翼を持つ男
黒髪の青年が空を眺めていた。灰色のコートに身を包み、空の一点を眺めている。
星空の見えない薄暗い雲が空を覆っていた。
男は、しばらく立ちすくみ、無表情であった。
男はおもむろにボソリ・・・と呟いた。
「空へ・・・」
男の左の背中から、突然カラスのような真っ黒の翼が生えた。
膝の下あたりまでそれは伸びてフワリと風を受けて揺らいだ。
数瞬のあと、男の右の背中から真っ白な翼が生えた。
対極に見える色の翼が背中から2枚伸びている、。
人通りのない街の裏通りの夕方、下校途中で肉まんを買いに行こうとしていた二葉は、偶然にもその光景を見てしまった。
何かの特撮だろうか、信じられない光景に、呆然と立ちすくむ。
思考が停止したように、まったく働かない。
男は二葉に気づいているのかどうなのか、まったくおかまいなしに空の一点を見つめたままだ。
風の揺らぎに合わせ、長く、しなやかに伸びた羽が揺れている。
黒い翼は、一見すると黒色なのだが、細かな水滴が覆っているようで、光に照らされて時折、白い色に輝いてみえるようだった。
もう片方の白い翼も風に揺れながら、白い輝きを乱反射しているが、それぞれの光が影を生み出すのか、時折、漆黒の翼にも見えるのだった。
二葉が呆然と立ちすくむ中、男はゆっくりと翼を広げ、数回羽ばたくと、爆風が地面を殴りつけ、土埃が舞ったかと思うと、その姿は一瞬のうちに空高くまで舞い上がって、肉眼では捕らえられないほどに小さい点となり、そして空の高みに消えた。
二葉はしばらく動けないでいたが、停止した思考回路の中で、とにかく家に帰ろう、と催眠術にかかったような足取りで、フラフラと歩き始めた。