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第82話 人魚の遡上(そじょう)

 


 お風呂から出た陽二は、パールとランスロットの三人で話をしていた。


 その少し前に、お風呂を沸かしてくれたアスモデウスに『いいお湯でした。ありがとうございました!』とお礼を伝えていた。

 この一言、よその家でお風呂をいただいた時にお礼として伝えると、絶大な効果を発揮する。


 陽二は、それを狙った訳ではないが――


「パールは、陽ちんの事を知りたいの!」


「私も聞きたいぞ!」


 と二人からの要望で自分の話をする事になったのだが、いざ、自分の話となると、なかなか思い浮かばない。


「難しいなぁ。質問形式に変えない?」


 パールは用意されたマットに寝そべり、立て肘を付いて陽二の顔を眺めている。


 普段、どの様な格好で人魚たちが眠っているのかは分からないが、今夜は、そのマットの上で就寝するらしい。

 そのパールと目の高さを合わせるため、陽二とランスロットは正面の床に直接、腰を下ろして座っている。


「陽ちん。質問たーいむ、なの!」


「質問は私と交代、交代だぞ!?」


 好きな食べ物から始まり、好きな色、髪形、目の大きさや性格など、タイプに関する事をあらかた質問された。その度に『パールは――』とか『私は――』と話をつなげてくる二人。


 桜と唯は、その話をテーブルに座り邪魔をするわけでもなく、ただ静かに聞いていた。


 *


 さすがに疲れてしまったのだろう、いつの間にやら眠りに落ちてしまったパール。おしゃべりは自然とお開きになった。


 お風呂に向かう桜と唯を見送り、陽二も部屋に戻って眠りに就いた。そのあと、眠り姫に優しく布団をかけていたのは、ランスロットだった。


 部屋に戻って眠った陽二。その数分後には、セナドゥースに箪笥(たんす)の中に呼ばれ、魔法の練習をしていた。


 実は陽二、遊んでいる様に見えて、時間や闇影などの熟練度を上げる事を怠ってはいなかった。


 初めは戸惑いもしたが、大した目的もなく『どうせ元の世界に戻ったって――』そんな気持ちもあって『この世界で気ままに暮らすか――』そんな風に考えていた陽二。


 だが、ひょんな事からゼラニオンに引き込まれ、いい経験をさせてもらっている。正直、出来過ぎと思える程の環境だ。


 目的もできた。


 一つ目の目的は、セナドゥースを(けが)れから解放する事。二つ目は五つのダンジョンを攻略して、レヴィアタンの分裂した体を集める事


 そのためには、力が必要


 幸いな事にアスモデウスから魔技を教わり、その元となるステータスの改造も施してもらった。

 そして、戦いかたを教われる人材も桜やランスロットを始め、陽二の周囲にはたくさんいる。

 特に、スマホを介して戦闘の助言や話し相手をしてくれるあーしさんは、強力な味方の一人。

 その他にも、二つの人格がいる事もわかっている。話をしたことはないが、その内、話す機会もあるだろう。


「まずは、セナの穢れを冥土の彼方(かなた)までぶっ飛ばしたるけん!」


 魔法の練習をしながら叫ぶ陽二。セナドゥースの姿を見ると、なぜかやる気が湧いてくる。


 冒険の書にクエストを受けたから、なのかもしれない。


 口約束をするよりも書類にサインをした方が、形だけとはいえ責任感に似た何かが生じる。そんな感じかもしれない。


「陽二、がんばる!」


 言葉だけを聞くと、レヴィアタン自身が頑張る事を宣言しているようにも聞こえるが、これは陽二を応援してくれているのだ。


「ありがとう。レヴィから教わった黒水も忘れちゃいないぜ!」


 いまだによく分からない魔法だが、黒水とは『粘度のある黒い水の、水属性魔法』らしい。黒い水をだしたり、それを飛ばしたりできる。

 だがそれだけで、他者にダメージを与えるほどの威力はない。

 この魔法も、鍛えて強くしないと駄目なのだろう。


 その証拠に、漆黒の魔物(穢れソルジャー)から助けてくれた時に使っていたレヴィの黒水は、漆黒の魔物を貫きダメージを与えていた。


 *


 今回は、スマホを忘れずに持って来ている。

 ゼラブラックに変身して、漆黒の魔物を呼び出す。


 弱体化(デチューン)を解除、全体強化(フルチューン)を使って戦う。ここで、もう一つ法則が判明した。


 魔技を使って身体能力を強化(・・・・・・・)しても、出てくる漆黒の魔物の強さは変わらない。


 スマホで魔物の強さを測定すると、150~200のランクD。


 相手が一体ならば、ランクDの魔物でもスマホの助言ありきになるが、なんとか戦える。

(ゼラニオンに変身した陽二の、測定結果は90)


