第78話 スノーム4日目、金髪の探索者②
おもちゃの腕輪を付けて、ポーズやかけ声を真似して変身したイノゾミラ。
変身というより、装備の交換と言った方が正しいのかもしれない。本物みたいに光ったりする訳でもないので、変身シーンはしょぼかった。
しかし、陽二の期待は高かった。
桜みたいな乙女戦闘服なのか、それともアスモさんみたいなメイド服なのか――
大人の色香を漂わせるイノゾミラが着たら――と考えると堪らない。痛い意味ではない、いい方の意味で。
だが、イノゾミラの装備は、普通の見慣れた物とは違ったのだが、陽二の期待に応える物ではなかった。
カリンも同じ事を考えて期待していたのだろうか、陽二と同じく落胆の表情をしていた。
勝手に期待して、勝手に失望する。
なんて失礼な人たちなのでしょうか!
変身ポーズを決めて、一時の高揚感に包まれたイノゾミラ。二人の表情をみて、申し訳ない気持ちになる。
イノゾミラだって期待には応えたい。
実は、その準備も装備も万全なのだが、さすがに寄る年波には勝てなかった。
決して、体力や気力の事ではない。周囲の目にだ。
隊長になる二十五歳までは、何を言われようと頑なに貫き続けた。
だが、さすがに二十代を折り返し四捨五入すれば三十路ともなってくると、ゼラブルーのコスプレをして仕事をしていては、隊長として仲間に示しが付かない。
そんな感じで、総隊長から諭され、人前でゼラブルーの姿になるのは止めた。
「期待させたみたいで、ごめんね」
――こちらこそ、すみませんでした!
陽二とカリンは心の中で謝罪を繰り返し、大雨の日の速度マックスのワイパーの如く、突きだした二つの手のひらを振りまくった。
*
金色の髪に、晴れ渡った青空の様な色の装備を身に纏ったイノゾミラ
探索者の特権をフルに使い倒し、特別に作ってもらった装備だ。
この防具に替える前は、ゼラブルーの乙女戦闘服と全く同じデザインの装備を身につけて働いていた。
そう、イノゾミラは、ゼラブルーの大ファンなのだ。
今の装備は
カチューシャみたいな頭防具に胸当てと肩パット
ガントレットみたいたな右手、材質は魔物の革
左手は、小さな盾が付いたガントレットで、材質は魔鉄に魔銀を練り込んだもの
両方の手のひらには、剣の柄をはめ込む部分がある。これは、魔力を伝わり易くするために、イノゾミラが考えたもの
そして腰当て、ミニスカートみたいな物だ
その下にはナーガの革で作った長いソックスが見えている。当然、絶対領域を完備だ。
膝まである魔物の革のブーツは特注品で、さまざまな付与がある。
上半身の防具が着いていない隙間や関節部分から、インナーの黒い革みたいな物が見え隠れしている。
これは、伸縮性が高く動きを全く邪魔しないタイツ。これの防御力も高い。
イノゾミラの武器は二本の剣、今の陽二と同じで双剣使い。
長さ八十センチ幅四センチの薄い両刃剣。
その剣を両腰に一本ずつ、ナナメにぶら下げている。
状況によって背中に背負ったりもするが、いざ魔物との戦闘になると、収納スペースや腕輪にいれた状態で、その状況に合わせて出し入れする。
ちなみに、剣を入れている鞘は特殊な構造をしていて、引き抜かずに横にスライドして取り出すことも可能。
「がっかりしましたけど、素敵な防具だわ」
と一言、多いカリン。
その後、イノゾミラさんと戦闘指南も兼ねて、地下四階で魔物を倒した。魔法剣の見た目は、真法剣とほぼ同じに見えた。
これは、魔法剣が――と考えるよりも
「真法剣を作った、カリンさんのお母様がすごいんですよ」
とイノゾミラは語った。
ただ、真法剣は、属性魔法が使えるのを前提としている。自分の発動した魔法を剣に付与するのが、真法剣。これは、ランスが武器に魔砲を纏わせるのと似ている。
魔法剣は、魔力を消費して魔法剣で発動する。
どっちも同じなんじゃない?
