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ラブホテル見学会

 覧と遥香は二人きりでラブホテルに来ていた。

 ランの指導の元、二人はなるべく一緒に行動するようにしていた。


「だからってラブホテルに一緒に行けと言われても難しい面もあるんだが、アレに言葉は通じない」


「先生(※ブランシェのこと)はガンコだからな」


 遥香はくすっと笑って、繁華街を先に歩く。



 ロビーの機械から排出された鍵を受け取り、部屋に入って電気をつけた。

 少しだけムードを持たせられた照明が、白く光った。


「ラブホテルはセキュリティ・機密性・カモフラージュ性、全てに優れた最強の配信用スタジオだ」


「そうかな……」


 遥香が呟きながらちまちまと配信用機材をセットする。覧もそれとなく手伝う。純粋にどこに何をどう置けばいいのか面白そうだった。

「全く、いい時代だ。大掛かりな機材など何も必要はない。2Dのミニマム構成なら五千円と名刺サイズのガジェットでフルトラッキング。3Dでやりたいなら一万円とモデル調達。私のようにガチガチでやりたいのなら八万円近くかかってしまうが、ほぼ全てのVtub○rにそれは必要ない。企業勢でさえここまでやっているところは聞いたことがない」


「そうなんだ拘ってるんだね」


「拘りは大事だ」


 ふふ、と笑いながら機材を組み立てる。

 楽しそうだった。


 遥香が楽しそうで何よりという他にない。


「ブイチュッバ、ブイチュッバ」※作中のヒロインはメロディを付けておらず、一般名詞を平たく表記しただけなので歌詞ではありません


 浮かべている表情やアホみたいな独り言はとてもほんわかしたもので、教室であれだけ気を張っている人間と同一人物とはとても思えなかった。


「結局のところ、お前は配信のことが好きなのか?」


 単刀直入に聞いた。


 ちゃんと聞いたことはなかったが、彼女にとっておそらく、Vtub○r活動とは世界を拒絶する手段の一つだ。他人を魅了する力を磨くことで、「せかい」に「対抗する力」を手に入れることができる。


 そして言うまでもなく、他人になりきっているその瞬間、ありとあらゆる自分に対する干渉を跳ね除けることができる。なぜなら干渉されるはずの自分は、その瞬間存在しないからだ。


 だから、自分を暴かれた瞬間、パニックを起こした。


「好きともまた違うがな。まあ、好きといえば好きだ」


 丹念にノートPCを磨く。


「これは私が武器にすると決めた武器だよ。○大受験生にとっての勉強とか、エリートアスリートにとってのスポーツみたいなものだ。私は優れていなければならない。覧と話していて、どこか、キツネツキの自分と本当の自分を並列的に捉えられるようになっているが、まだまだ世界と戦わなくてはいけないという私の信念は消させない」


「頑張れ頑張れ」


「絶対に消させない。私は失われない。屈さない、決して。決してお前に惚れたりなんかしない。……お前しか会話する相手いないが」


「頑張れ頑張れ」


「お前を見てるとこの妄想が馬鹿らしくなってくるよ。でも、消させない。消えたら、……空が消えてなくなってしまう」


「そうなんだすごい」


 覧は続けてインタビューをした。


「ちなみに、なんでこのラブホテルを好んで使ってるんだ? いつもここだけど」


「この部屋は一階。一階に部屋があるラブホテルは珍しい。二階以上だと緊急事態の際窓から脱出できないから私は一階を好む。探すのには苦労した」


「緊急事態って?」


「変質者が押し入って来たときとか」


「ああ」


 まさに押し入った立場としては何も言えない。


「副次的なメリットとして、少し調べた範囲だがラブホテルの一階はとても安いようだ。コストを下げるのは有用だ」


 だが、そこで遥香は一度溜息をついた。デメリットもあるという。


「代わりに、上の階でトイレとかを流すたびに、バシュッ! ゴオオオオ! とすごい水道管の音がする。この建物の部屋でも、二階以上はそうならないから、何かあるんだろう、配管とかの都合が。別にそこまで爆音というわけじゃないが、マイクがたまに拾ってしまうな」