 もし危なくなっても、部屋に逃げ込めば姿を見失うみたいで、襲ってくる事もない。


 イノゾミラに教わった剣術と魔技を組み合わせ、ここだけの必殺技『見えない攻撃(インビジブルアタック)』を連発して、十体もの漆黒の魔物を倒す事ができた。


 *


 さすがに疲れてきたので、漆黒の魔物退治は終了。無理は禁物。できる範囲でコツコツと倒せばいいのだ。


 時間を確認すると〇時過ぎ。眠った時間は覚えていないが、呼んだ当初から時間(スキル)を使ってくれていたのだろう。


 部屋の外に置いてあるテーブルの隣に座っている陽二、その膝のうえには手遊びをしているレヴィアタン。テーブルの上には、野菜に立て掛けられているスマートフォンがある。

 部屋の窓も開けてあるので、セナドゥースの声も届く。


 変身を解いて、あーしさんと反省会を開いているのだ。今後の戦闘方針などを議論する場でもある。

 それが終わると、待っていたレヴィに料理をお願いされたので、レヴィ草入り卵焼きと野菜炒めに挑戦する。


 近くには、陽二の作ったかまどがある。


 人参やピーマン、玉ねぎなどを一口サイズに切って軽く炒める。中身の種や皮は、穴を掘ってその中へ放り込む。


 ふと思った。これは、ガンネの材料になるのでは?


 野菜を一度皿に取り出して、適当な大きさに切ったキャベツと肉を炒める。ある程度火が通ったら、取り出した野菜を加える。


 すると、ファイヤー! 


「おー! 陽二、燃えてる」


 燃えているのは、陽二なのかフライパンの中なのか


「ふっ、レヴィさんよぉ。これはフランベと呼ばれる料理の技!」


 もちろん違う。ただ油に火が着いただけ。


 皿に盛り付け、両手に小さいスコップ(移植ゴテ)とお箸を持って座っているレヴィの前に差し出す。


 さあ、実食! 


 あえてスコップにはツッコまない。むしろレヴィがノリツッコミするのか、見てみたい。


 だが、


「このお野菜、にがい――毒だぁ!」


 と、ピーマンをスコップで上手に皿の端っこによけている。


 スコップの使い方が、ものすごく上手だ――。これは、日頃からスコップで食べているのでは? このままでは立派なレディにはなれないぞ!

(レヴィ草を掘り起こしたり、遊びに使っている)


 それと、ピーマンは栄養が豊富でおいしい野菜だ! 断じて毒ではない


 テーブルマナーなど知らないが、スコップに一応ツッコンでから、ピーマンの素晴らしさを教えてあげた。


 *


 箪笥の中で、そのまま眠ってしまった陽二、アスモデウスに起こされて目を覚ませば、屋敷の部屋の中。箪笥の中で眠っていても、外から起こしてもらえるようだ。


 ジャージに着替えて、薄暗い外に出る。準備運動をしながらメンバーが集まるのを待つ。


 そう言えば――箪笥の中に入ってる時って眠っているように見えるんだなぁ


 とアスモデウスに起こしてもらった場面を思い出す。


「おはよう。陽二」


 黄色いジャージ姿のランスロットが出て来た。


「おはよう、ランス」


 続々とメンバーも集まりだし、ランニングからの朝練が始まった。


*


 朝練も終わり、食堂に人が集まり出すと、そこで寝ていたパールも物音に気付き目を覚ます。


「陽ちん、みなさん。おはようなの」


「おはようパール、よく眠れた?」


 一応、パールの部屋も用意してあったのだが、部屋間の移動が大変! との理由で、パールは食堂で寝起きをする事になった。

 アスモさんが『私がお連れしますよ?』と言っていたが、パールには断られた。その代わりにマットを持って来たのだ。


 たぶん、パールは気を使っているのだろう。


 食堂に居座られると邪魔になる? 


