第83話 人魚たちのいる風景
屋敷に戻って来た桜と陽二。
玄関の前では、今か今かとランスロットが待ちわびていた。
――人魚たちが、仮眠棟に飛び込む少し前。
そう、あれは屋敷での注意事項(陽二に過剰なスキンシップの禁止など)を話し終わったあとの事。
『なんじゃと? 川に置き去りにした!?』
と叫ぶヴァイオレット。
仮眠棟を取り出して待っている桜。
ドアを開き、人魚たちを飛び込ませるため、整列をさせていた陽二。
川の中から顔を出して、待っている人魚たち。
その全員の耳にヴァイオレットの声が届いた。
「どうしたの?」
と、飛び込む順番が最後なので、少し離れた場所に座っていたヴァイオレットの元へ心配になったので近づくと、その目の前の川の中には、元気のない人魚。
「大丈夫? 顔色がよくないけど――」
「あ、陽ちん――」
と元気のない人魚
(ヴァイオレットに次ぐ年長者、マゼンタ姉さん。見た目は大人の色気を持つ、優しそうなタレ目のマダム。仲間をとても大事に思っている)
陽二が注意事項を説明しているときから、どこか態度がおかしかった。不審に思ったヴァイオレットは、マゼンタ姉さんを連れだし話を聞いていたのだ。
「陽ちん殿、実は――」
ランスロットが仲間の人魚にいじわるをするので、怒ったマゼンタ姉さん。反対側の下流に連れていき、置いてきた。
との説明を受けた。
その『仲間はずれ』を実行したマゼンタ姉さん。罪の意識に耐えきれなくなり、顔色が悪くなっていたのだ。
「陽ちん、ごめんなさい。私、探してくる」
「よい。その程度、妾(のイタズラ)に比べれば、些細なものぢゃ」
と、後からついてきた桜の言葉。
――仲間はずれが些細なことって――桜、おまえって本当に容赦ないな……
「ぢゃから気にするな。ランスはその程度の事、気にも止めん。今頃、屋敷の前で何事もなかったかのように待っておるぢゃろう」
「そう、なの?」
桜は知らない。ランスロットは、少なからず涙していたことに――だが、桜に訓練されて度重なる試練をくぐり抜けたランスロット、立ち直りの高さは常人の七倍! (当社比)
――そんな出来事があった。
「待たせたのぢゃ」
桜は、外玄関を入った所にある空き地に仮眠棟を取り出して、あとの事を陽二に任せると、すたすたと噴水の前に歩いていった。
陽二は、部屋のドアを開けて、到着した事を人魚に伝える。
「着いたよ」
「面倒かけて、済まんけぇ」
と、マゼンタ姉さんをお姫さま抱っこしたまま、出てくるヴァイオレット。
「陽ちん殿、あとは頼むけぇ」
ランスロットの姿を確認すると、マゼンタ姉さんを抱っこしたまま、玄関に向かって歩いて行った。
――あとは頼むけぇ。
その言葉の意味が分からない陽二ではない。マゼンタ姉さんを抱っこして、ランスロットのもとへ向かう――謝罪だ。
と任された陽二の耳に
「陽ちん、運んでぇ!」
と部屋の中から、自分で動くのが億劫なのか甘えた声がする。
と、玄関の方からも声が聞こえた。
「姉さま達なの!」
到着の知らせを受けたパールが、玄関先で大きな声をあげ手を振っていた。
見た目は、水族館でショーを披露するオットセイ。
水中で優雅に泳ぐ人魚の姿を想像していたから、ギャップがひどすぎて目も当てられない。近くで見ているときはかわいいと思えるのだが、遠目で見ると残念無念!