「そうなんだ。それは大丈夫なの?」


「リスナーには洗濯機の上で配信していると言ってごまかしている」


「すごい」



 覧は不思議に思った。配信の準備は終わっているが、いつまで経っても遥香は配信をスタートしようとしない。

 見れば、3Dモデルを簡易的に作成するソフトにかかっている。


「また新しい自分でも作るのか?」


 遥香はその言葉に答えず、逆にいくつかの質問を聞き返してきた。


 好きな小説作品や、ゲーム作品、自分で自分の性格をどう思うか等。

 他には、尊敬している人とか。


「覧には尊敬している人はいるか?」


「うーん、俺らが子供の頃の話だけど、東南アジアで10000人買春した医者」


「……真面目に話せ、覧」


「真面目に言ってるんだけど」


「とりあえず歴史上の人物にしておくぞ」


「話聞けよおまえ。大体彼だって歴史上の人物だぞ。伝説上の医者だ。日本の外科医の総数は三万人弱。統計上、彼一人のおかげだけで、外科医の三人に一人が東南アジアで一人以上買春してる事になる。伝説だろ? ランは統計を魔法だっていうけど、だったらあの医者はなんだ? 俺はああいう人間になりたい、心からそう思ってる」


「そうか……良かったな。織田信長でいいか」


「なんだよその目は。現地の人にすごい受け入れられてたんだぞ。しかも一人一万円かけてると仮定したら三億円になって政府のODAに勝つんだ。一人国家ワンマンネーションってやつなんだ」


「織田信長、っと……」



「じゃあ挨拶をしてくれ」


「待て」


「?」


 遥香が覧の腕を取り、カメラの目の前に連れ出した。


 ノートパソコンの中では完全に配信ソフトが立ち上がっていて、どうやら配信が始まっている。


 配信画面の中は仮想空間になっており、遥香の体が3Dモデルになっているのは当然のこと、覧の体も3Dモデルになっている。遥香の3Dモデルはピンク色の髪で、この前配信していたキャラクターとは別キャラクターのようだが、まあまあ人気があるようだ。コメントが途切れない。覧の3Dモデルは銀色の髪。どっちも露出の高い女の子だ。


「意味がわからない。俺は何も聞いてないんだが」


――声可愛い


――俺っ娘やんけ


――妊娠しやすそう


 気の抜ける自動音声が、流れるコメントを拾い上げる。

 ボイスチェンジャーで女声に聞こえてるのかなとぼんやり思う。


 というか、コメントがキモすぎる。


 何やらよくわからないレールが敷かれているのを感じ、覧は抵抗活動を試みた。


「昨日小便器で小便したんだが性器をジッパーに挟んでえらい目にあった」


「実はこの子は自分を男だと思い込んでいる女の子なんだよ(ひそひそ)。仲良くしてあげてね(ひそひそ)」


――開幕で超弩級の下ネタが聞こえて草

――生えてるの?

――まさかこれボイチェン? 普通に地声にも聞こえる 最近のAI系ボイチェンはマジでわからん。。。

――地声と見た

――女であることを思い出させてあげたい


 全く通用していない。遥香が汗一つかかず・一秒以内でフォローしたのも強い。覧は諦めた。


「じゃあ、挨拶してユウカ」


 覧の今の名前は赤島ユウカということになった。


「ハロー。こんにちは。ニーハオ。グーテンターク」


 挨拶に迷った覧は適当に挨拶した。


「えー仕事のプレッシャーが強く、こうやって倫理観のたがを外して開放感を味わってます」


「外れちゃうんだ~(笑) 襲わないでね」


「お前に手を出すの怖すぎて無理」


――この言葉どっかで聞いたな?

――犯罪者みたいなコメントで草

――綺麗系の見た目からただの面白社畜お姉さんで草



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛勝てねえええええええええ! 遥香てめえふざけんなよ!!!!」


「危なすぎるからあたしの本名を叫ばないでもー!! マイクのスイッチは切ったけども! ……アーカイブ化した時は顔にモザイクかけるかんね! 口の動きでバレちゃうから!」