と陽二は思ったが、全く違う。
属性魔法を使えない人でも発動できるのが魔法剣。
ちなみに青紫軍のリーダー、マサムネも魔法剣の使い手だ。
*
フジヤマを出発したチームゼラニオン
帰らないと駄々をこねる研究者にお灸をすえ、仮眠棟に蹴り飛ばす作業に手間取り、出発が遅れてしまった。
ゼラニオンの本部に帰って来たのはお昼前
そこへ唯からの連絡が来たのは、片付けを開始した直後。
アスモデウスとランスロットにあとを任せ、桜は唯の元へ急いで転移した。
唯が待っていたのは、セナドゥースの近くにある結界路の中。
「ママ!」
「桜!」
ぎゅっと抱き合う親子。
邪魔者扱いにしている訳ではないが、たいてい桜の側には誰かが居て見守っている。なので、桜の部屋とお風呂場以外では、なかなか二人きりになれず甘える事ができない。
だが、今は誰も側にはおらず唯と二人きり。甘えるチャンスだ!
唯は、飛び込んできた桜を抱きしめながら、昨日の出来事と呼んだ理由を簡単に話した。
『まあ、そんなものぢゃ』と思いながら、海岸に着くまで手をつないで歩き出した。
海岸には、数十人のゴブリンと人魚
そして、パールの治療魔法と回復薬を使っても、ある程度までしか回復できないハズキが寝かされていた。
パールから治療を受ける前の損傷がひどかった。
体中の至るところで骨折や骨のひび、場所によっては修復が不可能とも思えるレベルでバラバラ
外傷や内臓の損傷も激しく、棺桶の中に寝かせられて、ふたも九割まで閉まっていた。それほどの状態。
あそこで、助けに入った人魚たち、まさにグッジョブ!
魔法でも回復薬でもそうだが『正常に治せるレベル』というのがあるので、何でもかんでもすぐに回復して職場復帰! とはならない。
今回のケース
これ以上、むりに魔法や回復薬で治療をすると、間違いなく内臓や骨に癒着が発生して、二度と戻らなくなる可能性が高い。
癒着
本来、離れている部分(骨や内臓)がくっついてしまう事
なので、それ専用の薬と療養術を持つ者の元で、時間をかけて治療をしなければならない。
簡単にいえば、病院に入院して医師の治療を受けるのに似ている。
ちなみに体の欠損した部分を再生する薬も存在する。
※手足に限る。
腕なら肩関節より先。
足なら股関節より先。
肩関節や股関節に近いほど再生率が落ちる。
欠損部分が残っているほど、治療の期間は短く、欠落部分が多いほど、長い年月と専用の薬が必要になる。
唯が桜を呼んだ理由は二つ。
一つ、ハズキの治療に役立つ反則的な薬、または何かしらの方法を知っていないか
一つ、人魚姫パールを桜の屋敷に招いて、数日間滞在させたい
まずは、ハズキの事
桜に話を聞くが、やはり都合の良い薬はないようだ。残念だが、専門家に任せることになるだろう
ハズキの親兄妹もセナドゥースに居るため、とりあえず町へ連れて行き、ハズキの親族に任せることにした。
実はこの事態を想定して、パトリックをセナドゥースの領主のところまで走らせていた。あとは、ハズキの親や領主を連れて来るのを待てばいい。
「もうしばらくの辛抱じゃ、無理をするでない。休んでおれ」
謝りだそうとするハズキを気づかい、休息を促す。
ハズキの事も心配だが、片付けねばならない事はまだある。
ゴブリンたちをハズキが使っていた洞窟に連れて行かなければならない。半数近くは殺されてしまい数を減らしてしまった。せめて残りの者は、無事に届けてやりたい。
次は人魚のこと
人魚姫パールには、陽二に会わせてやると約束もしたし、当人同士で話をさせる目的もある。陽二と人魚の出来事を桜に話し、ランスロットを含めて話ができる場を設けたい事を説明する。
それから、砂浜に並んで座る人魚を紹介する。
「こやつらが人魚じゃ」
「初めましてパールなの。陽ちんに会うために泊まるの」
砂浜に座り、人魚たちと紹介されるのを持っていたパール。簡潔に名前と目的を告げる。
パールの中で、屋敷に泊まることは決定事項。
「これパール、相手はお世話になる屋敷の主人じゃけぇ。桜殿すまぬのじゃ、ワシら人魚一同よろしく頼むけぇ」
ヴァイオレットが、あらためて桜にあいさつをする。
ヴァイオレットの中でも、泊まる事は決定事項。