 そんな事を思う者は、誰一人としてここにはいない。


 みんなで朝食を食べていると、桜の腕輪に本部から緊急の連絡が入った。


『姫、ヴァイオレットさんという飛人魚(セイレーン)から、面会の申し出が――』


 桜は詳しい話を聞く。


 昨夜、ヴァイオレットと名乗る美しい飛人魚(セイレーン)が、協会に依頼をしに訪れた。


 当然ながら、初めて飛人魚を見た人たちは驚いていたが、背が高く美しい容姿、特に胸の貝殻に男性陣はメロメロ。


 職員が代表して話を聞くと、人魚と一緒にセナドゥースの河口から()と陽二に会うため遡上(そじょう)してきた。


 依頼というのは、遡上の途中で討伐した魔物を川岸に積み上げてあるので、その買取と回収。その代金で、桜に連絡と面会をするための手配だ。


 夜遅くという事もあり、買い取り作業は明朝になった。


 明るくなり始めてから、協会に雇われた運び屋たちが川岸に向かうと――結界路の外(・・・・・)に山積みのグリンズリー。


 これには、さすがに協会の職員や運び屋も驚きを隠せなかった。


 グリンズリーとは、魚や小動物、魔物を狩って群れで暮らす、変わった習性を持つ熊みたいな外見の魔物。


 生息地は、さらに上流の湖に隣接した森。人族にとっては相当、珍しく貴重な魔物だ。


 全身をうす緑の体毛で覆われていて、体長は二~四メートル。(まれ)に、スノームの近くにも獲物を探しにやって来る事がある。誤って結界路に進入して、絶命している個体が数年に一度入荷する事がある。


 知られていないが、一匹だと凶暴ではないが、群れで狩りをするときは、かなり凶暴だ。それに鋭い爪と強靭(きょうじん)な力、人の頭など軽く噛み砕く顎の力は脅威。


 結界路によって破壊されているので、魔石が得られた事は一度もないが、グリンズリーの体は棄てる部位がない、と言われる貴重な素材の塊。なので、魔石にも特別な効果があるのでは? とまことしやかに言われていた。


 グリンズリーの体は、神の両手と比喩される部位を筆頭に、ほとんどの部位は高価な薬の材料に、毛皮は防御力もあり防具にもおしゃれな服にも使える一級品。肉もわずかな臭味が逆にアクセント! 高級食材。


 そんなグリンズリーが、結界路の外に頭を撃ち抜かれた状態で三十体は積まれていた。結界路の外という事は、体のどこかに魔石が残っている可能性も高い。


 おそらく人魚たちは、遡上(そじょう)しすぎてグリンズリーの生息地に進入、襲われたのだろう。


 しかし、このまま結界路の中に運び込むと、魔石は破壊されてしまう。そのため、協会の職員は魔王のダンジョンに住む者に連絡を入れた。

 その連絡はヴァイオレットの依頼内容とともに、本部で働く技術者たちに伝わり、桜につながるホットラインで連絡を取った。


「あの人魚ども、川を上って来おったのぢゃ」


 桜は、連絡の内容を全員に伝える


「さすがは巨乳(バカ)ども、よからぬ事を考えておった様じゃが――乗り込んで来るとは、のお」


 唯のツボに入ったらしい、楽しそうに笑っている


「姉さま達――パールの事が、そんなに心配なの!」


 パールは、追ってきてくれたヴァイオレットたちの行動に感動している。ただし、ご飯を食べる手の動きは止まらない。


「人魚さん達がいらっしゃったのですか?」


 とアスモデウス。

 だが少しだけ迷惑そうだ。明日はダンジョンに攻め込む日で、忙しいのだろう。


「こんなのが増えるのか?」


 とパールに指を差すランスロット


 あ、屋敷に連れてくるのは前提なんだ。と陽二は思った。


「魔石を回収がてら、ちと行ってくるのぢゃ」


 その声を聞いて、あたり前の様に準備をするランスロット。


 魔石は、仲間の腕輪(ゼラブレスレット)に入れてしまえば、結界路を通ったとしても破壊される事はない。


「俺も一緒に行ってもいいか?」


 川もそうだけど、グリンズリーを見てみたい陽二


「パールも、一緒に行くの!」


 陽二も行くと聞いたからなのか、はたまた姉さま達を迎えに行きたいのか


 だが、そのお願いは、当然聞き入れられない。邪魔になるだけだから――


 *


 三人は、魔王のダンジョンから派遣された調査員、という名目で川岸までやって来た。桜だけは正体がバレないように変装戦士ゼラニオン(ヒーロータイム)