「そうなんだすごい。まるで俺の顔が猥褻物みたいだな!」


 二人は一緒にゲームをしたりトークをしたりして、楽しんだ。


 覧は不思議だと思った。被り物を被ると、違う自分になれて……結果として、本来の自分を取り戻しているような気分になる。

 遥香も同じ感覚を味わっているのだろうか。

 本当の本当の本当に、他人の被り物を被って、インターネットに自己を晒すのは、自己の破壊に繋がるのだろうか。

 わからない。

 答えなんてないのかもしれなかった。


 一万人近い人間が生で二人を見守っていた。



 時間が深夜をまわり、遥香がノートパソコンを弄っている中、覧は黙って機材を片付ける。


「楽しかったぞ、覧」


「お前も手伝えよ。俺も手伝うのが道理だとは思うけど、メインのお前が片付けてこそだろ」


「ああ、片付けなんて後でいいよ。見ろ。話題になっている」


「何?」


 覧は画面を覗き込んだ。


 ホームページが開かれている。タイトルは、「バーチャルビーイングの尊さに関する諸考察」。

 岩波新書の哲学書っぽいタイトルの割に、表示されてるのはVtub○rのグラフィックと、……数字と、ランキングだ。


「これはVtub○rのレーティングサイトだが」


「レーティング?」


「……そこから説明の必要があるか。レーティングっていうのは平たく言えば戦闘力だよ。このサイトでは、動画の再生数の平均とか、最大再生数とか、チャンネル登録数とかから、そのVtub○rの戦闘力を独自の計算式で算出し、ランキングにしている」


「暇なんだな」


「それが案外界隈に寄与してるんだ。日刊ランキングを見れば、その日にバズったVtub○rなんかも載ってる。その名前で検索すれば、どんな事態があったのかもわかる。


 ……ちなみに、これが累計ランキング」


 画面には、Vtub○rの立ち絵画像が何枚も現れた。その横には順位と主なデータが書かれている。スクロールしていく。このページには1位から50位まで記載されており、疎い覧にもそれなりの人数がわかる。Vtub○r全体の累計実力ランキングというのは伊達じゃないようだ。


「このうち3位、30位、45位、68位が私だ。3位は既に金で他人に所有権を売ってて、私が最後に持ってた頃は82位とかだったから、私が3位を持っているといえるかは微妙だが」


「なんて?」


「ちなみに1位、2位、6位、12位は同一人物だ。知人で、そのことは直接聞いた」


「なんて?」


「あと、ある学校のゲーム部という設定でユニットを組んでいるVtub○rは全員中身が同一人物で、そのうち一人は9位と同一人物である15位だ。感じるな、考えろ」


 しばらく沈黙した。今明かされる衝撃の真実に、沈黙せざるを得なかった。


「突飛すぎる。流石に嘘でしょ?」


「嘘ではない」


「……そうなんだ。そうなんだ」


 遥香の顔をじっと見る。


「?」


 ハテナマークを浮かべてくる遥香に、覧は不謹慎な興奮を覚えた。

 もし彼女の言うことが全て事実なら、自分は遥香を使って累計三百回くらい抜いている。3Dモデルを勝手に使ったエロ動画や、二次創作のエロイラストで。


 とてもじゃないが口には出せない。


「で、日刊ランキングに戻るぞ。見ろ」


「これ、……俺か」


 覧のキャラクター、ユウカが日刊ランキング二位を飾っている。一位は当然遥香のキャラクターだ。

 三位以下には今日配信した他のVtub○rがたくさん並んでいて、覧もいくつか名前を知っている。


「……へえ。結構錚々たる面子を抑えてのワンツーフィニッシュっぽいけど」


「まあ新Vtub○rとのコラボだからな。しかもリアルの友人っぽい。話題にはなるだろう」


 狙い通りだ。遥香は続けて呟く。


 どうやらダシにされたようだ。

 心の底からどうでもいいが。


「コラボだと人気が出やすいのか?」


「ああ。まあ話題性はある」


「なら毎回コラボすればいいだろ」


 そういうわけにはいかないという。


「コラボも難しい。仮想指数が違う相手とは組みづらい」


「仮想指数?」


「本人たちが、どれくらいVtub○rであることに自覚的かっていう指数だ。仮想指数10、中に人がいることを自覚しているキャラクターと、仮想指数90、Vtub○rという存在すら知らない体を通しているキャラクターとで組むのは難しい」


「ランじゃないけど、ウサ○ン星から来たっていう設定のアイドルと、普通のアイドルががんばって会話するようなもんか?」


「違うな。その例えで行くと、ウサ○ン星から来たっていう設定のアイドルが二人いるとする。だが、Aさんはその事を信じているように見せなきゃいけない。ウサ○ン星から来たっていう設定のアイドルであることを自覚してはならないんだ。ウサ○ン星って何? ってからかわれたら、顔を真っ赤にして、私の故郷ですと反論しなくちゃいけない。Bさんは、『ウサ○ン星なんてありえないですよね~ところで、中学生の頃見てた映画の話なんですけど~』と言える。これが仮想指数だ」


