第90話 頂上対決 唯 vs アスモデウス
「マモン。妾達の戦いを、特等席で見せてやってもいい――じゃが、桜にも観戦させるのが条件じゃ」
その言葉を簡単に了承したマモン。
「ちょっと待ってねー」
友達と話でもしているか、軽い口調のマモン。すると黒マントの二人がマモンの隣に現れた。
「マモン。暗黒魔術が効かない相手が居ました。勇者パトリックと名乗っていましたが――」
「俺の暗黒魔剣も、ランスロットってやつに止められた。どうなっているんだ?」
突然、両側に現れた二人に驚くそぶりも見せず、さも当たり前の様に話し出すマモン。
「勇者!? 久しぶりだねぇ――勇者に暗黒魔術が効かなかった? そんなはずはないけどなぁ――。単純に考えたら光と闇の関係、お互いに効果はバツグンなはず――あ、バツグンっていうのは、豊が何時もやってるゲームの話で――」
「勇者の攻撃を、暗黒魔術で吸い込もうとしたのですが――突き破られたのです」
豊やゲームの話なんてどうでもいい。早く質問に答えろ! そんな感じに話をぶった切る黒マント二号。
「何だよ……僕の眷族なんだから、もっと話を聞いてくれてもいいじゃない」
マモンは、少し考える仕草をみせた
「勇者補正の可能性も微レ存で、断言はできない。けど、吸い込めなかったのは『じゃんけんの法則』が発生して防げなかったのかも。つまり、あとだしは禁止ってことだね」
「じゃんけん? ふざけているのですか?」
「これが、マジメな話。光と闇、つまりバツグン同士がぶつかった場合、攻撃側が強くなる。矛盾は起こらず、盾は貫かれる!
まあ、相手よりも数段強ければ、その法則すら覆せるんだけどねー」
「なるほど……つまり、あの勇者の実力は高いと――常に先手、受けは禁物というわけですね」
自分の強さに、自信を持っている黒マント二号。自分よりも上だとは思わないが、パトリックの実力を侮れないと評価した。
「まあ、そんなところかなぁー」
話は終わっただろ? 次は俺の番だ。
と言わんばかりに、説明を終えたマモンの頭を、わしづかみにした黒マント一号。
グキッとマモンの首をひねり、自分の方を向かせた。
「君もひどくない? 下手すれば死んじゃうよ? 僕が死んだら君たちも、もれなく死ぬんだよ?」
マモンは、そう言いながら頭の手を振り払った
「それは済まない。掴みやすそうな位置にあったからな。で? なぜだ?」
「何が? うそうそ、その剣をしまって!」
普通の剣を無言で抜こうとしていた、黒マント一号。マントに隠れて見えないのに、その気配を敏感に感じ取ったマモン。
「それにしても――暗黒魔剣を止めちゃうなんて、あの子いいね。弱点も分かっているから簡単に仲間へ変えられるしね。ひと狩り、行っとく?」
またもや、マントの中で剣を抜こうと手にかけた、黒マント一号
「黒眼は俺の獲物だ。それに、女の仲間は裏切るからな、必要ない。早く教えろ」
「それには、僕も同意見ですね」
と黒マント二号。
二人の黒マントは、女性に裏切られた経験があるらしい。
「勇者って事はないからさぁ、単純に光属性でも持ってるのかな?」
カラクリは謎だが、暗黒魔剣の攻撃は普通の武器で止める事はできない。武器をすり抜け相手を斬り裂くのだ! ただし、あの黒い剣でしか使うことはできない。
「何時まで、待たせる気じゃ?」
しっかりと盗み聞きしていた、唯とアスモデウス。
というか、勝手にしゃべり出したのはマモン達なので、その言い方は人聞きが悪いだろう。情報収集は戦いの基本というが、こうも簡単に話されてしまうと聞く気もうせるというもの。
だが、暗黒魔術は真魔王レヴィアタン=メルビレイが、最も得意とした魔法。(レヴィアタンは暗黒魔法と言っていた)
その中でも『絶対的な防御』には、苦戦を強いられた苦い経験があり、魔王勇闘技を作る切欠となったのは昔の話。
