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たどり着いた灯り1-4

「で、ごめーん話って何? 遊びの約束しててさ。変な話だったら嫌だなって思うんだけど」


『坂谷って』「坂谷って」


「?」


『萩原のこと好きってホント?』「萩原のこと好きってホント?」


「げォっッ」


 呼び出した放課後、ランが撃鉄を込めて、覧が引き金を引くと、坂谷は酷くむせた。


 シラを切ろうとする坂谷を追及し、それならいったい誰から聞いたのかと怒る坂谷から「視線を見れば誰でもわかる」と逃げて、本人や他人にバラす脅しをかける。


 坂谷はその日「用事があるから」と逃げ切ったが、翌日になって、向こうからこちらを呼び出してきた。


 ランと二人で使った例の喫茶店とは逆方向に電車で向かって、二駅先。そこから十分くらい歩いたファストフード店で、二人席を囲う。余程思い詰めているようで、歩いている間ずっと無言だった。

 誰にも見られないような場所で、向こうとしてはなんとかこちらの口止めに持っていきたいようだったが、応援するから事情を話せと十五分にわたって説得すると、ぽつりぽつりと話し出す。



「……あんね、あたし達って子供の頃からの幼馴染でさ。その、……でも、なんだ。漫画みたいに、隣の家で生まれ育って、一緒にお風呂入ってみたいなのはなくて」


 幼稚園、小学生とずっと一緒で、言葉にすれば幼馴染だけれど、その言葉に反して全く絡みはなかったという。


「変わったのはあたし達が小学五年生になってから」


 今でこそ少しはマシな顔になったものの、子供の頃は、坂谷の顔はもう少しバランスが悪かった。故に、彼女が憧れたのは服飾。可愛い服、綺麗な服を手に入れられ、組み合わせられるよう、少しでも努力した。女子にとって、服は顔面のハンデを克服する装備になる。


「坂谷の子供時代ってそんなに微妙な外見だったの? 今はめっちゃ綺麗だと思うけど」


「実際、まあ普通くらいだったんじゃないの。知らんけど。まあ、そういう流れってあるでしょう? あとは、特に中学生の時コンプレックスが酷かったのを覚えてるけど、だんだん周りが変わってきて、心がどうにかなっちゃってたんじゃないかなーとかね」


『醜形恐怖のなりかけってところでしょうか? 本物は全く格が違いますが、思春期で自分の外見が気になるのは不自然ではないです。みんなそうやって大人になっていくんです』


「わかったようなことを言うなぁ。別にまだ大して大人になってるわけでもねえくせにな」


「それはまあ確かにね」


 坂谷は笑った。


「そんな中で、私は、瑞人と仲良くなった」


 変わり者がいるという噂は聞いていた。同級生の男子は皆スポーツやカードゲームに夢中になっている中、手芸をやる男子がいると。それも、遊びでちょっとやってるようなレベルじゃない。もう、この歳で、一人で服だって作れると。


 正直、坂谷は、彼について知る前は「きもい」と思っていた。女の領分を侵されているような気がしていた。だが、後になって、別に不自然なことではないのだとはっきりわかった。電車、科学、生物、彼にとってのそういったものが、手芸だったのだ。


「……誰? おれに何か用?」


 二人の通う小学校の家庭科部は幽霊部員まみれ。けれど誰もいなくなった家庭科室の中で一人、夕日を浴びながら服の型紙を切る萩原に、坂谷は、考える前に「あたしも家庭科部に入る」と宣言していた。


 一人しかいなかった放課後の家庭科室が、その日から二人になった。


「それで……事故にあって萩原の手が動かなくなるってわけか」


「あは、ドラマだとね。残念ながらそれもなかった。けどさーいつだったかなー、私のほうが上手い、いや俺のほうが上手い、って言って、殴り合いの喧嘩しちゃって」


「男女の殴り合いか。いかにも小学生って感じだな」


「なんとなく、なんで私が服を作りたいなんて思うようになったのかわかってたのか、最後には瑞人が折れてくれたんだよね」



「あたし、もっと綺麗な服が作りたい。将来はお洋服を作る! デザイナーさんになる!」


「ならおれは、お前のデザインを実際に作ってやるよ。デザイナーもやるけどな!」



「なんて、約束を……した……」そこで、そろそろ坂谷は我に返った。「なんか全部喋っちゃったんだけど……」


「面白かった」


「面白がらせるために話したわけじゃないんだけども……」


「よくわからないけど、ならよくわからないけどいいんじゃないのか? 恋愛感情とかがよくわからないからよくわからないけど、それは明らかに両思いだろう。告ればいいんじゃねえの? 共通の夢を持って、ふたりとも具体的に努力してるんだろ? 告ればいいんじゃねえの?」


