第91話 ゴブリンダンジョン(終)
「約束どおり、司のことを聞かせるのじゃ」
ボロボロになったドレス姿の唯は、ピンヒールに足を通した。
少し離れた場所には、殴り飛ばされて横になっているアスモデウスと、治療のために側まで来たランスロット。
試合終了と同時に、試合開始前の八割まで回復する賭試合。あえて、見える範囲は回復させずに消耗しているフリをしている。
それは、横になっているアスモデウスも同じ。
「アスモ、無事か? 水神の祝福!」
ただ、その事を知らないランスロットの心配する行動のおかげで、マモンや黒マントたちも、騙されている事に全く気付いていない。
唯が見上げる観客席には、興奮冷めやらず黒マント達に話しかけている桜と、頬づえをつき、足を組みながら見下ろしているマモン。
唯の声に気付いた桜もマモンに問いただす。
「そう言えば、お主には聞きたいことが山盛りぢゃった。取調戦隊ゼラニオン!」
桜は、取り出した魔道具をスタンドライトに見立て、その光をマモンの顔に向けた。まるで、刑事ドラマの取調室のようだ。
豊が出した食べ物がカツ丼に見えたきた。
「おまえがやったんだな?」
ダン! とテーブルをたたく桜
「はい。僕がやりました――」
組んだ足をしたに下ろし桜に向き直り、頭を垂れるマモン。ノリのいいやつだ。
「バカヤロー! 田舎のおふくろさんが、泣いているぞ!」
ダン!
「契約なので、仕方がなかったんです――」
何時まで続くんだろう――
黒マントたちはそう思いながらも、桜の事を『魔王にも臆さないすげぇ子供』と驚いていた。
――桜ちゃん! お願いですから、あまり調子にのらないでください。それと、少しは心配したらどうなんですか!
と桜のやり取りを、薄目で確認しているアスモデウス。
――さすが妾の娘! と思いながら、結界のせいで手を出せない状況にやきもきしながらも、娘に任せてみようと思った唯。
「まずは――司の居場所と、妾たちを襲った理由じゃ!」
ママ、任せといて! そんな感じで、唯にうなずく桜
「司はどこにいるんだ? 生きているのは――分かっているんだ!」
ダンダン! となりきっている桜巡査。
「つ、司君は――」
とノリのいいマモンは、司の居場所を簡単にゲロった。
場所はサラデインのすぐ近くで、一日もあれば往復できる場所。
当然すぐにでも飛び出したいだろうに――桜と目を合わせた唯は、続きを促すように頷く
「五百年前に、司たちを襲った目的はなんだ!」
ダーン! とひときわ大きくテーブルを叩いた。
だが――
「約束は果たしたからね、これ以上の事を教える気はないよ」
桜にスタンドライトを向けて、遊びは終わりなんだと、意思表示を見せるマモン。
「なんぢゃと?」
素に戻る桜
「それにしても――アスモデウスにはガッカリしたよ。まさか、ユリシーズ如きに負けるなんてね。ププ! まあ、ドングリの背比べ、どっちもどっち。
そうだ、君たちに選ばせてあげるよ。この場で死にたいのはどっちだい?」
薄目をしていたアスモデウスが、ピクッと反応をするが
「ほう――それは、妾にボコられたい――という事じゃな?」
任せておけ――と言わんばかりに唯が立候補をして、マモンを煽る。
「ふーん。今までどこにいたのか知らないけれど、その生意気な性格――変わらないねぇ。ボッコボコにして、ゴブリンキングの子供を産ませてあげるよ」
桜を抱きよせると、結界を消し去り唯の目の前にジャンプする。その後に、黒マントたちも続く。
「妾にふれるな!」
「君は人質なんだよ? おとなしくしてよ」
ジタバタと暴れ、マモンに肘鉄打や踵蹴りを繰り出す桜だったが、人質と言われると、猫を被ったようにおとなしくなった。
「ママ! 助けて」
と取って付けた言葉をそえて。
「ママ? この子は、君の子供なのかい?」