「大変だね(適当)」



 また十分くらい経った。

 遥香は一息ついた。パソコンの中での作業が一段落したようだ。


 覧は冷蔵庫からジュースを取り出して、ベッドに座って飲んだ。一本200円するようで高いが、問題はない。

 ラブホテルの中はしんとして、外の世界の音が聞こえない。たまに聞こえるのは、遥香のいう「洗濯機」の音くらいだ。

 喋り通しだったからか、安っぽいジュースはやけに美味かった。


「さてと」


「……? ……おい」


 遥香が行おうとした行為に対し、覧はぎりぎりで目ざとく気付いてその手を無理やり止めた。


「なんだ?」


 腕を掴まれた遥香は、きょとんと不思議そうな顔をする。


「なんだじゃない。その投稿文は何?」


「投稿文?」


 彼女が操作している画面の中には、こう表示されている。


 ――今回一緒に来てくれた友達の3Dモデルをアップロードするね(ハートの絵文字) MikuMikuD○nceユーザーの皆は可愛い踊りを踊らせてあげてね(サムズアップの絵文字) 以下URL


「投稿文の何がおかしい?」


「全ておかしい」


「?」


「いいからやめろ。俺のモデルをネットに公開するな」


 覧は知っている。Vtub○rにとって、3Dモデルの公開は諸刃の剣だ。面白い使われ方をするのも当然ありうるが、それだけでは済まない。どんなことにでも使えるし、なりすましだってできてしまうし、何より……

 覧の行きつけのエロ動画サイトでは、公式の3Dモデルを勝手に使ったエロ動画がたくさんあるのだ。


「なぜだ?」


「……」


 言葉に詰まった。

 理由を言えるはずがない。なぜなら、ここで止めることができたとしても、3Dモデルは彼女の手の内にある。彼女が「覧が3Dモデルをネットに投稿されるのを嫌がっている、しかもある程度真に迫る理由で」ということを知ってしまった時点で、絶望的な弱みが、覧に発生する。やばすぎる。やばい。

 しかし、このままにしていても地獄が顕現する。


 自分が中に入ったことのある3Dモデルを使って、saku(※サイト名)で、エロ動画が生まれてしまう……。


「とにかくやめてほしい」


 うまく理由が思いつかないまま、無理やりマウスを奪おうとするが、軽くかわされる。

 やはり運動神経の違いを感じる。


「なぜ? と聞いている。なぜだ?」


 遥香が耳元で囁いてくる。

 覧はここで気付いた。


 こいつ、知っている。


 話題になったVtub○rが3Dモデルをネットに投稿するとどうなるか。いや、あるいははじめから……覧が何で自慰をしているかまで、全て。


「言ってみろ」


「く……仕返しのつもりか。いいか望月。望月聞け」「はい」「望月はそうやって、誰に仕返しをしているんだ? 仕返しなんてしたって無駄。俺だけじゃない。お前らのエロ動画を待ち望んでいる人間は、俺らだけじゃない。saku.jkのアクティブユーザーは十万人とも言われている。そうだ、俺一人を潰そうと全て無駄なんだ。3Dエロダンスは人類の至宝なんだ。お前らが洗脳されて裸で踊っているのを二十万の視線が待ち望んでいるんだ。Like数二千くらい付くぞ、おめでとう、女子はいいねとか好きだろ? だいたい可愛い女の子を無理やり踊らせて抜いて、俺それ何が悪いの??」


「悩むなぁ、こっ、こ、は……ハサミギロチン!」


「話を聞け」


「私は……」


「私は、何?」


「お前が堕ちるところを見たい」


 ?


「えい」


「あッお前」


 遥香は躊躇ゼロで3Dモデルを投下した。



 遥香が操作するVtub○rは、界隈でもそれなりの認知度がある。

 それと電撃的にコラボして、ある程度の面白さを見せた覧は、ある程度の話題性を持っていた。

 そしてその日のうちにSNSにぶちまけられた3Dモデル……何も起きないはずはない。


 最新の投稿欄を埋め尽くす、既存のモーションを使って、自分(のアバター)が裸で踊ってる動画。覧はsaku堕ちした。


「生放送で中身を晒した某露出狂Vtub○rじゃあるまいし、俺は俺で抜かれても嬉しくもなんともないぞ」


 ライク数が無限に増えていく。当然、パソコンの前で何を言っても無駄だった。



 覧はしばらくsakuを覗けなくなったが、ちょっと時間が経つとむしろ自分の動画だととてもよく抜けることに気付いた。

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