第73話 お土産
駆け出すその顔、鬼神の如く
舞い散るその砂、風神の如く
過ぎ去りし砂浜、修羅の如く
ハズキの元へと走る唯。
途中、ゴブリンと遭遇した様な気もするが、どうでもいい。
だが、鉢合わせをする直前に拾った言葉はある。
『女』と『催し物』
そして、唯が走って来た遥か後方の砂浜には、その言葉を口走ったと見られるゴブリン達の残骸があった。
猛スピードで走る唯。
わずか数十秒でその場にたどりつくと、軽くジャンプをして履いているヒールを発射!
二つのヒールは、群れるゴブリンの一団を縦にぶち抜き、最低でも五〇〇体のゴブリンが命を絶たれた。
それは、集まりきれず後ろで待っているゴブリンの最後尾まで到達しても、勢いは止まらなかった。
軽くジャンプした唯の体は、猛スピードのおかげで、なにかに群がっているであろうゴブリンの手前まで届いた。
そのままの勢いで、ライダーキックのような姿勢で着地。
ドシャャャア!
その蹴りは斜め下に向かって進み、砂やその上にいたゴブリンを巻き込み、全てを弾き飛ばした。
残ったのは、深い穴と垂直に舞い上がり唯にキャッチされた人魚。
決死の覚悟で『いざ、行かん』としていたヴァイオレットの目の前で起きた、天変地異にも似た出来事。
大量の砂やらゴブリンが、一緒くたになって襲いかかってきて、巻き込まれたヴァイオレットも、また、被害者の一人になった。
「そんな間抜けじゃないけぇ! 黄金鱗翼」
黄金鱗翼:翼の攻撃力、防御力が跳ね上がり盾の代わりにもなる。
翼を三角の形に重ねて頂点を向ける事によって、体を守りつつ襲い来る衝撃を両側に逃がし、その場で耐えようと考えた。
だが、健闘むなしく勢いに負けて、さらに上空へと押し上げられた。
「じゃゃゃゃゃけぇぇぇぇ!」
かすり傷程度のダメージを受けてしまったが、結果的に見れば、踏ん張りの効かない空中にいたおかげで被害は少なかった。
ヴァイオレットは翼を広げると、ゆっくりと穴の前に降りていった。
穴の中では困惑顔の唯が、優しくキャッチした人魚を見つめていた。
ハズキが襲われているのかと思って、勢いよく飛び込んできたのに、これいかに――
「ハズキはどこじゃ?」
「――あ…」
人魚はまず、礼を言おうと思った。
だが、体中が毒で痺れていて、うまく話すことが出来ない。
困った唯。
取りあえず、海にでも投げ込んでみるかのう?
と思って、海に向かってジャンプしようとした。
その寸前、穴の上に降りてきたヴァイオレットに声をかけられた。
「もしかして……唯殿?」
声をかけたヴァイオレットに気づいた唯は、人魚を持ったままジャンプして、ヴァイオレットの前に降り立つ。
進化した姿のヴァイオレットを見て、誰? となるが、ある一点を見て気付いた。
腕の中にいる人魚と、目の前のヴァイオレットを見比べて、つかつかと近づき人魚を手渡した。
「五〇〇年もたっておると聞いたのに、まだ生きておったのか。その姿はなんじゃ? 進化か? 相も変わらず下劣な体を晒しおって……巨乳が!」
少し目線の上にある、ヴァイオレットと人魚の胸をキッと睨む。
実は、唯とヴァイオレットは古い知り合い。
と言っても、聖霊サラデインの卵を預けに来たときに見知ったくらいの仲。
ただ、個性豊かな面々の中でも、目立っていたのが唯だったので、ヴァイオレットは覚えていた。
唯の方はというと、巨乳は敵。
とんでもない記憶力で、顔よりも胸で覚えていた。
「久しぶりじゃけぇ。デブとは辛辣じゃのう……この豊満な胸が、そんなにうらやましいのけぇ?」
わざと体を揺らし、ぷるんぷるんと唯を挑発する。ついでに、抱かれている人魚の胸も、ぷるんぷるんとプリンのように揺れている。
「くっ! 戯言をぬかすな、そんな事よりもハズキを、女性の人族を見なかったか?」
あの人族はハズキというらしい。
唯のあせった顔を見る限り相当、仲の良い間柄なのだろうと理解した。
「知り合いけぇ、それなら無事とは言えんが保護したけぇ。ありゃ相当ダメージが深い。パールの治癒でも治せるかどうか――」
取りあえず、保護されたと聞いて安心したようだ。
が、当然ながら安否が気になるのだろう
