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あの人の音楽

 本当の驚きって、言葉を失う。開いた口が塞がらないって言うだろ? あれって本当だ。二度目のケンジは別だが、俺たち四人は、揃いも揃ってその口を開き、そのままの姿で固まっていた。まるで記憶はないが、きっと瞬きも呼吸も、もしかしたなら、鼓動までもを止めていたのかも知れない。

 あの人の音楽は、聴く者全てにこれまでに感じたことのない感情を呼び起こす。俺は、生きていたいって感じた。特にこれまでの人生には不満もなかったが、この先の人生には不安があった。このまま年を重ねれば、つまらない大人になるんじゃないかって予感しかない。それでいいのかって考える毎日だったんだ。

 現実ってのいうは、そんことはどうでもよくて、ただ生きていればいいんだって感じたんだ。毎日を必死に、楽しく過ごすんだ。妥協なんていらない。そう感じた。

 ケンジや他のみんなも、それぞれに色んなことを感じていたようだ。詳しくは聴いていないが、五人の出した答えは一緒だった。

 バンドやろうぜ。

 その一言に尽きるんだ。ケンジが突然言い出したときはなにを馬鹿なことをと呆れたが、あの人の音楽を聴けば、なぜだかバンドが組みたくなるんだよ。たった一人でギターを弾きながら歌っているにも関わらずにな。

 ケンジは前日、俺以外にもバンドやろうぜの声をかけていた。あの人の曲を聴いた瞬間、五人での姿を想像したようだ。その想像は、俺もしている。ケイコもカナエも、ヨシオもしているんだ。

 お前たちならきっと、いいバンドになるだろうな。あの人がそう言ってくれた。

 あの人はその日、五曲の歌を歌ったけれど、二曲が以前からの持ち歌で、残りの三曲は半即興だった。なんとなくのイメージがあった曲を、その場で完成させた。天才っていうのは、あの人にこそ相応しい言葉だって思ったよ。

 俺たち七人は、箱型の建物の裏で円陣を組むようにしゃがんで話をした。聞き屋もあの人も、俺たちと対等な目線で会話をしてくれる。外の世界で生きて行くためには、年齢なんて関係がないことを知ったよ。学校やら家庭やらテレビやらで歳上を敬えなんて教えるのは、本人たちが対等な会話を恐れているからなんだ。上から目線でも、下から目線でも、本音をぶつけることはできない。上からの奴は大抵、俺にだけは下の連中も本音を言うなんて勘違いをし、下からの奴も本気で慕ってるんですよの嘘がバレていないと思っている。まぁ、この二組がコンビを組むことが現実では多いから、特に問題はないんだがな。学校の先生やテレビを見ているとよく分かる。世間には、つまらない人間が多すぎるってな。

 俺もきっと、あの人に出会えなかったら、そんな人間になっていたことだろう。あの人と聞き屋は、生まれて初めて対等な会話のできる人間だった。ケンジたちを含めた家族を除いてはな。小学生にもなれば同級生同士の間でも上下関係は生まれるんだ。早ければ保育園時代からもそんな態度を見せる奴はいるよな。俺たち五人にはそれがなかった。だからなんだよ。こういう関係になれたのは。

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