部屋の中をのぞくと、順番待ちをしているオットセイ――じゃなくて人魚たち。
「なんで、もっと近くに置かなかったんだよ――」
と愚痴をもらす陽二。
仮眠棟を置くためのスペースがないからである。
「陽ちん早くぅ! なんならここで(ペロペロ)始めちゃう~?」
待ちきれない人魚たち、いろいろな意味で。
「みなさん、よく聞いてください。先程も説明しましたが、このお屋敷には、怖い魔王様が住んでいます。ペロペロはダメです。見つかったら半殺しで外に放り出されますからね!」
注意事項として、唯の事を説明したのだ。下手なことをすると鉄拳制裁および、人魚の丸焼きまであるので注意するようにと。
「だ・か・らぁ。ここで(ペロペロ)しちゃえばいいじゃない!」
あお向けになり、プルンプルンとあふれる果実を爆発させてエロい目つきと舌なめずり、待ちきれなく男を誘う団地妻? の様だ。
「お、おおう」
ゴクリと生唾を飲み込む陽二。
なんという事でしょう!
貝殻をゆっくりと外す人魚。頰は赤く熱を帯び、金の鱗はどこから出て来たのかしっとりと濡れて、キラキラと光っている。
果実の先端からは汗だろうか、一滴の水が豊満な果実を伝い流れ落ちる。
その姿に他の人魚たちもスイッチが入ってしまったのか、各々貝殻を外すと、陽二に誘いの目配せを送りながら、果実の先端をパックンちょ! ぺろりんちょ!
「いや~ん」
その姿にくぎ付けになってしまった陽二。
なんとか息子に行く血液の流れを抑えるために、先程見た、グリンズリーのバラバラになった姿を思い出す。
「ちゃんと聞いてください! みなさんを運んでくれた桜は、監視をする魔法を使います。僕たちの姿は、常に見られていると思って行動してください、100%バレます」
「見られているの? いやん。興奮する!」
なんという事でしょう! 脅しのつもりが、逆に人魚たちに火を付けてしまった。
これは、まずい!
ヴァイオレットを見ると、既に玄関へと到着していた。桜は土の塊を出して、なにやら作業をしている。
ランスは? ランスはどこだ? いた!
ヴァイオレットの姿に隠れて見えなかったが、なにやら言い合いをしている。
謝罪をしたのか?
――――――
「ランスロット殿、ワシの仲間が申し訳ないことをした」
「ごめんなさい」
「ふっあの程度、痛くも痒くもない。それに、私は泳ぎも得意だ。おまえたちがくる前に、海まで泳いで陽二へのお土産を買ってくるほどにな!」
泳ぎでも人魚になど負けない! と言いたいらしい
ピュー、ピュー
「漁の網に絡まって沈んじゃえ!」
とマゼンタ姉さん
「やめろ! せっかく着替えたのに」
「いいぞ、もっとやれ」
――これ、やめんか
それを見ていたパール
「姉さま、本音と建前が逆なの!」
――――――
その間にも、陽二との距離をズルズルと詰めてきている人魚たち。
エロいけど怖い! もう、はいよるゾンビにしか見えない。
走って逃げてもいいが――
この場を、おさめる決意をした陽二。
「黄金指圧」
黄金指のピンポイント攻撃で、人魚たちのポッチを的確に、素早く攻撃! ぷにっと押してくるっと回転させ最後にピン。
「きゃ~ん!」「いやん」「あ~ん」