「今すぐに案内するのじゃ――じゃが……」
そこで唯は口を閉じて周囲を見回す。その後をヴァイオレットが引き継ぐ
「こやつらの始末が先けぇ」
少し離れた先には筒を構えて準備OKのゴブリン将軍を筆頭に、吹き飛ばされても無事だったゴブリン達が、武器を構えて号令を待っていた。
とそこに、海面の上を飛んでくる物体が二つ。
唯のピンヒールだ。
不思議そうに、それが一団を襲った攻撃の正体、とは気づかずに見ているゴブリンをよそに、目の前にきれいに並んだピンヒールに足を通す唯。
ヒールは、砂にズボッとはまって本来の役割を何一つ果たせない。
「ふん」
ズポッとヒール部分は砂からでて、見えない何かに乗っているように、地面には触れていない。
これで足もきれいに見えるし、身長も高くなった。
戦闘準備OKだ。
膝下ほどのドレスを着ているので、足うんぬんはあまり関係ないとは思うが、全体像の話なのだろう
「背伸びけぇ? 脱げばいいじゃろうが」
「デブには分からん。様式美というやつじゃ」
「それを様式美というかは置いといて、ワシは怪我人を抱えておる、一人で大丈夫けぇ?」
唯はビシッとヴァイオレットの下乳に指を差して、親の敵を抉る、かのような勢いで指をグリグリする。
「妾は細かい事には気にせぬ、寛容で寛仁で寛大な心を持ち合わせておるが、先程から少しだけ、ほんの少しだけ、妾に対する口の利き方がおかしいのではないか? 妾を誰だと思おておる!」
ヴァイオレットはあきれ顔だ。
「変わらんのぉ――はいはい。唯姉様、唯姉様。じゃ、頼みますけぇ」
「む、おぬしにその呼び方を許可した覚えは」
「歳けぇ? ボケるのは――」
そこでヴァイオレットは口を閉ざす。
ちょっと調子に乗りすぎた。唯の目がヤバイ方向でヤバイ。
「尊敬する唯姉様。あとは、よろしくお願いしますけぇ」
「まあ良い、ちゃっちゃっと済ます。妾の華麗な後ろ姿でも眺めて、数でも数えておけ」
「――」
なんのこっちゃ?
心の中でヴァイオレットは思った。
*
「待たせたのぉ、ハズキに何をしたのか知らんのじゃが――死ね」
その言葉を合図に、ゴブリン達は一斉に襲いかかってきた。
律儀にも待っていてくれたらしい。
ヴァイオレットは『後ろで数を数えておけ』と言われたが、なんの冗談じゃけぇ
誰よりも早く動き、砂浜と空を蹴って海上に飛び立った。
ゴブリン達は、同じような棒を持って襲いかかってくる。
奥には、筒で狙っているゴブリン将軍。
その射線は訓練でもされているのか、うまいこと狙えるように空けられている。
その時くもった爆発音とともに唯を目がけて弾が飛んできた。
唯は躊躇なく受け止めることにした。
両手でガチッと掴むが、勢いに負けてズサーと数メートル程押されてしまった。
当然唯にダメージは全くない。
回転する弾を押さえ込むのに、手のひらにかすり傷を負ったくらいだ。
そこでふと、唯は思った。
そういえば――ジェームス隊の砲撃と呼ばれていた物に熱心じゃったなぁと、筒は桜へのいい土産になるのではないかと
その唯にゴブリンたちは、棒を振り下ろしてくる。
前後左右あらゆる角度から振り下ろしてくるさまは、統率の取れた訓練された物に見えた。
唯は両手に指鉄砲を作り、素早く全面のゴブリンを撃ち抜いて後方にジャンプする。
が、しつこいゴブリン。
すぐに囲まれてしまうが、射線だけは上手に空けている。
群がるゴブリンに、隙間を抜けて飛んで来る弾。
さすがの唯でも、ゴブリンの棒でダメージを受けることはないが、弾が当たってしまうとダメージを受けるかもしれない。
なので、ゴブリンの動きに合わせて射線ができないように動く。
「ショットガン・フォーメーション!」
の声と同時に攻撃を受けたゴブリンが爆ぜ、それを合図にゴブリンたちは、唯に抱き着いてきた。
近づくゴブリンに攻撃すれば爆ぜて、抱き着いてきたゴブリンは重りの様に動きを邪魔しようと必死に力を込める。
唯の体は、ゴブリンの体液や肉片でべっとりだ。
「たわけが! 妾に触れるなぁぁ」
全身から魔力を放ち、周囲のゴブリンを弾き飛ばそうとする。と同時に唯の周囲にいたゴブリンが連続して爆ぜた。
そのすきを付かれた!