「う、うん。頑張ってるよ。瑞人はパタンナーの勉強をしてる」


 パタンナーって何だ?


「仲は当時のまま良いんだろ? さっさと適当に好きですって告って付き合えばいいんじゃねえの」


「……中学生になってから、ぎくしゃくしちゃってる」


「そうなんだ、原因は? 喧嘩?」


「ない」


「? 意味がわからん。原因が存在せず、関係がぎくしゃくしてるの?」


「うん」


『そういうこともあるんだで流して下さい。一切共感できてないと思いますが、そういうこともあるんです』「そういうこともあるんだ」


「似た経験、藤堂はないの?」


『あると答えて下さい。例示を求められたら親を出して』「まあ言われたらある」


「だよね……みんなそうなんだよね。これでいいんだよね。だけど、だから……いまいち……うまくいかなくて……顔を合わせても、……いろいろ」


「そうなんだ」


 坂谷の目はちょっとだけ潤んできた。声に抑揚がつく。マジで? この流れで泣くの? 覧はびっくりした。


『弱音を吐く相手に困っていたのか、貴重な情報をたくさんくれてありがたいですが、……そろそろ少し飽きてきたな』


 イヤホンの向こうから欠伸が聞こえた。お前もう少し真摯に向き合うのが仕事じゃねえのと思ったが、どうでもいいので口には出さない。


「中学生になってから、……最初の一年は朝電車とかで良く会ったけど、それもなくなって、会話もできなくなった……」


『毎朝探してたんですか? ちょっと怖いですね』


「なんで欲しいと思ったら、その瞬間にいなくなっちゃったのかな……」


『貴方の目の前からいなくなる全員を、貴方が欲しいと思っていないだけでは。選択バイアスという現象です』


「どうしてだろう……嫌われてるのかな……? 私……」


『偶然でしょう。会えなくなった(いこーる)嫌われている、この論理の意味がわかりません。あるいは思考障碍の前兆か……? やはり思考障碍なのか?』


 マジレスクソ幼女。いちいちツッコミを入れられると耳が気持ち悪いからやめてほしい。


 一人で延々自己嫌悪した後、坂谷あかりは苦笑いをした。


「あはは、ごめんごめん。……なんか、愚痴聞いてもらう会みたいになっちゃったな。あんまり……誰かに相談したことなかったから」


「周りには隠してるってわけか。実際、俺は知らなかった」


「うん。引っ掻き回されたくないし。よく漫画とかであるよね、好きな人のこと周りに喋っちゃって、勝手に他人越しに告られちゃって、いろいろ台無しになっちゃうとか。なんであんなことするんだろーね?」