「早くせい」
娘の姿を早く見せろ! という体を繕い、マモン達の話を聞いていた事を上手にごまかす唯。
「弱いナンチャラは、よく吠えるってね」
黒マント達が後ろに下がると、マモンは軽く唯を煽ってから指をぺチッと鳴らした。
「下手くそ。煽ってからのそれか!」とマモンの後ろからハスキーな声が聞こえた
鳴らさないと駄目なのか、もう一度、指パッチンに挑戦したマモン。
パチン
「やればできる子、元気な子」と後ろから少年の様な声が聞こえた
微妙な表情のマモン。
力のバランス関係が、微妙におかしい黒衣装トリオ。豊を含むと、カルテット。
するとマモンの右側に、だ円形の黒いモヤモヤとしたモノが現れ、『ビシッ』と気をつけをして、目を瞑っている赤い髪の女の子が、スウッと浮かび出て来た。
首筋にあった、切り傷はきれいになくなっている。
「桜!」
「桜ちゃん!」
二人を牽制するためなのか、浮かび出てくる桜の後ろと右側には、黒マントたちがスタンバイ。左側にはマモンが居るので、鉄壁のトライアングルゾーンに囲まれた桜を、救うために飛び出す事はできなかった。
「サラリーちゃん!」
マモンを押し退け、桜に誘われるかの様に入れ替わった豊。
誰が決めたのか、勝手にサラリー親衛隊長を自負する男。治の勇者でスマホ中毒者。
(ちなみに、親衛隊長の申し出はまだ)
「触れるな!」
パシ
気をつけをしている桜の手を握ろうと、前かがみに手を伸ばした豊の鼻っ柱に、パチッと目を開けた桜の裏拳が炸裂した。
「痛っ! くない?」
豊の顔の前には、厳つい男の手。
桜の後ろに居た黒マント一号が、ワンハンドキャッチで裏拳を防いだのだ。
「勝手な真似をするな。子供だろうと容赦はしない」
ハスキーな声で、ゴニョゴニョと言ったので聞き取りずらかった。
「滑舌が悪いのぉ。妾にぃ――触れるな!」
「駄目だよ、サラリーちゃん」
豊の制止する声を無視。
桜の手を掴むために屈んでいる黒マント一号の顎に向かって、右踵を蹴り上げた。だが、そんな攻撃は朝飯前! とばかりにあっけなくキャッチされてしまった。
「リリース!」
豊が、掴んだ桜の足を放すように、黒マントに命令するのと同時だった
「な、に、を、さらしとんじゃ!」
唯の声が、豊の声を掻き消した!
その声は音の刃となって、黒マント一号の体を貫いた! かと思えば、怒号は壁に当たり乱反射を繰り返して、ダンジョン内に轟き渡った。
至る所で壁や天井がパラパラと砂を落とし、その声は王城要塞の上で見守り、桜達の姿を見ていて、状況の説明役をしていたランスロットたちの元へも届いた。
パトリックにパトリシアは、胃が痛くなるような感覚に襲われるだけで済んだが、変身が解けてしまっている『一般ピーポー』のカリンは、その衝撃にビクッとして少しだけ決壊してしまったのであった。
*
「動くなー!」
唯の怒号もなんのその、助けに飛び出そうとする二人を、牽制する黒マント一号と二号。
そして、桜の前に素早く立ちふさがる様に移動した豊。その後ろには、ビクッとなってちょっと恥ずかしかった桜。
黒マント一号は桜の手を握ったまま、足だけ離して話しかける。
「小娘、おまえは人質だ! 下手な動きをしてみろ、こうだ!」
左手をグーにして、親指で首を斬る仕草を桜に見せつける。
「わ、妾は、人質なのかぁ!」
桜の反応がおかしかった。人質と言われて、声のトーンが上がったのだ。
「な、何が望みなのぢゃ?」
わくわくとしながら話す桜に、黒マント一号はぼそっと呟いた。
「見せ物が始まる。あそこに居る女たちの戦いだ。俺は見たい――だから、おとなしくしていろ」
望みと言われて、戦いが見たい。と素直に答えた黒マント一号
「最初は様子見でしたけど、アスモデウスがワナに引っかかってくれたので、出て来たのです。望みは――アスモデウスの排除じゃないですか?」