「妾が桜ぢゃ、母様から大体の話は聞いた。しかし、全員となると――ちと面倒ぢゃ。そこのパール、一人だけなら許可するのぢゃ」
人魚達を連れて転移する事は不可能なので、馬車を用意して、スノームまで向かわないといけない。人魚は肺呼吸なので馬車でも全く問題はない。
(水の中にある酸素を取り出す方法を持っている)
では、なぜ水の中で暮らしているのか? 疑問に思ってしまう事だろう。
答はいくつかあるのだが、単純に歩行能力がないので簡単に捕まってしまうということ。他にも鱗が乾いてしまう問題もあるのだが、それは水さえあればどうとでもなる。
だが、パール一人でも腰から下の部分を含めると、曲げる事ができないので、馬車のスペースを大きく取らざるを得ない。出荷する魚のように積み重ねて運んでもいい、というのであれば面白いので一緒に連れて行ってもいいが――
桜は仮眠棟を取りに戻ろうかと思ったが、中には機材やらゴミが散乱しているはず。
さすがに、客人をその中に押し込むのは気が引けるし、桜の信用にも関わる。ならば一人にしぼり、それ相応の対応を見せた方がいいと考えた。
桜の言葉を聞いた人魚達は、釣り上げられた魚のように砂浜の上で暴れ出した。
「なんでぇー! 陽ちんに、会、い、た、い!」
バタバタと尾ビレで砂浜を叩きながら、わめき散らす人魚。若い人魚は、かわいらしさがあるから、まだいい。だが金色マダムの暴れ方は駄目だ! お子様には見せられない。
その姿は妖艶で、メロンの貝殻はズレ落ちてボヨンボヨンが丸見えだし、黄金の鱗が光を反射して、大人のお店のハッスルタイムの時に、くるくる回るミラーボールの様に見える。
唯は、その揺れるメロンに殺意のまなざし。
このままでは死人魚が出るかもしれない。
そのミラーボールの光が照らす砂浜に、放心状態でポツンと立っている飛人魚のヴァイオレット。
陽ちん殿とペロペロができる! と、年がいもなく妄想を膨らませ期待にドキがムネムネだったのに――桜から出た言葉は、無情にも非情にも限定一名様。
ワシは座れるけぇ――馬車のすみっこでもええけ、なんなら飛んでついてくけぇ
と、ぬけ崖の上のヴァイオレットを考えていたので、唯の視線には気付かなかった。
「お姉さま! パールは一人でも大丈夫なの。心配しないで、なの!」
いやいやーん! とだだっ子の様に暴れるお姉さま達を見て『パールの事をそんなに――』と勘違いをしている少し涙目のパール
それを見た桜は、シャッターチャンス! とばかりに人魚のあられもない姿を、平常運転で右よーし! 左よーし! と撮影。
(映画には使えません!)
この騒ぎに苛立ち、歩きだす唯。
騒ぎ立てる人魚の隣に立つと、大きなメロンを『収穫』とばかりにわしづかみにした。
本来ならば、ぶら下がっているメロンを下から優しく支え、ハサミでチョッキンとするのだが――
熟過ぎたメロンに用はない!
おそろしや魔王の所業。わしづかみのままメロンをもぎ取ろうと引っ張る。
メロンは変形して、本当にもげそうだ
「痛ーーーい!」
「うるさい! 静かにせい!」
と浜辺に響き渡るほどの大声をあげた。
その声に桜もビクッとなって、撮影を止めたのは秘密だ。
唯の声で、仲間のメロンが人質に取られてしまった事に気が付き、放心状態だったヴァイオレットもわれを取り戻す。
下手に声を出して魔王の所業に迂闊に手を出せば、メロンはつぶされて取り返しのつかない事になってしまう。
ヴァイオレットは、唯に交渉を試みた
まずは、犯人の目的と精神状態を把握するのが先決
「唯姉さま、やめるんじゃけぇ――要求はなんじゃ? 胸か? それならワシが身代わりになる、胸もやる。その手を離してくれないけぇ?」
――なんの話じゃ?
唯は、ただ静かにさせようと思っただけなのに、メロンを人質に取って、胸を要求する犯人みたいな扱いになっている。
人魚達は寄りそい、めそめそと涙を流しながら捕まった仲間の解放を願って、唯に手を合わせながら拝み続けている
その一番前にはヴァイオレットが立ち、唯と交渉中
ゴブリン達は、その騒ぎを、事件を見に集まる野次馬のように、遠くから見守っていた。
桜はパールに耳打ちをする。
このまま見ていても面白いのだが、事態がおかしな方向に行きすぎた。
桜は分かっているのだ。ママを怒らせてはダメだ!