 桜は、町の人たちからも姫と呼ばれていて、なるべく無口な姫キャラを貫いている。話し方でバレるからだ。それが面倒なので正体はふせる。


 川には橋がかけられている。


 この橋自体が、結界路の発生装置になっていて、川から魔物が流入してくるのを防いでいる。グリンズリーの死体は、川を挟んだ向こう岸、結界路の外に積まれていた。


 この川はスノームの町に流れ込んでいて、また結界路の外に出てソラマンの町を経由、セナドゥースの海へと流れ込んでいる。


 ちなみに、王都の近くを流れる川とは別物。あの川は、スノームとシノフィールのちょうど中間地点にある湖から流れてきている。その水は水田やため池に利用され、地中の水路を通って海に流れている。


 *


 向こう岸ではヴァイオレットたちの見守る中、解体職人の手によって魔石が取り出されていた。

 取り出したグリンズリーの死体は川に投げ入れ、橋をくぐり抜けた結界路の中で、人魚の手を借り引っ張り上げて回収されている。


 川岸には、たくさんの人が集り活気がすごい。


 珍しく高級な素材ということもあり、それを手に入れようと、多くの人が集まってきているのだ。


 川幅は、そこそこ広く十メートルはありそう。何体かは水の中に漬けられたまま放置されている。なにかの処理をしているのだろうか?

 川岸には、解体済みの部位がたくさん並んでいる。きれいに剥ぎ取られた大きな毛皮に、内蔵と思わしき部分に頭部、そして血液まで集められていた。


 全て貴重な素材らしい。


 なかには小型のオオカミみたいな魔物も混ざっている。グリンズリーの死体を狙って近付いてきた魔物を、ヴァイオレットたちが倒して回収しているのだ。


 よく見ると、遠巻きに魔物が集まっていて、虎視眈々と狙っているのが分かる。


 ヴァイオレットたちは、相当強いのだろう。

 その魔物に目を光らせている。むやみに近付いてしまえば、素材の仲間入りだ。


 そんな中、グリンズリーの魔石を探している解体職人は、生きた心地がせず、ハラハラしながら作業をしているのだろう。

 魔石のある場所は千差万別、素材を痛めず探しだすのは、腕の見せ所。


 そんな光景を見ながら、桜のあとに続き橋を渡りきると、そこは結界路の外。あっさりと外に出てしまったが、普通の人はまず近寄らない。


 川岸に下りて、ヴァイオレットの元に近付く。


「おーい!」


「陽ちん殿!」


「陽ち~ん!」


 今まで陽二たちに気づいていなかったのは、『ろばたの石ころ(ヒーロータイム)』の力


 ヴァイオレットは陽二に気づいて声を上げる、川の中の人魚たちも陽二に気付いて、声を上げて飛び跳ねる。


「うおぉぉぉ! ヤバイ!」


 揺れる果実!