と、これまた素直に答える黒マント二号。
「なんぢゃと!? ママとアスモが試合をするのか――それは、妾も見たい。よし、人質の件、許可ぢゃ!」
許可もなにも既に人質なのだが、桜のペースで話は進んでいく。
「桜ちゃん――」
その会話は、唯とアスモデウスにも筒抜けだった。
取りあえず娘が無事で、いつも通りなのにほっとする唯。
二号が口走った『排除』の言葉に触れもせず、逃げられたかもしれないチャンスを棒にふり、自ら進んで人質になると言いだした桜に怒っているアスモデウス。
ダンジョンを無事に抜け出したとしても、桜には『鬼の百連発式お尻叩きの刑』が決定した瞬間だった。
*
「アスモ、賭試合でよいか?」
お互いが本気で戦えば、両方ともに無事では済まない。
本来ならば戦う必要はなく桜の姿も確認できているので、うまくスキを付いて救出すればよかったのだが、自ら人質になってしまった桜のせいで、難易度が跳ね上がってしまった。
「母様ー! アスモー! どちらも、がんばれー!」
と、二人を応援する声を出す当の本人は、浜辺に置いてありそうなデッキチェアの上に足を伸ばして座り、サイドテーブルの果実ジュースを飲みながら何かを摘まんでいた。
テーブルを挟んで反対側には、同じ様な姿のマモン。
桜の左側には黒マント一号、後ろには黒マント二号がシークレットサービスのように立っている。
デッキチェアや果実ジュースは、スキルで豊に出させた物。
現在は、用済みとばかりに退場を命じられ、ショックを受けているスキにマモンが入れ替わって出てきた。
そして、この観戦席をマモンが作り上げた強固な土台で五メートル程底上げして、簡単に進入できないように結界まで作られてしまった。
「こうなっては仕方がなかろう。賭試合でよいな?」
⚫賭試合
練習や立会試合など、数ある試合形式の一つ。
お互いに一級分の熟練度を賭けて戦う。
身体的な強さが同条件になる様にハンデが付けられ、魔力を使う事は許されない。
勝敗は、降参かそれに準じたダメージ量で自動的に判断され、それと同時に受けたダメージは、試合開始前の八割まで回復する。
また、お互いの同意と半級分の制裁減値で、破棄試合にする事も可能。
「あとの事も、ちゃんと考えているのですね――」
桜たちが見おろす十メートル程の位置。
唯とアスモデウスは、お互いに向き合い、片方の拳を合わせる。
「どちらが上か、魔技を極めるためにも重要な事じゃ」
「そうですね」
お互いの目を交差させたまま叫ぶ
「「桜! ランスちゃん!」」
しっかりと見て技を盗め、とでも言わんばかりに
「「魔王勇闘技、賭試合!」」
「本条流弐段 本条、唯」
「立花流弐段 アスモデウス」
合わせた拳が光り、二人を中心として一辺十メートル、正方形の大地が一瞬で真っ白のシーツを広げたような、ゴミ一つない場所に変わり、それと同時に、ふっと光が赤色に変わり消えた。
試合開始の合図だ。
歩みよるお互の距離は、四十センチ。足を肩幅に広げると、唐突に始まった。顎を狙った突きの応酬
突いて捌いて突いて受けて突いて捌いて………………
受けて突いて捌いて突いて受けて突いて………………
目まぐるしく入れ替わる攻守。まだ、どちらの突きも当たってはいない
「もっと近くで見たい……」
既に状況説明役も警戒もほっぽり出して、観戦モードに入っているランスロットの口から、そんな言葉が思わず漏れ出てしまった。
「ランスロット殿。ここは私に任せて、行ってください」
とランスロットの背中を押し出した。
「城の壁!」
ナーナを介抱しているパトリシアとカリン諸共、パトリックたちを包み隠し、さらに城の盾を使って内部を補強する
その城の壁に向かって
「済まない、ありがとう」
と口ずさみ、ランスロットは、より観戦できる場所へ走った。