山びこのように連続する絶頂の声。人魚は全員ふにゃふにゃになり軽く痙攣をしている
「また、つまらぬ物を斬ってしまったか――」
ビクンビクンと、なんともいえない顔の人魚の目を閉じて、ポッチが見えない様に貝殻を被せると、お姫さま抱っこをして運び出した。
玄関の前で、楽しそうに話していたヴァイオレットとランスロットにも声をかけて手伝ってもらう。
人魚はあと五人だ。
人魚の体は腰から下、魚の部分が上半身の二倍近く長い。
少し濡れている人魚たちの鱗。
今のパールの鱗は乾いているが、本来は常に濡れていて、細菌や寄生虫が侵入するのを防いでくれる。
人魚の鱗はとても防御力が高く、人魚姫のパールはその数倍も高い。
パールにふにゃふにゃになった人魚の介抱をお願いして、次の人魚を迎えに、ランスロットとヴァイオレットを引き連れ仮眠棟へと戻る。
「お姉さま達――ペロペロの匂いがするの」
くんくんと、姉さま人魚の匂いを嗅いでいるパール。
聞かなかったことにしよう。
するとヴァイオレットが耳元でささやく
「陽ちん殿、ずるいけぇ。ワシにも慰みを分けてくれんかのぉ」
モジモジしているヴァイオレット
「な、なにを言ってんの? 陽ちん今日、耳は日曜!」
「意味がわからんけぇ――」
その間に、すっと割り込んでくるランスロット
「なにを話しているのだ? あまり陽二に近付くな」
*
その頃、桜は、何をしていたかというと
本部から持ってきたゼラガイオーの胴体部分(予備、複数ある)を上手にくり抜いて、噴水を取り囲むようにプールを作っていた。
噴水から出る水と吸い込む力を調節して、浄化する流れと深さを作り出すと完成したようだ。
屋敷と並ぶように作られたプール。
縦十メートル、横二十メートル、高さは二階の窓と同じくらいの高さがある。
ちょうど、陽二が借りている部屋の窓を開ければ、目の前にはプールの最上部。
そこに肘を付いて、窓越しに話もできるように考えてある。
やるな桜!
陽二は、ついでに精霊の泉で採取した水を混ぜてみた。特に意味はない。
人魚にとっては狭いかもしれないが、そこは我慢してもらうしかない。
人魚たちをプールに運び入れていると、パトリックの元に出かけると言って、唯が出て行った。
その時、陽二と人魚たちに大きな大きな、それは山かと思うほどのクギを刺していった。
「陽二、分かっておるじゃろうな? さっきのは見逃してやるが――次はない。うぬらもじゃ! またよからぬ事をしでかしてみぃ。すまきにして森の中に放置じゃ!」
しっかりとバレていた。陽二も人魚たちも顔面蒼白。ガクブルもんだ。メロン事件の首謀者は、言葉の重みが違う。
「ワ、ワシはまだ慰みを――」
ヴァイオレットの口から、ボワーっとしたナニカが出ていた。
「妾もちと、サラデインに用があるのぢゃ。魔法! 妾は面白ければ、陽二がどうなろうと、知らん。面白いものを頼むのぢゃ!」
「むちゃぶりすんなよ――仲間だろ?」
そんな陽二を無視して、思い出したようにプールからのぞいていた人魚たちに向かって叫ぶ桜
「プールの中で、用を足してはならぬのぢゃ。帰って来てから別に作る、それまで我慢ぢゃ」
まさかの排泄禁止プレイ!?