 人魚の姿を見に来ていた人たちは大歓声! キラキラと朝日に光る水面(みなも)と黄金の鱗が、幻想的な風景を作り出す。


 職員や女性を含む全員が、見とれてしまうのも無理はないだろう。


「久しぶりヴァイオレット、会いに行けなくてごめんね」


「なにを言うけぇ、泉より帰ってきたのはつい先日。ここに来てくれただけでも、ドキがムネムネじゃけぇ」


 と陽二に抱き着こうと近付くのを邪魔するように、ランスロットは間に立ちふさがる


「それ以上、近づくな! 陽二は私のだ!」


 見上げる様な形になるランスロット。ヴァイオレットは二メートルを超える長身なのだ


「おぬしは誰じゃけぇ? 陽ちん殿はパールと結婚して、ワシらの人魚王となられるお方。一人に縛られる方ではないけぇ」


「私の名はランスロット。陽二の愛する唯一無二の女!」


「離れて、あっち行って! 水鉄砲!」


 川の中にいた人魚たちは川岸に集まり、ランスロットに攻撃を開始した。


 ピューピュー


 ランスロットの顔に水がかけられるが、当たった水は、不思議と跳ねたりしない。なので桜や陽二に被害はない


 水鉄砲

 人魚が遊びで掛け合う時に使う技。本気で使うと岩をも砕く威力を持つ。


 ピクッと、水も滴るランスロットが動きだそうとすると


「止めるのぢゃ!」


「止めろ!」


 桜と陽二で止めに入る。


「ん? こんな危ない場所に子供がいたら危ないけぇ」


 ヴァイオレットは、桜だと気付いていない。


「変装しておる、(わらわ)ぢゃ。騒がしくすると屋敷に招待はせんぞ?」


 驚くヴァイオレット


「屋敷の主人様けぇ、見ないうちに変わられて――パールがお世話になってるけぇ」


「ランスロットは(わらわ)の仲間。話は屋敷に戻ってからぢゃ。さっさと済ませて帰るの――ってやめんか!」


 後ろから陽二に羽交い締めをされて、ちょっと喜んでいるランスロット。そこへピューピューと水を飛ばして攻撃している人魚の姿があった。


 桜は、魔石の場所をすばやく特定して、さっさと回収する


 驚く解体職人から魔石を受け取ると


「言うことを聞かぬ者は、屋敷には招かん!」


 と人魚たちに指示を出し、グリンズリーを次々と川に投げ入れた。職人が混ざっていたような気がしたが――


 桜の指示を受けた人魚たちは下流に待ち構え、次々とグリンズリーに縄をかけては、集まっている人たちに縄を手渡す。

 一気に作業効率がアップした!


 川に投げ込まれた職人さんも、無事に川岸へたどり着いたようだ


「熊の素材でなにが作れるんだ?」


 人魚の仕事を見ている桜に聞いてみる


「毛皮は防具や服となんにでも使える。手や肝に心臓は、万能薬の素材。その他の部位も混ぜるだけで上位の薬になる」


「すごいんだな」


 超びっくりな高級素材だ。


「ちなみに、ダンジョンナマズはさらに倍率ドンぢゃ」


「マジか!」


「マジぢゃ! 他にもボッキンミミズ。ここらでは、あそこにしか生息しておらん希少種」


 少しうれしそうに胸をはる桜。ずいぶん苦労して集めたのだろう。


「すげぇよ、その素材を使い放題とか――桜マジ天使!」


「ぢゃろ? ワーハッハッハ! ワーハッハッハ! ワーハッハッハ! ゲホッ」


 久しぶりに聞いた、桜のワーハッハッハ!


 *


 陽二たちは、結界路内にある反対側の川岸に戻ってきた。

 協会の職員たちが、グリンズリーの査定をしているので待っているのだ。


 陽二と桜は、査定をする職員を観察。

 ランスロットは、川岸のヴァイオレットと川の中の人魚の狭間で、口論を繰り広げている。


 下手に刺激をせず、事態の推移を静観することにした陽二と桜。人魚たちには、あまり騒ぐと屋敷に――と忠告してあるので、ほっといても大丈夫だろう。


 協会の人に聞こえないように、桜に耳打ちをする。


「あのグリンズリーって、高くで買い取ってもらえるのかな?」


「一体で、金貨一枚は余裕ぢゃろうな」


 末端価格になると、金貨百枚は下らない。

 調合に使う量はごくわずかなので、この金額にふくらむのだ。


 ランスロットと言い合いをしていたヴァイオレットの耳にも聞こえたらしい。


「陽ちん殿も欲しい素材があるのけぇ? それなら十体ほど持っていけばいいけぇ」


 ヴァイオレットは、ものすごい事を言い出した。

 聞こえていたのか、振り向いた職員の顔は引きつっている


「私どもとしては、全部、買い取りしたいのですが……」


 一体を金貨一枚と考えても、十体なら約一千万円以上の価値がある。自分で調合して売りさばけば、その百倍近くはもうかるだろう。


 一生遊んで暮らせる!


