第87話 ゴブリンダンジョン4
唯はゴブリン将軍が投げ渡した筒を回収すると、念のためゴブリンたちが逃げ出した場所を見に行った。
そこそこ急な坂になっていて、その一番下にゴブリン将軍を含めたゴブリンナイトたちが、身を寄せ合い座っていた。
「まあ、刃向かって来ないのであれば、捨て置いてもよいじゃろう」
現在唯が立っている場所は、もともとゴブリン将軍二体が王城要塞を攻撃していた場所で、小高い丘のてっぺん。
そこから周囲を見渡すと、王城要塞の近くで唯と同じく赤い髪の女の子が、危なげなく戦っている姿が見える。ふとゴブリンナイトが集まっていた休憩場から視線を感じた唯。
そちらに目を向けると、全身に黒いマントを身につけた人っぽい者が、仁王立ちしてこちらを見ていた。
唯と同じくらいの身長で、黒いマスクで顔を隠している
「何者じゃ!」
声をかけるが返答はなし。
唯は軽くジャンプをして、その人物の元へと舞い降りた。
「この様な場所にどこから現れたのじゃ?」
と聞いたのと同時だった。
その人物は、持っていた瓶を地面に投げつけた。
バリン! と割れた瓶から液体が地面に飛び散り、たちまち白い煙が霧の様に唯を包み込んだ。
「何をするのじゃ!」
捕まえようと手を伸ばす唯。
だが、黒マントは唯の手をすり抜け白い霧の中に消えてしまった。
「転移?」
白い霧が晴れていくと、唯の周囲は真っ暗な闇に包まれているのに、自分の姿だけは鮮明に見える空間に居た。
「なんじゃこれは?」
罠に嵌まってしまった事に気が付いた唯は、静かに周囲を見回した。
*
ゴブリンナイトの技量に合わせ、死神鎌を振り回すアスモデウス。はたから見るといい勝負をしているように見えるだろう。
だが実際は違う。じりじりとゴブリンナイトの数は半分近くにまで減っていた。その戦いを、離れた場所から観察していた黒いマントの男。
「すげぇなぁ。あれは、相手にしちゃダメな生き物だ。ぱっと見だといい勝負をしていて勝てそうな気もするが、俺は騙されないぜ!」
ゴブリンナイトのいいところを上手く引き出し『倒せる』と思わせる戦い方をするアスモデウスを、その様に分析した黒マント。実際、アスモデウスの情報がなかったら、この黒マントも勘違いをして戦いを挑んでいたかもしれない。
「さっさと終わらすか。幸い俺には目もくれないしな」
黒マントは、あらかじめ地面に仕掛けてあった物を発動させる
アスモデウスを含むゴブリンナイトたちが、真っ暗な空間に包まれたのはそのすぐ後の出来事だった。
*
ホームランを量産して、ホームラン王をほぼ手中に収めたランスロットと少林寺のようにゴブリンを棒打し続けていた桜が気付いた時には遅かった。
唯とアスモデウスが居たであろう場所は、黒い半球の結界に包まれていた。
「アスモ!」
「ママ!」
もしもこの場所が真っ暗闇だったとしたら、結界の存在に気付く事はできなかっただろう。ドームの様な黒い半球。別の空間と錯覚するほどの、五十メートルにも及ぶ闇。
その闇の全てが結界のようで、中に入る事はできない。
「これは……? いったい何ぢゃ」
結界を、バンバンと手で叩きながら感触を確かめる桜。
「桜、これは何だ? アスモと通信ができない。そっちにも同じ物が見えるが――もしかして、唯さんも閉じ込められてしまったのか?」
ランスロットから、その様な内容の通信が届いた。
話の内容から、反対側に見える同じ様な結界の中にも、唯と同じくアスモデウスが閉じ込められている事が分かった。