そう言った桜に、プールの縁から顔を出したパールが口を開く
「桜ちん知らないの? 人魚は、大も小もしないの」
「ウソだろ?」
パールの『昭和アイドル宣言!』に、思わず見上げて聞き返す陽二。
「奇遇ぢゃな、妾もぢゃ!」
とパールに向かって胸を張っている。
「ウソつけや!」
陽二は、胸を張っている桜にツッコんだ。
*
「アスモさん。どこなんですか?」
「もう少しですよ」
先を歩くアスモデウスと話をしながら、田んぼの横道を歩く陽二。
陽二の隣には、手をつないで歩くヴァイオレット。
口から魂が抜け出て、どこかへ旅立とうとしていた。そこで、心配になり手を掴んで声をかけると、たちまち元気になった。
それ以降、手を離してくれない。
まあ、いいけど。
道を挟んで、田んぼの反対側には幅二メートルほどの川が流れている。水深は一メートルもない。
清らかな水は、豊かな生態系を育んでいるのだろう。さまざまな大きさの魚やきれいな緑色の水草が目にうつる。
その川を泳いで付いてきているのが、パールを含む人魚たち。時には魚を捕まえ、時には飛び跳ねて陽二の気を惹こうとしていたが、現在はランスロットと遊んでいる。
「おまえら、うるさい。おとなしく屋敷で待っていろ! ヴァイオレット、おまえもいい加減に手を離せ!」
その言葉が引き金となり、陽二の後方では水が飛び交っている。
実に楽しそうだ。やめさせるのは、野暮ってもんだ。
「ここです」
着いた場所は、ため池の水を田んぼへと引き入れるための灌漑と呼ばれる所。
水草が詰まり灌水が滞っていたので見に来たのだ。早朝、桜が田んぼへと水を注ぐ入り口を開けていたらしい。
つまり、サクラノヒカリの田植えが近いということだ。水路を掃除すると、どんどんと田んぼに水が入っていく。それを見届けると、アスモさんは、ため池へと供給する水門を少し開けていた。
「今から撹拌します。泥が跳ねて汚れるかもしれませんから、離れていてください」
と腕輪で汚れてもいい格好に着替えたアスモさん。といっても、いつも通りのメイド服。
きっと、なにかが違うのだろう――
暇な時間を見つけては、少しずつ進めてきた桜とアスモさん。最近はいろいろと忙しかったらしく、例年より遅れているらしい。
「私も手伝うぞ」
こちらはジャージ姿の裸足ランスロット。
「パールたちも、お手伝いするの!」
なにをやるのか良く分かってもいないが、川からため池、水路を通って田んぼに入ってきたパールたち。
体には水草がたくさんついている。水路の掃除には、一役かったようだ。
「ヴァイオレットは行かないの?」
「まだ、慰みの、途中――じゃけぇ」
という事らしいので、畦にヴァイオレットと腰掛けて見学を――と思ったら、ひょいと膝の上に乗せられて、後から手を回される陽二。
「おい、唯さんが大魔神になるぞ。すまきにされたいのか?」
「もうちょっとじゃけぇ。先っぽだけ、先っぽだけじゃけぇ」
「なにを言ってるの? それより手、離れたよね?」
「やってしもうたけぇ!!」
頭を抱えて、後ろにのけ反る様な格好で叫ぶヴァイオレット。
プルンプルンだ――
「ま、まあ。あと少しだけね」
ちょっと不憫に思い(プルンは関係ない)そのまま見学をする事にした。
「陽ちん殿!」
がまん限界! 抱き付いてくるヴァイオレット
「はい、手を回さないでねぇ。ダメですよ? お客さん。ボディタッチは禁止です。壁に耳あり、そこら辺に目あり」
軽く、きゅっとヴァイオレットの手の甲をつまむ。
「はう~ん!」
といって、ヴァイオレットは後ろに倒れて気を失ってしまった。
また、つまらぬ物を斬ってしまったのか――すげぇなぁ黄金指
ヴァイオレットの見た目はいいんだけど――つい最近まで、ベローンとしたロールババアだったんだよなぁ
と思いながら、ヴァイオレットの上からおりて、上半身を隠すようにタオルをかけておく。
目に毒だ。思わず、手が伸びては困るのだ。
田んぼに目を向ける。
この田んぼは、相当広い。なにせ、屋敷の前からずっーと続いているからだ。おそるべきは、おそらく一枚の田んぼということ、もう㎢の世界、滅茶苦茶だ!