てい!
唯とヴァイオレットの間に、パールを投げ入れた。
ボヨ~ン
胸のクッションで、見事な前受け身を披露したパール。そのままの姿勢で叫んだ
「唯ちんは、姉さまを人質にしていないの! 姉さま達がパールを心配してくれて騒いだから――それを見た唯ちんは、騒ぎを止めようとしただけなの! だから勘違いしないの!」
「そ、そうじゃったのか――」
簡単に納得したヴァイオレットたち。オンとオフのスイッチしかないのだろうか?
ようやく事態を飲み込んだ唯。
人魚を相手にするのは疲れる。そして、サラッと唯ちんと呼んでいたが――パールの相手をするのも疲れるので、諦めた。
「人魚が、だだっ子みたいな振る舞いをしてはダメなの! お姉さま達には、もっと人魚としての品格ある行動をお願いするの!」
おぬしがゆうな――
と唯は思ったが、面倒なのでツッコミは入れない。放置だ
手を離し、メロンを解放する唯
「おぬしらは邪魔じゃ、パールの事は任せて帰れ。ちなみに、己らの様な巨乳など――こっちから願い下げじゃ!」
今のが唯の本心なのかは分からないが、そういう事なのだろう。
*
とにかく、パトリックが戻るまではここで待機。
パールを座らせ、両隣に座る桜と唯。
追い払われた人魚達は、姿を人魚に変えたヴァイオレットと少し離れた浅瀬に入り、遠巻きに桜を見ながら話をしている。
唯はその姿を無視して、パールに話しかける
「妾の娘が屋敷に連れて行くことになる。くれぐれも、迷惑をかけるではないぞ?」
「わかったの! 桜ちん、よろしくなの」
「桜ちん、ぢゃと!?」
唯の顔を見ると『相手にするだけ無駄、諦めるのじゃ』と書いてある。
ママが手こずるほどの相手、面白い。じっくりと観察して、弄って遊ぶのぢゃ。
「ねえ桜ちん、陽ちんは? 会いたいの」
そういえば、フジヤマから戻って連絡もしていない。おそらくアスモに言われた通り、練習用ダンジョンに入っているのぢゃろう
「妾の屋敷で待っておれ、今日の夜には会えるぢゃろう」
「いや! 今すぐ会いたいの!」
その言葉を聞いた唯。
面倒くさい相手なので、陽二を呼び出し相手をさせる名案を閃いた。
「ちと待っておれ、陽二を呼び出してくる」
「ほんとに? パール、待ってるの!」
少し歩けば結界路、中に入って陽二に連絡を取る。
結界路の中でないと、腕輪の転移や通信は使えない。外で使いたい場合は、本部に飾ってある増幅する玉を持っていれば可能。それでも転移門への転移はできない。
「こら、何を巫山戯た世迷い言を――はよう来るのじゃ! 陽二! 陽二!」
唯の叫び声が聞こえたので、桜は唯のところへ。どうやら、陽二は来れないみたいだ
「陽二の腕輪が壊れてしもうて、通信が途切れてしまったのじゃ」
と、桜と話をしていると遠くから聞こえる馬車の音。
「馬車を呼びに行く、ここは桜に任すのじゃ」
唯を見送り、陽二は来れない事をパールに告げる
するとパールは
「いや、なの! 陽ちんを連れてきて、なの!」
先ほどの人魚と同じく、大の字ならぬ十字の形でバタバタと暴れ出したパール。体は砂まみれだ。
「人魚の品格とやらは、どこにいったのぢゃ――」
その姿を『やれやれ』と温かい目で見ているヴァイオレット達。育てたのはヴァイオレット達なのだから、その行動こそが人魚の品格といえるのかもしれない。
「パール、ワシらは帰るけぇ。迷惑をかけぬようにするのじゃ。桜殿、あとはよろしく頼むけぇ」
桜にパールを頼むと、帰りは陽二に送ってもらえるように頼み込む。
桜が頷いたのを確認すると、人魚姿のヴァイオレットを筆頭に、セナドゥースへと向かって泳いで行った。
「おぬしらは、セナドゥースに住んでおるのか?」
といまだに暴れているパールに訪ねてみると
「違うの、サラデインなの」
と、それでも受け答えはしっかりするパール
「そうか――」
まあ、深く考える必要もないかと思い、暴れるパールを引きずりハズキの側へと向かった。