念のため破壊を試みた。予想通り桜やランスロットの攻撃では、キズひとつ着ける事もできず、全くと言っていいほど通用しなかった。
「ランス。アスモと母様なら自分で何とかしてくれると思う。――取りあえず、王城要塞で合流ぢゃ」
唯とアスモデウスを捕らえる程の結界。ゴブリンの仕業にしては高度すぎる。
唯とアスモデウスの二人が、何くわぬ顔であっさりと結界を破壊して出て来る期待を胸に、まずは未知の攻撃に備えて王城要塞へ戻る事を決めた。
その時、アスモデウスを閉じ込めている結界の後ろでは、アスモデウスの放った煉獄灼熱が、エネルギーとしてダンジョンに吸収されていた。
実は、ダンジョン内で使った魔法や死んでしまった魔物やゴミなどは、ダンジョンに吸収されてエネルギーになる。
つまり、魔法を吸い込む力を極限まで高めれば『魔法を使えないダンジョン』も作れるという事だ。
桜とランスロットが、お互いに王城要塞へ向かってゴブリンを避けて駆け出した時、天井から無数の何かが落ちてきた。
ヒューン ヒューン ヒューン
とゴブリンの頭ほどの物体。というかゴブリンの頭部だった! その頭部が地面に激突すると『バーン』と爆発した。
範囲は半径二メートルと小規模だが、範囲内にいたゴブリンがバラバラに吹っ飛ばされているのを見ると、威力は高そうだ。
ゴブリンが爆発に巻き込まれても関係ないみたいで、次から次と無差別に天井から落ちてくる。まるで空襲の様だ。
この攻撃の名前は小鬼爆弾。これも魔物の一種だが、魔石は持っていない。
生まれたと思ったら、すぐに爆発して生涯を終える。ある意味、かわいそうな魔物だ。
だが、爆発した小鬼爆弾と巻き込まれて死んだゴブリンは、すぐにダンジョンへと吸収されて新たなエネルギーになる。
そして、少しのエネルギーロスで新たな小鬼爆弾が生まれるのだ。
「こっちに逃げろ!」
「こっちだ! 早く中に逃げ込め!」
壁際と正面にある要塞の周囲には、小鬼爆弾は落ちてこないみたいだ。要塞の上にいるゴブリン将軍のカク、それに壁際に居るゴブリンたちは、仲間を助けるため大声で叫びながら呼びかけていた。
*
そして王城要塞の上空にも、無数の影が迫っていた。
「全員、速やかに撤退するんだ! 王様も早く撤退を」
ライブスは、王様に有無を言わせぬ迫力で兵士に指示を出し、出撃門への撤退をさせていた。
ドゴーン! ドゴーン!
と王城要塞に降り注ぐ小鬼爆弾。
無数の爆発で、王城要塞全体に激しい振動が起こり、内部ではパラパラと壁が剥がれ、ヒビが入っている。
王城要塞が破壊されるのも、時間の問題だ。
だが、皆が撤退するくらいの時間稼ぎならばできる。
「落壁!」
「水塊の大攻撃!」
「嵐の防壁!」
「ナーナ!」
頭上に降り注ぐ小鬼爆弾を、空中で迎撃するパトリックや嵐の防壁で守るパトリシア。
王城要塞は大きいだけに、全てを守ることはできない。
「父上、ライブス、早く撤退を!」
「とおー」「はっ!」
そこに桜とランスロットも駆けつけ、援護を始める。
「乙女指弾!」
桜の使った乙女指弾で、空中に爆発の花が咲き乱れる。
「風の壁!」
パトリシアの側に立ち、嵐の防壁の手助けをするランスロット。その間に王様や王国兵士たちの撤退が完了して、残りはライブスだけ
「パトリック様。撤退を完了しました」
「分かった。ライブスも早く撤退をしてくれ。シアとカリン。二人とも撤退してくれ。門を閉じる」
「私は残るわ!」
「シアも残るよ!」
「ナーナ!」
「駄目だ、危険すぎる。王宮へ戻るんだ」
三人とも戻る気はないらしい。