「今さら何を言っている。さっき『ママとアスモが試合』と言っていただろう?」
と黒マント一号
「そうか! だから、必死になっていたのか――面白い!」
「桜を返してもらおう」
「そうだね――ゲームをしようか」
と言いながら指をパチンと鳴らす。
すると観覧席の土台が消え去り、高さ二メートルの黒い十字架が現れた。
「あの黒い十字架が、ゲームの主役。そして――」
桜の姿が唯の目の前から消え去り、十字架にTの形で貼り付けられ、目を閉じて意識のない桜が現れた。これはマモンの瞬間移動の力だ。
「桜に何をする。関係ないじゃろう」
すぐさま助けに動こうとした唯
「ゲームって言ったよね? その結界に触れたら作動しちゃうよ?」
桜の姿に目をやると、首や肩など体の至る所に、指の先まで何百もの輪っかで固定されているのが見える。
「今から僕と戦って、君がダメージを受ける度に、あの輪っかがあの子を切断していきます」
「な、何じゃと――」
「そして――君たちは、勇者を捕まえて来て」
ふっと消え去る黒マントたち。
その姿が現れたのは、パトリックが作り出した城の壁の前
「アスモ!」
叫ぶ唯。
パチッと目を開けたアスモデウスに驚くランスロット
「ランスちゃん!」
その声がランスロットの耳に届くか、届かないかの間に、ランスロットを引っぱり黒マントたちの後を追うように飛び起きた
「暗黒魔術!」
「暗黒魔剣!」
黒マントたちの容赦ない先制攻撃が、城の壁の両方から襲いかかった。
ガン ズシュ キン! ミシ
城の壁は暗黒魔術を防いだが、暗黒魔剣に斬られてしまう。
内側に出している城の盾で、暗黒魔剣を何とか防いだがヒビが入っている。
「駄目ですか!」
「くっ、中までは届かなかったか、もう一度だ」
と口にする黒マントたち
「お兄様どうしよう」
とピュアスターを構えているのはパトリシア
「すぐに突撃門を開く。シアは、カリンを連れて逃げるんだ」
とすぐ横に突撃門を開くパトリック。
突撃門を開いているので、新たな城の壁や盾を使う事はできない!
「早く、次は耐えられない」
「うん。分かった、カリン行くよ」
ナーナを抱きかかえたカリンとパトリシアが、突撃門に入ろうとした瞬間
城の盾に暗黒魔剣が突き刺さった
そのわずかなスキマから黒マント二号は、瞬間移動で侵入してパトリシアたちの退路をふさいだ!
「逃がしませんよ!」
パトリシアたちの目の前に、暗黒魔術を放とうとする黒マント二号の手のひらが――と見せかけて、助けに飛び出したパトリックに向けられた。
「もらった! 暗黒魔術!」
「狙いは、私か!」
アスモデウスとランスロットは、城の盾に剣を突き刺している黒マント二号のすぐ後ろ、間に合わない!
「○○流四段 桜花、桜昇!」
ドン! バキ!
城の壁を内側から突き破り、飛んでいく黒マント二号と、剣を握ったまま天井へと舞い上がる黒マント一号。
突然の出来事で、誰も思考が追いつかなかった。
それは、黒マントたちを止めるべく駆けつけた、アスモデウスやランスロットも同じだった。
黒マントたちが飛んでいったと思った瞬間、後方から攻撃を受け突撃門に押し込まれた。その後、パトリシアとカリンは、何者かに優しく背中を押され、突撃門に入っていった。
「パトリック=クルシュナイン。門を閉じろ」
「えっ? は、はい」
言われた通り、突撃門を閉じたパトリック。
トン
そのままパトリックの意識は遠のいていった。
「おまえのおかげだ。ありがとう」
天井を見上げ呟いたその言葉が、パトリックに届いたのかは分からない。
*
その光景を背にしていた唯には見えていなかったが、マモンには何が起こったのか、ハッキリとではないが見えていた。
「ゴブキン! 超絶小鬼爆弾投下だ!」
粉々に吹き飛ばしてやる!
