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プロローグ



ものすごい速さで景色が変わっていく。

足早に歩く人々、立ち並んだ雑居ビル。

きっちりと合わせられた腕時計は午前8時23分40秒を告げていた。

「よし!まだ間に合う!」私は独り言のように呟いて、荒い息を整えた。


自分の吐いた白い息が目の前に何度も広がる。気温は4月だというのにとても低い。


私は 鈴木ハルナ 16歳。県立の共学制の高校に通い始めたばかりの1年生。

訳あってペダルを漕ぐ足に、さらに力を入れているところだ。


風を切る音がさらに大きくなり、流れる景色のスピードが上がっていく。


近くでクラクションの音、誰かに鳴らされたのではない。

私自身に鳴らされているのだ。

もうこんなとこで止まってられない。車の運転手さん、お願い!止まって!


赤信号になったばかりの交差点を、タイミングが遅れて突入していく。

次々にブレーキを踏む車、バイク。

一応、頭を下げて謝りつつ、大きな交差点を突破していく。


「キャー怖い!でも、遅れるわけにはいかないの!許して!」


飲食店の集まる雑居ビルの間を抜け、大きな通りへと出る。


勢いよく曲がり角を曲がり、学校まであと500m。

あと少し。時計は8時28分20秒を過ぎていた。


よし、あと1分30秒ある!ペダルを漕ぐ足に力が入らなくなってきたが、自分を叱咤激励する。


肌寒い朝だというのに、額からは汗が滲んできていた。


最後の難関である押しボタン信号の横断歩道で、30秒ほどロスしてしまった。

あまりに車の量が多すぎて、どうしても渡れなかったのだった。


学校まであと50m!というところで、無常にもチャイムが鳴ってしまった。

まだチャイムが鳴っている間なら門を潜り抜けることができるけど、今日は間に合わない。

チャイムが鳴り終わると同時に、キッチリと閉門されてしまうのだ。


「門を閉める時間がキッチリしすぎてるのよ!」

などと、心の中で悪態をついてしまう。


学期中に3回遅刻をすると、今時では珍しく、廊下に立たされてしまうのだ。ありえない。

バケツを持ってクラスの横に立たされるなんて・・


自分は、あと1回しか猶予がないのだ。今日遅刻すると罰が確定するのだ。


記念の写メを取られてしまう。あとで特殊効果や落書き機能を付けられて、友達の間に出回ってしまうに違いない。


高校に入って2週間、まだバラ色の学校生活に幕を閉じるには早すぎる!それだけは嫌だ!


仕方なく、非常事態の最後の手段を選択することにした。

裏門の方へ回る。


裏門までの途中で、校舎の裏庭の横あたりの塀に沿って自転車を急いで停める。


その横に古ぼけたママチャリが一台。塀の横にピタリとくっつけて置いてある。

「ちょっとごめんね〜」そう自転車に謝ってから、その誰のものかもわからない古ぼけたママチャリの荷台に足をかけ、さらにサドルを踏み上げ、塀の上に手をかけて塀をよじ登った。


身長プラス50センチほどの塀を、苦戦しながらも何とかよじ登った。この姿は誰かに見られたくないな、と思いつつ。ヒョイと飛び降りた。


ガサガサッ!と音がする。背の低い校舎の裏庭の植木に少々ひっかかりながらも、裏庭に着地した。

あたりをキョロキョロと見渡し、さながら忍者か不審者のようにキョドりながらも周囲に人の気配が無いかどうか確かめる。

よし、だれも居ない。


そのまま間髪居れず、かばんを胸に抱え、自分の教室に向かって駆け出した。

体育館の横の路地を抜け、いつもと反対側の校舎の階段を上り2階の教室へたどり着く。


教室に入る前に、何度か深呼吸して、荒くなった息を整え、額を流れ落ちる汗をハンカチで拭いた。


少々顔が赤く火照っているが、何事もなかったかのように自分の席に、そそくさと着席する。

8時38分。本鈴のチャイムがなる2分前だった。


ホッと安堵のため息を漏らす。

間に合った・・


その時、すぐ後ろの席から明るい元気な声で挨拶が聞こえた。

「ハルナ!おはよう!背中に葉っぱがいっぱい付いてるよ!どこから登校してきたのよ」


そう言うとプッと噴出す笑い声に変わった。

そして背中の葉っぱを取ってくれる。


あー。やっぱりバレたか。完璧だと思ったのに。


そいつは仲のよいクラスメートの神原美咲だ。


私はクルリと後ろを振り返り、お礼の言葉と共に、両手のひらを顔の前で合わせると、お決まりのセリフを言った。

「ごめん、ありがと!それから、たびたび申し訳ないんだけど、昨日の課題のプリント、見して!」


何気ない学校生活、にぎやかなクラス。

本鈴のチャイムのすぐあとに1時限目の古典担当の先生が入ってきた。


あだ名を「カニ」という。授業に熱が入ってくると、口元に泡を噴出しながら話すからだった。

なんとなく、顔もカニに似ている。

誰がつけたか分からないが、すっかりその呼び名で馴染んでいる。

先生本人は、そう呼ばれていることも、最前列のクラスメイトが古典の授業の時だけは、1mほど後ろに席をずらしていることも知らないだろう。


泡が飛んでくるからだ。


いつか横にしか歩けなくなるのではないか?

そうクラスではもっぱらの噂だ。


いまのところ、カニ先生は、まだ前後に歩くだけの余裕があるようだ。


本鈴が鳴るまえから、前列の子たちは、席を後ろにずらし終わっていたので、カニ先生が入ってきた時には当たり前のように席が移動し終わっていた。


委員長が気だるそうな、号令をかける。

「きり〜つ!れ〜ぃ・・・ちゃくせ〜き!」


みんなは一応、立ち上がり、そして会釈をしたりしなかったりしつつ、席に着席する。

いつもの日常。


そう、その日の朝までは。




たしかにそうだったのだ。


なにげない日常が、このままずっと続くと思っていた。


その日の夕方に、私が・・・アレを見るまでは・・・・・

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