 心底意味がわからないというふうに、坂谷は疑問を浮かべるが、


「今坂谷が俺にぺらぺら全部喋ったのと同じ理由じゃないの」


 というと、腑に落ちたらしく、また笑った。



 一分ほど沈黙があったあと、坂谷は姿勢を改める。


「えーっと……凄くぺらぺら話しちゃった後にアレだけど。藤堂くんは別に、私に嫌がらせしようとして、いきなり瑞人の話をしだしたんじゃなかったってのはわかった」


『もちろんだ。俺にできることは何かあるか、こうしてここに聞きに来たんだ』「もちろん、それはそうだ。俺にできることがあれば、何かしたいから、お前を突っついたんだ」


「ありがとう。でもごめんね……応援されても、むしろ困る」


 坂谷あかりは、覧の応援を拒絶した。


「他の人に、私達の仲を引っ掻き回されるために、私は友達とのアソビをぶっちぎって、藤堂くんに時間を使ったわけじゃない……」


 机に手をついて、頭を下げる。


「だから、お願いします。そっとしておいて下さいっ」


 覧は、目の前で女子が頭を下げるのを始めて見た。

 わざわざほとんど初めてしゃべる相手に頭を下げるというのは要するに――よほど恐れているのだ。関係を荒らされることを。と、思う。


「まあ、わかった。とりあえず。考えとく。頭まで下げさせちゃったし」


 覧自身は人に頭を下げられてもなんとも思わないが、そこはわざわざ言葉にする必要はない。いいんじゃないのと思うだけだ。


 だが、少し引っかかる点があった。考えながら言葉を紡ぐ。


「俺は、なんかの店に入ると、物を盗みたくなる。物を盗みたくてたまらない衝動がするというよりは、ただ自分のものとして取るような感じだ。なぜ俺のものがこの店のものとしてここにあるんだろうってなる。ただ、盗むことで誰かが不幸になるのも嫌だ。法律については全く気にするつもりはないが、盗まれた相手のことを思うと盗めない。困ったものだと思う」


『それは覧が自分をぎりぎりで保ってる証です。アメリカの精神病理基準集、DSM8の精神病の定義の基本は、社会生活に著しい支障があることですから』


 ランがイヤホンを通じてよくわからない単語を羅列してくるが無視する。


「どういうこと? 何が言いたいの?」坂谷が問いかける。


「欲しいなら取ればいいと思う。人は、物と違って、取ってもだれにも怒られない。場合によっては幸せになるんだ。たぶん。まあ俺は幸せな家庭ってあんまり見たことないけど。……だから、悩むくらいなら、行ったほうがいいと思うが」


 言うと、小さく俯いて、呟いた。「そういうことじゃ、ないんだけどな……」



「コミュニケーション症候群ですね、坂谷あかりは」


「そうなんだ」


 翌日、初めて出会った喫茶店で待ち合わせると、開口一番にランはそう告げた。


「間違いないの?」


「ええ。彼女はコミュ症です。治さなくてはなりません。彼女の関係進展への熱意を阻害しているのもコミュ症です。治さなくてはなりません」


「そんなたくさんいるもんなの? コミュ症って」


「うーん、まあ統計上はおかしくないかなと……」


「ふーん。で、そんな簡単に人がコミュ症かどうかとかその病名とか確定できるもんなの? って、見ればわかるんだっけ?」


「坂谷あかりについては、見てもわかりませんでした。もやもやさえ感じなかったので、かなり巧妙に擬態できているほうです。ですが、大丈夫、もう既に私のタブレットは彼女の症名を確定しています」


「何? もやもや? タブレット? 何?」


「はい。このタブレットの中に、企業から金で買ったビッグデータを使ってAIが症名を診断するアプリが入ってるんです」


「え、何。そんなん使っていいの? ずるじゃん」


「いいも悪いもありませんよ。むしろ診断のために使えるものをすべて使わない医者こそ生きている資格がありません」


 ランは目を閉じ、自分に浸るようにして語りだす。


「大昔、外科手術の前には手を洗えと叫んだ医学者は、疎まれ学会から追放されました。悪魔の囁きとでも思われたんでしょう。人の作り給うた至高の存在、統計学が……悪魔の囁きとは面白い皮肉です。もし当時にタイムスリップできるのなら、…………まあそれはそれとして、このソフト私が開発しましたから」


「そうなんだ」


AIネーター(アイネーター)って言います。すごいですよ。微弱な電磁波から脳波も見れます。機器に繋げば非破壊検査だって余裕。なんなら、今ここで、覧の病気を診断してみせましょうか?」


「いやいいけど……」


「Q1。『それは精神病?』」


「なんか随分チンケなAIだな?」


「判定完了。貴方のコミュ症はソシオパスです。よーっし! また私は的中させてしまったようですねえ!!」


「わかったわかった」


 ランはそこで立ち上がった。


「わかっていただけたようで何より。それでは、せっかくなので治しましょう。恋愛成就、恋愛成立で、坂谷あかりのコミュ症を」

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