「今、何が起こったんだ? 女どもはどうした」
「早くしろ!」
「わ、分かった」
焦ったように、ゴブリンキングへ命令するマモン
「何をぶつくさ言うとる!」
桜を取り戻すべく、マモンへ攻撃を開始する唯。
「君と遊ぶつもりだったけど、状況が変わってねぇ」
と言いながら瞬間移動で攻撃をかわし、唯の背後から短剣で刺す
「ぐは!」
だが、地面に這いつくばっていたのはマモン。
「え? 何で僕が?」
目の前には、仁王立ちをして見下ろす唯。
「さっきから黙って聞いておれば、軽々しく妾の名を呼びおってからに――三千万年早いのじゃ!」
グシャっとマモンの左手を踏み潰した。
「ぎゃあ!」
――あれ? 何でだ? 何でこんな事になっている?
マモンは、事態が飲み込めずパニック状態
だが、唯は待ってくれない。
ピンヒールのつま先が、マモンの口を閉じるかのように飛びこんできて、振り抜かれた。
「がはっ」
這いつくばった状態のまま、クルクルと縦に回転しながら蹴り上げられたマモン。そのまま地面に叩きつけられた。
「うそだ! うそだ!」
全く唯の攻撃が見えない。
つい先ほどまで唯やアスモデウスの動きは見えていた。全く脅威に感じなかったのに――
唯は桜を守るように十字架の前に立ち、一歩も動かず天井へと視線を向けている。
ゴゴ! ゴゴゴ! ゴゴゴゴ!
天井から、百メートルはある巨大な物体が、出て来ていたのだ。
超絶小鬼爆弾だ!
「クックックッ、アーッハッハッ! ざあまみろ! 形勢逆転だ! 僕が解除しない限り、娘はそこから出られない。しかも、あれが爆発したら、その衝撃で仕掛が作動して全身チョンパだ!」
マモンは立ち上がり、唯を煽る
「少しは黙れ! ぬしをボコボコにして、桜を助ければよいだけの事じゃ」
「本条唯。少しは冷静になれ。その方法では、どちらか一方が死ぬ事になる。あなたも予想していると思うが――マモンは、時を操る。焦るな!」
突然、天井から声がした。
「誰じゃ!」
姿が見えなくても、間違いなく会話が成立するのだろう。そう理解している唯は、天井に向かって叫んだ。
「私の名はゼラゴールド。後片づけがあるので、少し待っていてほしい。それと、パトリック=クルシュナイン以外は、突撃門で脱出しているので心配しなくてもいい」
そう言われれば――とアスモデウスたちの姿が見えない事に気づいた唯。よほど頭に血が上って、周囲が見えていなかったようだ
「何でおまえが話せるんだよ! ゴブキンは――奪ったのか!」
「そう言う事だ。私の言いつけを守って手を出さずにいれば、このような事態にはならなかっただろう。
それにポイントを無駄にはしたくないだろう? おとなしくこの場を去れ、今回は見逃してやる」
「くっ!」
「と言うわけだ本条唯。少し訳ありで、今マモンを倒されると困る」
「勝手に決めるでない! 何が『と言うわけだ!』桜が囚われておるのじゃ。それに妾たちを襲った目的も聞いておらん!」
「桜の事は私に任せてほしい。今は、マモンを桜に近付けるほうが危険だ。そのまま守っていてくれ。それに聞きたいことがあれば、私も情報を持っているから教えよう」
すると、天井から少しずつ姿を見せていた超絶小鬼爆弾が、巻き戻しでもしているかのように、天井へと吸い込まれていった。
「それじゃあ僕たちは帰るよ。まあ、司君の居場所は本当だから再会をお楽しみに――ああ、そういえば陽二って知ってるかなあ? 会ったら、薬をありがとうって言っておいてよ」
そう言い残し、ダメージを回復させたマモンは、グロッキー状態の黒マントたちを黒い渦に入れると、同じく黒い渦の中に消えていった。
「薬? 何の事じゃ?」