ゴブリンにショットガン・フォーメーションを指示したゴブリン将軍達は
ハンマー係
撃ったらすぐに筒を交換係
筒持ち&照準係
交換した筒に弾を込めるゴブリン
に分かれて、連続で放つフォーメーションを敷いていた。
ゴブリンの自爆特攻と、抱きつかれた事で油断していた。
筒から放たれた弾が、唯にヒット! またヒット! さらにヒット!
「よし、ドンドン撃て!」
調子づくゴブリン将軍。
「オラ! そりゃ」
調子に乗ってきたゴブリン将軍たち。
ハンマーで叩いて、叩いて、叩いて
筒を、セット、セット、セット
照準を合わせて 持つ、持つ、持つ
ドン ドン ドン ぐぢゃ ぐぢゃ
「ん? ぐちゃ?」
「どうしたのじゃ? 手を休めるな。はよう打たぬか」
ハンマー係のゴブリン将軍は目を疑った。
筒かと思ってハンマーを振るっていたが、今しがた打ったのは仲間のゴブリン将軍の頭で、その前もゴブリン将軍の頭。
いつの間にか唯がその場に来て、弾係のゴブリンを瞬殺すると、筒の代わりにゴブリン将軍の頭をセット、二回目は筒の置く場所に筒持ち係のゴブリン将軍の頭を押したのだ。
つまり、ゴブリン将軍を残して全てのゴブリンが殺されていた。
ゴキ、ベキ
唯はハンマーを持つ手をへし折ると、ゴブリン将軍の膝を正面から蹴り込んだ。
膝がありえない方向に曲がっている、これは痛い
「ぐわぁ」
もがき苦しむゴブリン将軍をよそに、三本の筒を見事に回収する唯。
「いい土産ができたのじゃ」
周囲には、首なしのゴブリン将軍の死体を筆頭にゴブリンたちのバラバラになった肉片。
すさまじいスプラッターな光景が広がっていた。
唯の全身にも、肉片やら訳の分からない物がベットリと付いている。
「全く、迷惑な奴らじゃ」
「ワシが、きれいにしちゃるけぇ」
パールのところへ行かず、どこかで見ていたのか、人魚を抱いたヴァイオレットが唯の元に降りてきた。
「む、任せた」
「頑固な汚れには、泡が一番じゃ」
なにやら魔法を唱えると、唯の体を泡がつつみこんだ。
*
髪を乾かし、仲間の腕輪でワインレッドのドレスに着替えた唯。
捕まえたゴブリン将軍をゴブリンの網で縛りあげ、浜辺に散らばる死体から腕輪の機能で魔石を回収する。
死体は、そのままでもいいだろう。
唯のおかげで、いま襲ってくることはないが、飢えた魔物が森からうかがっているのだから、数日もしないうちに、ここはきれいな浜辺に戻っているだろう。
一カ所だけ深い池みたいになっているが、砂が流れ込み自然に戻るだろう
「ヴァイオレット!」
そこに様子を見に来た人魚が現れる。仲間が心配だったのだろう
沖の岩陰に隠れているパールの元に案内してもらう
当然、捕まえたゴブリン将軍も連れて行く。
情報を引き出さねばならないし、そのまま放置しておけば、魔物のごはんになってしまう
近くの岩場に縛り付け、パールの元に向かう。
人魚の休憩所の上に横たわるハズキ。
起き上がることはできそうもないが、会話ができるくらいには回復していた。
その姿を見て、安心した唯。
助けに向かい、毒を受けた人魚はほどなくして回復した。
その空いたスペースに唯が助けた人魚を寝かせると、パールは治療を始めた。
唯には連れがいて、合流したいとの話をすると、パールたちは快く了承してくれた。
人魚の休憩所をもう二つ作って、その上に唯と捕虜のゴブリン将軍を乗せて進んでいた。
その時、唯がヴァイオレットに頼んだ。