「うぉぉぉぉぉお!」
ランスが、田んぼに剣をぶっ刺して泥を巻き上げながら走っている。
「すげぇな」
考えてみると、田んぼの中は膝くらいまである新雪の中を、走っているのと同じ様なものだ――知らんけど。
その両側では、人魚たちが泥の中を泳ぎ(?)ランスの方に泥を飛ばしている。真面目に撹拌をしている人魚も見受けられる
ランスは、見えなくなるまで走って行って、しばらくすると場所を変えて戻ってくる。
全員が泥だらけで、ものすごい笑顔。実に楽しそうだ。
アスモさんの姿は、ここにはない。
先程少しだけ見かけたのだが、魔法を使って田んぼに渦をたくさん作って、なんかこう――グリングリンと広範囲の泥を撹拌している姿を目撃した。
おそらく今は、遠くの方で撹拌をしているのだろう。
「バァ!」
目の前に突然、泥人形が現れた! と思ったら泥だらけのパール。
「陽ちんも、遊ぶの!」
パールに田んぼへと引きずり込まれて泥まみれ、立とうとすると
バタン、顔面ダイブ
「良い腕をお持ちですな、なの!」
と訳の分からないことを言いながら、飛び込んできた。
*
たくさんの大きな石を並べて、網を乗せた即席のかまど。網の上には、きれいに捌かれた魚やグリンズリーのお肉を刺した串。
ランスの発案により、ため池の側でバーベキューをする事になった。アスモさんはまだ帰ってきていないので、調理を担当しているのはスーパー女子力、ランスロット。
見事な包丁捌きは、人魚たちを怯え立たせ、見事な焼き魚や串焼きは、人魚たちを虜にしている。
「魚、食うんだな――」
てっきり、魚類は食べないと思っていたので驚いた。
*
ランスロットは獅子奮迅の勢いで大活躍。次々と人魚たちのおなかを満たしていった。
妊娠何カ月? と思うほど膨れあがったおなかを『ごっつぁんでーす』とため池にプカプカと浮かびながら、パチンパチンとしている人魚たち。
「ランちん、マジ最高!」
「お、おいしいです!」
パールやマゼンタ姉さんを筆頭に、最上級のお褒め言葉をランスロットに送っていた。
ちなみに
炭や包丁、その他諸々を箪笥の中から持って来た。そのついで、ではないけど、ランスお手製の串焼きやたくさんの料理をもらって、レヴィにも届けてある。
その、料理を食べたレヴィアタン
パクッと一口。
カラン、カラーン
レヴィは、手に持っていたスプーンを落としてしまった。
「よ、陽二。これ、うまし。レヴィ感激! シェフを、シェフを呼んで! 直接、お礼が言いたい!」
どこの一流レストランだよ――そんな出来事が、あったりなかったり
「本当に料理が上手だよな、腕も味も」
グリンズリーの肉をほおばりながら、ランスロットを褒める。グリンズリーの肉は若干クセがある。しかし、そのクセを良い方向に伸ばす調理。
歯応えがあるのに柔らかい、噛むほどにあふれ出る甘い肉汁と独特の味が絡み合い、見事な協奏曲を奏でまくりスキー
「ふふん、そうだろう。毎日食べさせてやるぞ。むしろ毎日、私のおみそ汁を飲んでくれ!」
「逆プロポーズ!?」
陽二の隣には、ボチボチ限界のヴァイオレットと『まだまだコレからだぜ!』のパール。
ランスロットの言葉に頷き邪魔や否定をしない。
「そうなの。ランちんは、食事係に決定なの」
「そうじゃけぇ、給仕メイドにピッタリじゃ。仕方ないけぇ末席にランちんを迎えるとするけぇ」
人魚たちに、ランスロットが認められた瞬間だった――違う意味で
「誰が、食事係のメイドで末席だ!」
と吠えるランスロット。だが、少しだけうれしそうだ。
「ランちん、大物ゲットだぜ!」
どっかの〇ケモンでもゲットしたような言い方に
なぬ? と振り向く陽二。
そこには、一番最初におなかがいっぱいになり、腹ごなしに川へ泳ぎに行った一番若い人魚が、なにやら大きな魚を捕まえてきた。
「そ、それは、あかんやつや! 食べちゃダメ!」
見覚えのあるフォルムに倍率ドン! それはダンジョンナマズだった。
魔王の娘さんが、それはそれは大事に育てている高級素材のお魚さんよ? この階に住んでいる生き物は、むやみに捕まえちゃダメ! 悪いことは言わないから逃がしておいで
と諭す。
案外素直に『は~い』と言って連れて行ったので、拍子抜をけした陽二。
そこへ、撹拌作業を終えたアスモデウスが帰ってきた。
まったくといっていいほど、どこにも泥が付いていないし、足元もきれい。
「もしかして――ランスちゃんが料理を?」
少し驚いた感じのアスモデウス
「ああそうだ。アスモの分もちゃんとあるぞ、食べてくれ」
「そうですか――仕方ありませんね、いただきます」
「?」
少しだけ雰囲気の違うアスモデウス。落ち込んでる様な気が、しないでもない。
ヴァイオレットはおなかがいっぱいになったらしく、その場に寝転び、パールはまだ食べていた。
ランスロットはどこで取って来たのか、柑橘類と思わしき果物を絞った串焼きを乗せた皿を、アスモデウスに渡した。
アスモデウスは、みんなに背を向け川の縁に座った。
どうしたのだろか? なにか心配事でもあるのだろうか?