言い合いをしていては仕方がない、と感じたパトリックは出撃門を閉じて、王城要塞を解除。
解除しても、パトリックが消さなければ王城要塞はそのまま残る。
「城の壁! 桜殿、ランスロット殿!」
パトリックの作戦をすぐに理解した桜達。
王城要塞の上から城の壁で作った通路は、正面の要塞に向かって伸びている。この中を走り抜けて、要塞に辿り着こうと考えているのだ。
「ランスが先頭、シアとカリン、ナーナはランスのあとに続くのぢゃ!」
と桜が指示を出したその時、今まで降り注いでいた小鬼爆弾がピタッと落ちてこなくなった。
「終わりなのか?」
と呟くランスロット
爆発の音が止み、土煙が去ったダンジョン内には、負傷したゴブリンのうめき声が響いていた。
大地の至る場所が穴ボコになっていて、バラバラになった無残なゴブリンが散乱していた。
難を逃れた壁際や要塞の上に居るゴブリンたちも、その光景には、さすがに唖然としている。
唯とアスモデウスが閉じ込められている結界には、何の被害もなかったらしく、その姿は依然として残っている。
桜は通信を試みるが――やはり応答はない。
「あれはいったい……何が目的なのぢゃ?」
城の壁で作った要塞へと伸びている通路の前で、立ち尽くす桜。
唯たちが閉じ込められている結界、というか、それを形作っている闇を見た事がないので見当も付かないということだ。
「二人とも無事か?」
通路のすぐ入った所にいる、カリンとパトリシアを気づかうパトリック。その隣には、見えていないがナーナの姿もある。
「大丈夫です」
「大丈夫だよ」
一方、要塞の上でのやり取り
「ゴブキン様。なぜ、この様な事を――同胞が巻き添えになったではありませんか!」
今の小鬼爆弾は、ゴブリンキングが行った攻撃のようだ。要塞の上でゴブリン将軍が天井に向かって叫んでいる
「気にするな。そいつらの代わりは、いくらでも生み出せる」
「しかし――」
納得のいかないカク。意外と仲間思いらしい
*
「酷いねぇ。仲間まで巻き添えにするなんて」
不意に桜の背後から、かけられた言葉
「!? 誰ぢゃ――」
トンと、首の後ろを襲う衝撃で、気絶させられた桜。
ちょうど城の壁で作った通路に入るように指示した後の出来事だったので、桜はみんなの後ろにいた。その背後を何者かに襲われた
「おまえたち、何者だ!」
気付いたランスロットも乙女大剣を構えて身構えたが、時すでに遅し
「動くな!」
「離しなさいよ!」
「離して!」
気絶させられた桜の首筋に、短剣を当てて顔をフードで隠した黒いローブの人物。
その隣には、黒マントで全身を隠した真っ黒のマスクを付けた人物が二人。そして、その二人に捕まっているパトリシアとカリン。
暴れるカリンとパトリシアの腕をねじり上げる。
「痛い……」
「ナーナ!」
パトリシアの腕がねじり上げられるのを見たナーナは、反射的に飛び出した。精霊の加護がないと姿を認識する事ができないナーナなら、相手に気付かれることなく攻撃が可能!
が、ナーナのファイヤーテイルは、見えているのか、黒マントの片手であっさりと止められた
ドス
尻尾を捕まれ、中ぶらりん状態のナーナに蹴りを一発。ナーナは、ランスロットの胸元へと吹っ飛ばされた。
「ナーナ、大丈夫か」
「ナーナ……」
そう呟き、気を失ってしまった。
誰一人として桜たちに気づかれる事なく近づき、あまつさえ桜は気絶させられ、カリンとパトリシアまで捕まってしまい、助けに飛び出したナーナも蹴り一発で倒されてしまった。
相当な実力者だ!