 桜にこそっと聞いてみる


「グリンズリーの素材、欲しい? アレなら倉庫に保管しておくけど――」


 耳元でささやくように聞いたのでぞわっとしたみたいだ。

 桜は、ブルッと身震いをしている


「それなら一体分でよい。本当に必要なら狩りに行けばよい」


 そりゃそうか! 本気を出せば、桜たちなら狩りに行ける


「それじゃあ、お言葉に甘えて――」


 ヴァイオレットにお礼を言ってから、職員に話を通して解体済みの素材を一体分と食用として肉を五体分もらった。


 レヴィの食料にもなるし、リンメルにもおすそ分けしてあげよう。


 倉庫に入れていると、職員や運び屋の人たちがびっくりしていた。


 なにを驚いているんだ?


「陽ちん! コレもあげる!」


 陽二とヴァイオレットの話を聞いていた数人の人魚は、川に潜り両手に持ちきれない程の魚やカニを捕まえてきた。


 人魚の漁は止まることを知らないのか、次々と陽二の近くに水揚げされるお魚さんたち。


「あ、ありがとう――もういいから、絶滅しちゃうよ!」


 と話ながら、倉庫にぶち込んでいると。


 別の人魚と口論を繰り広げていたランスロット


「おまえら、陽二に近寄るな!」


 と陽二と人魚の間に走ってきて、両手を広げる。とても忙しそうなランスロット。


「うるさい! あなたこそ、あっちへ行って!」


 陽二の喜ぶ顔が見たくて、魚やカニを捕まえてきたのに、それを邪魔しにくるランスロット。人魚から見たランスロットは、とても意地悪な邪魔者なのだ。


 人魚達による一斉射撃! ピューピューとランスロットに水を飛ばしながら叫んでいる。


「ちょっ、ちょっと! 止めろ」


 ヒートアップした彼女らに陽二の声は届かない。


「おぬしら、おとなしくせんか! 連れていかぬぞ!」


 *


 人魚の背に乗って、川岸に集まっている人たちから見えない場所までやってきた。


「あれ? ランスは?」

 

「あの人は、一人で帰るから乗らないって言ってた」


 とランスロットを乗せるはずだった人魚のお姉さま


 ――真実はこうである。


 ランスロットを乗せる準備が必要と時間をかせぎ、陽二と桜を乗せた人魚たちとヴァイオレットを先に行かせる。

 姿が見えなくなったところで、ランスロットを乗せて下流側へ猛スピード! 騒ぐランスロットを跳ね落とし

「意地悪な人は海まで流れちゃえー!」

 と言い放ち、置き去りにしたのだ。


 ――さすがのランスロットも、この仕打ちには涙した。


「えっ? あのランスがそんな事を言うかな?」


 まあ、本人がいないのでは仕方がない。なにか用事ができたのだろう。川のすぐ隣に桜が持ってきた仮眠棟を出して、屋敷での注意事項をいくつか伝える。

 仮眠棟のドアを開けて、部屋に飛び込んでもらい収納。町に戻ってから本部に転移。


 本部でゼラガイオーの胴体部分を回収してから屋敷まで移動した。


 グリンズリーの買取金額は金貨四十二枚。半端の銀貨や銅貨は寄付した。(税金や諸経費などを引いた金額)

 ヴァイオレットは、宿代(全員の食費やパールのお世話代込み)として全額、桜に渡そうとしたが当然受け取らなかった。


「サラデインでも入り用ぢゃろう、とっておけ」


「俺もいらないから!」


 矛先がこちらに向きそうだったので、先に断りを入れた。


 その日をさかいに人魚姫と人魚の話が、セナドゥースとスノームを発信源にして広がった。住み家とされているサラデインの入り江には、一目見ようと観光に訪れる人が増えていく事になる。


 その人たちが、人魚に会えたかどうかは分からない。


 人魚の贈り物として、グリンズリーの素材の多くが各町の協会を窓口として安く提供された。その量は十年分とも言われている。

 価格は、通常の三割以下。

 それでも協会の(もう)けは、金貨四百枚以上になる。儲けよりも人助けを優先して、この恵みをもたらした人魚の功績をたたえる形にしたのだ。


 この協会の方針に、誰かが関与したのでは?

 そんなうわさ話が、(ちまた)をにぎわせた。



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