「すまぬが、この娘と二人で話がしたい。よいか?」
みんなと少し離れた後ろを進む、唯を乗せた人魚の休憩所。
押しているのはパール
「おぬしがサラデインの娘、人魚姫だな?」
唯は、ハズキを治療してくれたパールに礼をすませると、問いただした
「そうなの。パールなの!」
カクッと力が抜ける。
「そ、そうか。妾は唯じゃ。ハズキを治療してくれた礼じゃ、唯姉様と呼ぶことを許可するのじゃ」
「分かった。唯ちんなの」
「なにを聞いていた……三枚におろされたいのか?」
キッと睨みを利かせる唯。
「きれいな髪――瞳もきれい……」
睨まれているのにも関わらず、唯の髪の毛や瞳に吸い込まれるように魅入っているパール。
月の光が反射するパールの髪の毛も美しいのだが、自分よりも色濃い深紅に目を奪われ上の空。
「くっ、やはり胸に栄養を取られた人魚ども。話が通じんのじゃ、自由か!」
が、誉められれば誰でも悪い気分ではない。
パールの頬を、ペシペシと軽くたたくと
「話を良く聞けパール」
はっと、われに変えるパール
「唯ちん?」
「妾、唯姉様」
自分を親指で指すと、こくっと、うなずくパール。
「唯ちん、ダメ!」
ダメのところで、腕をクロスしてバツ印を作る。
ウンウンと、うなずくパール。
「ゆうことを聞かない、三枚おろす。パール、食べる」
パールを指差すと、手刀でシュッシュッと空を二回斬り、指をお箸に見立てて、刺身を掴み口に放り込むジェスチャー
それも上手に隠して口に入れる瞬間、自分の舌を、まるで本当の刺身みたいに挟む細かい芸まで披露した。
「食べないで、なの」
涙ぐむパール。
が、ピーンと陽二とのやり取りを思い出し、すぐに泣き止む
「パールがかわいいからなの?」
「なんでやねん!」
バシッ
意味の全く分からない唯、思わず突っ込んでしまった!
*
その後、泣き出したパールを優しく宥めた唯。
いろいろと諦めて話を続けた。
この世界に初めて誕生した水の聖霊サラデイン。その子ども、人魚姫パール。
ナーナの事もハッキリしていない今、情報収集はするべきなのだ。
子どもといっても、司とサラデインがチョメチョメしてできた子どもではなく、信頼関係の賜物だとサラデインは言っていた。
聖霊の卵、簡単にいえば精霊の力が詰まった物。
だが、パールから得られた情報は、なに一つ聖霊に関係した物はなかった。
要するにポンコツだった。
ただ、意外な人物の名前が出た。陽ちん、こと陽二だ。
陽二がパールに何をしたのか、人魚たちと何をしたのか、出るわ出るわ。
怒りもあきれも通り越して、殺してしまおうかと本気で考えて、唯はランスロットの事を思い出し、頭が痛くなった。
それは、パールがこう説明したからだ
人魚姫に種を授けること=人魚姫と結婚
その話を聞く前に『陽二は知り合いじゃ』と伝えてしまった。『会いたいの、唯姉様!』の言葉に、思わず了承してしまった。
今さら約束事を覆す事はできない。
唯は自分も巻き込まれた経験から、ハーレムと呼ばれる物は嫌いである。できれば、ランスロットには同じ目にあって欲しくはないが、すでにゾッコン。いくら言っても手遅れランデブー
「ハズキ!」
パトリックの待つ浜辺にヴァイオレットたちが到着したようだ。駆けつけるパトリックの姿が見えた。
本人同士にケリを付けさせるしかないか……と三人を一同に会わす場を設ける決意をした唯は、深いため息をついた。