迂闊に手を出せば、助ける事もできずに、あっさりと返り討ちまである。
その事に気づいたランスロットとパトリック。注意深く、黒ローブたちのスキをうかがう
「やあ、君。元気にしてた?」
顔見知りなのか、ランスロットへと声をかけてきた真ん中の黒ローブ。その声質と話し方から男性、それも成人まえの少年と予想した。
少年は、不気味な雰囲気を纏っている。フードの中は暗く顔を確認することはできないが、口元だけはなぜか見える。身長は百六十センチほどで、線が細く力が強いようには見えない。
だが、あの桜を一撃で気絶させた人物。纏っている雰囲気もそうだが、ただ者の訳がない。
「私を知っているのか? 初対面。だと思うのだが?」
「へぇ――なかった事になっているんだね」
少年は、初対面だと言われても全く気にしている様子はない。
右の、パトリシアを捕まえている人物は、小柄で線も細い。こちらも異様な雰囲気に包まれていている。男女の判断は難しい。
左の、カリンを捕まえている人物は、身長百八十センチ以上で、マントの上からでも相当鍛えているのがわかる。見えている腕の筋肉もたくましく、掴んでいるカリンの腕など握り潰してしまいそうだ。
こちらも異様な雰囲気に包まれているが、それと同時に屈強な戦士の装いを感じる。
「おまえらは、何者だ?」
このポジションで、味方と考えるのは難しいだろう。
「僕らは名乗るほどの者ではないけど――特別だよ? 右の彼は黒マント一号、左の彼が黒マント二号。僕は――黒ローブ貴公子でどうだい?」
パチンと指をならして、手のひらを『どうぞ』って感じでランスロットへと向ける
「なるほど。私にも名乗れと言うのだな?」
「いや、知ってるから。君はランスロットでしょ」
じゃあ今の指パッチンと手の仕草は何だったのだ? と考えてしまったランスロット
「私の名は、パトリック=クルシュナイン」
そういう事か……
納得したランスロット。
*
「黒ローブ貴公子殿、仲間を解放してもらえないだろうか?」
「いいよー」
自己紹介を終えたパトリックがお願いしてみると、あっさりと了承してくれた黒ローブ。
「ザーボンさん。ドドリアさん。彼女たちを離してあげなさい」
ザーボン? ドドリア?
コクッと頷く、黒マント一号と二号
とてとてと走り、パトリックの横へ走るカリンとパトリシア。
「桜殿も、解放してもらえないか?」
「桜も離せ!」
「桜ちゃんもかえして!」
黒ローブの手の中で、気絶している赤い髪の女の子を返せと要求するランスロットたち
「タダでは返せないよ――そうだ、ゲームをしようよ!」
黒ローブの提案で、桜をかけたゲームが始まろうとしていた。
*
「ルールは、至って簡単。そこの赤と緑の女の子が、黒マントと勝負して勝てば返してあげるよ」
「勝手に決めるな!」
――このまま、相手が決めたルールで進むのはまずい
と判断したランスロットは、こちらのペースにするべく口を挟むが
「ふーん――この子がどうなっても、いいのかな?」
すうっと短剣を横に滑らせる黒ローブ。桜の首筋に浅い傷がつけられ、うっすらと赤い液体がにじみ出る。
ペースを掴むことはできなさそうだ
「桜ちゃんに酷い事をしないで! カリン、戦うよ!」
「当然だわ!」
二人の可憐ウィッチは、ランスロットを制するように前に出て来た。
「二人の代わりに私、では駄目ですか?」
とパトリックが提案するが、当然のごとく却下された。
「大丈夫、ハンデをあげるよ。こちらからは攻撃を一切しない。一度でも彼らに攻撃を当てれば、女の子の勝ちでいいよ。君たちもそれでいいよね?」
コクッと頷く黒マントたち。すごい自信だ。
だが、相手が攻撃してこないのならば、最低でもカリンやパトリシアに被害が及ぶことはない。しかし、それで勝敗はどの様に付ければいいのか?
「制限時間を設けよう、十分ね」
「短いのではないか? 最低でも三十分は必要だろう」
ここで好条件を引き出すためにも、引き下がるわけにはいかない。
「だって、あまりにも長いと僕が暇でしょ? うん、こうしよう。こっちは一メートルの円の中から出ないよ、出てしまった場合も女の子の勝ちにしよう」
黒マントに相談もせず、勝手にルールを追加する黒ローブ。よほど二人を信用しているのか、それともカリンとパトリシアを舐めているのか
しかし、これなら望みがあるのではないか?
ランスロットは、カリンとパトリシアを見る。
二人は力強く頷いた。
「決まりだね。じゃあキング、場所を作ってよ」
その言葉を聞いた黒マントたちは、王宮要塞の両サイドに別れ、ゴブリンの死体や瓦礫の上に飛び降りた。
二人を中心に、五十メートル内の残骸がみるみるうちに地面へ吸い込まれていくと、瞬く間にきれいな土のリングができ上がった。
「キングだと? おまえたち……ゴブリンの味方か!」
それ以外に何があるのか。
まさかランスロットは、第三勢力とでも思っていたのだろうか
「いまさら? まあ、協力者だよ」