その頃、広場の奥にある要塞の後ろでは、ゴブリン将軍の指示で、救助した仲間たち総勢千五百を超える大所帯を、ゴブリン将軍に任せて地下十一階へと避難させていた。
残るのはゴブリン将軍のみ。
実は、ジェームスが発明した数々の功績を横取りして、序列一位にのし上がったゴブリン将軍。ある意味強者だ。
そんな彼がなぜ? 一人で残っているのかは本人に聞かなければわからないだろう。
*
その場立から突きの応酬で、互いの技量を再確認。体が温まって来たところで状況が動き出した。
拳を引くと三歩距離を取るのはアスモデウス、左足前の半身に構える。と同時に唯も距離を取り、右足を前に半身で構える。
先に動いたのは唯
瞬時にアスモデウスに到達すると、上段刻み突きからの左逆突きの二連打。
その刻み突きを左に払い、逆突きを右手で受け止めると同時に、払った左手で唯の目を突き刺すアスモデウス
払われた右手で目突きの左手を押し止め、左腕を引きながら左膝と押し止めた右手でアスモデウスの右手首を挟みつぶす
すぐに左手をひねりながら引き、挟みつぶされるのを防ぎつつ、唯の顎にひねりを加えた右掌打を伸ばすが、その手のひらに唯の左突きが激突する。
バチーン! と音が鳴り、距離を取る二人。
「おー」「速い――」「フェイントいくつ?」
と口々に出す観戦席。
「まあまあだね。でも、その程度じゃあねぇー」
と二人を二重の意味で、見おろしながら呟くマモン。
「七ぢゃ」
と桜は、固唾に混ざった物を飲み込みながら呟く。いつの間にか前のめりになっていて、その下には噛んでいた物が落ちていた。
「十だよ」
今の攻防で二人が入れたフェイントの数。
動き出す前から始まっていた視線や、わずかな体重移動など、大正解のマモン。
「俺は八」「僕も八」
「おっと、妾としたことが、数え間違いをしておった。九ぢゃ」
負けてたまるかー! サバをよんで、虚勢をはった桜ちゃん。ちなみに、ランスロットは七つ分かった。
*
桜とランスロットに見せるかの様に、唯とアスモデウスの戦いは基本と応用の混合技、そして初段までの魔技へとバリエーションが増えていく。
アスモデウスは、風車蹴を紙一重でかわされると、断頭に切り替え首を狙うが、逆に背中を取られて垂直落下で投げられる。それを逆立ちの要領で手を突き、回避する。
風車蹴:下段から上段を、回転しながらランダムで八回蹴り込む
断頭:風車蹴の派生。首を膝の後ろで挟み、回転してねじ切る
垂直落下:投げっぱなしバックドロッブ
白熱する技の応酬に興奮して、応援する桜とランスロット。その傍らでは、冷や汗を背中に感じている黒マントたち
傍目から観戦しているので、どの様な技か確認できるが、実際に目の前で対処するのは、無理だと理解している。
だが、マモンだけは余裕の態度を崩さない。
応援を耳にした二人は、傍目でも体の残像しか見えない速度域までスピードを上げた。骨と骨がぶつかり合う鈍い音と踏み込む振動、決着の時は近い。
「立花流弐段 地獄闇雷光拳!」
突撃する姿勢で、黒い雷を拳に纏ったアスモデウス
「本条流弐段 紅蓮・魔神掌!」
半身で腰を落とし、受ける姿勢で深紅のオーラを放つ唯、腰の捻りで必殺技を放つ
アスモデウスと唯の必殺技が、ま正面から激突! 威力は互角で相殺! お互いの黒い雷と深紅のオーラが、嘘のように消え去ってしまう。
その時、誰もが感じた! まるで、写真のように止まって見えると――
「からの……」
全力で突っ込んだアスモデウス、それを受けて後ろ足に力をためていた唯。
勝者は余力を残していた方だ
バネが圧迫されて解放された時のように、その力は右拳に送られた!
「本条流弐段 紅蓮・魔神昇!」
腰の位置から、アスモデウスの顎めがけて放った、少し不格好なアッパーカット気味の掌打
それがこの試合、最後の攻撃となった。