気になった陽二は、皿に料理をのせアスモデウスの隣に座る。
「アスモさん、どうかしたんですか?」
「いえ――料理だけは、ランスちゃんに敵わないんですよね」
「アスモさんの料理も絶品ですよ? パールもおいしいって食べてたじゃないですか」
なにを気にしているのだろうか? 料理のおいしさは一つではない。同じ料理一つでも各家庭、人それぞれで味付けから材料までなにもかもが違うのに――
「ランスちゃんの料理を食べてしまったら、今度からお屋敷で出す料理のハードルが上がってしまいます」
串焼きを口に入れ、噛み締める様に言葉を紡いだアスモデウス。
陽二は意外だった。
あのアスモデウスが、なんでもできて完璧超人か? と疑うほどの人が、あのランスロットの料理に嫉妬しているのだ。
「意外です。アスモさんでも、他人に嫉妬をするんですね」
「あたりまえじゃないですか。桜ちゃんにも唯にも、そして陽二君にも嫉妬している部分はありますよ?」
「ええ? マジですか、ちなみにどこに?」
「秘密です」
そのまま話も途切れてしまったので、練習ダンジョンでボコボコにやられて逃げ帰ってきた事の報告と、センダイで活躍する青紫軍のイノゾミラの事を聞いてみた。
「地下五階は、ちょっと意地悪でしたね。
仲間と連携して進めば、案外簡単にクリアできると思うのですけど――ヒントをあげます。
地下五階の魔物は、一歩を踏みださなければ決して襲ってきません。次の階に転移した時も同じです。そして、一番最初の赤いスイッチは、複数あるルートの一つにすぎません。
本当の正解は、一回で一番下まで転移できるのです。ただし、そこでの戦闘は熾烈を極めるでしょう。
探索者の事は、地下五階をクリアできたらお教えしようと思っていたのです。
イノゾミラさん――確かセナドゥースの領主さんの娘さんですね。
センダイに行っていたのですか――そういえば、もう少しでソラマンから出ている結界路に、つながるはずですね」
アスモデウスが話しているのは、センダイにいる探索者たちの目的、仕事の話。
はるか遠くにあるセンダイから、結界路を伸ばしてソラマンに結合させるのが、センダイに住む探索者たちの目的。
長年、幅にして約百五十メートルの結界路を延々と伸ばし続けて来た。結界路を設置して結界路内の魔物を駆逐、大木を斬り倒し岩をどけて道を作る。
少しずつ繰り返した、陣取りゲーム。その終わりが、すぐそこまで来ている。
「結界路がつながったら、次は私たちの番です。陽二君にも手伝ってもらいますよ? 次は、隣の町と町をつなげて一気に結界部分を広げます。
そのためにも『魔技強化合宿』に参加してくださいね。その合宿が終わる頃には、地下五階をクリアできるだけの実力もつくでしょうし」
陽二の『魔技強化合宿』参加が、いや応なしに決定された。




