさく聞こえてくる。
その時、突然、背後から「お~い」と声を掛けられた。ギクリとしたが、振り返ることもできない。
そしてその声の主はスタスタと足音を立てて二葉に近づいてくる。
ただ、その声が妙に間が抜けていて緊張感の無い声だったので、心臓が止まるというようなことはなかった。
「お~い、君、どうしたの~?」
声の主は二葉の目の前に回りこんで手を差し伸べてきた。起こしてくれようとしているらしい。
やっとのことで顔を上げた二葉は、その声の主が同じ学校の男子生徒だということに、着ている制服で気がついた。
くりくりとした、猫の目のようなそういう瞳の印象を受ける、黒いサラサラとした長髪の痩せた外見だった。
何よりも、その表情のなんと緊張感のないことだろうか。
いや、それが普通なのだろうか。さっきの謎の戦いを見た後なので余計にそう感じるのかもしれない。
差し出された手につかまり、やっとのことで立ち上がることができた二葉に、男は短く自己紹介を始めた。
「俺、進藤。進藤明。よろしく。はじめまして」