その頃、要塞の側では、何のために残っていたのか謎となったゴブリン将軍の死体が地面に沈んでいた。
いっぽう地下十一階でも、ゼラニオンの前に姿を現すことも魔王に進化する事もなく、ゼラゴールドによってあっさりと殺されたゴブリンキングとコブリン将軍を含む全てのゴブリンの死体が地面に沈んでいた。
「よし、終わった。すぐにそちらへ行く」
エネルギーを十分に貯め込んだ『叡智の珠』を台座から取り外し、腕輪の収納スペースに入れる。
ゼラゴールドが到着すると、唯は、桜を守るように仁王立ちしながらイライラしていた。
「待たせたな。済まない」
「その前に、誰の許しを得て妾の名を呼んでおるのじゃ?」
「小さいことを言うな、それなら唯さんでいいか?」
金の全身スーツに身を包んだゼラゴールド。素肌が見える部分は一つもない。正直な所かっこ悪い。
身長はランスロットより少し高いだろうか、中肉中背でムキムキというわけでもない。
腕に着けている腕輪は、ゼラニオンの物とそっくりだ。声で男か女の判別は難しい。胸がないことから男性と推測できる。
そして、どこから拾ってきたのか小脇にパトリックを抱えていた。
――ゼラゴールド――妾が知らぬだけで、他にも仲間がおったのかもしれぬが――敵の可能性もある。
「まて、近づくな。変身を解いて正体を見せねば信用せぬ」
「それは困る。変身も何もこれが私の姿だ」
「ならば力ずくで正体を見てやるのじゃ」
「やれやれ……分かった試合で決めよう」
「試合? 笑わすな。お主も魔技が使えるとでもいうのか?」
「見てのお楽しみだ」
全く信用していない唯。
そもそも魔技を使えるのは、アスモデウスと弟子の三人と唯のみ。
「練習試合で良かったかな?」
拳を合わせて半信半疑で叫ぶ唯
「本条流弐段 唯!」
「○○流四段 ゼラゴールド」
○○流? 聞いた事もない。やはり騙す気じゃな……ならば
合わせた拳が光り練習試合が始まった! 光った時点で魔技の流派、という事に気が付いていない唯。初っ端から必殺技を出した。
「本条流弐段 紅蓮・魔神掌!」
「本条流三段 炎飛!」
唯の性格を理解しているかのようなゼラゴールド
正面でぶつかり合い、アスモデウスの時と同じくお互いの技がうそのように消え去ってしまう。その事に思わずにやけてしまう唯。
「からの……紅蓮・魔神掌逆手」
ぶつかり合った瞬間にわざと引いて、その押される力を利用して流し撃つ『紅蓮・魔神連掌』という技だ
「○○流四段 桜花!」
桜花:相手の攻撃を踏み込んでかわし、体当たりをする。八極拳の鉄山靠に似ている非常に威力の高い攻撃。
これだけでも一撃必殺技なのだが、あくまで連絡技の起点であり、さまざまな技(魔砲を纏わせた肘や掌で撃つ桜花肘や桜花掌)に派生する。
「な、なんじゃあ、その技は――」
「○○流奥義 桜花爛漫」
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唯が目を覚ますと、隣には十字架から解放された桜が寝ていてた。周囲を見回すと、少し離れた場所にゴブリンが集められていた。
「唯さん、先程は済まなかった。私はもう戻らなければならない。今は時間がない。詳しい話が聞きたければ、今晩……に来てほしい」
「……じゃと?」
「来れば分かる。では、アスモデウスが戻る前に私はここから去る。私の事は、唯さんだけの秘密にしていてくれ」
ガバッと唯にハグをすると、崩れた通路に穴を開けてそそくさと逃げていった。
「キャッ!?」
突然抱きつかれ、変な声を出してしまった唯。
「頭がこんがらがりそうじゃ……」
とりあえず、この後の事をどうするか決めなければならない。
気絶しているパトリックを起こした。




