第64話スノーム3日目、リンメルとラルドルフ兄妹
何でも屋に移動した陽二は、セナドゥースの部屋に入った。
ベッドにセナドゥースとレヴィが並んで眠っている。
起こさないように外に出て、木製のテーブルと椅子をセット。
レンガを取り出し一メートル四方の土台を作り、その上にモルタルを塗りながらコの字に並べて積み上げる。
完成したら中に炭を投入して火を付け、水分を飛ばすためにそのまま放置。
部屋のすみに調理器具と買ってきた生活用品を置いて、木材などの資材を並べていく
反対のすみにシートを敷いて、その上に野菜や果物に肉や魚を置いて部屋を出る
「お兄ちゃーん」
グッドタイミングだ
食堂に移動する。
パトリシアとリンメルが作った料理は、簡単に説明するとチーズのないピザ。
丸く伸ばした生地の上に肉や野菜をのせて焼き上げた物。
それと水に溶かした生地に野菜を絡めて油で揚げた『ガンネ』と呼ばれる郷土料理。
もともとは、余った野菜や切れ端をまとめて揚げたのが始まりであり、中身は各家庭でバラバラだ。余すことなく全てを食べきる、一物全体の考え方にマッチした食べ物ともいえる。
食感はサクッとしているかと思いきや、モチッとした食感でおなかにたまる食べ物。
材料は当然の如く、夜の仕込みで余った端切れでコストパフォーマンスは最高だ
みんなで『いただきます』をして食べ始めようとしたとき、ランスロットのお弁当を思い出す。
「仲間にお弁当を持たされてたんだったよ、一緒に食べよう」
収納スペースから重箱を取り出しテーブルの上に広げる
「な、なんすか、これ……食べたことのない物がたくさんっす」
「わあ、おいしそうだね。この小さい包みはなんなの?」
「おにぎりだよ。ナーナが食べやすいように小さく作ってあるんだ」
「ナーナ!」
ナーナが手に取り包みを開けると、真っ白な三角おにぎりが顔を出した。ご飯が手に付かないように食べ始め、パトリシアも手を伸ばす
「おいしー!」
リンメルは震える手でおにぎりを掴むと、ゆっくり包みを開けて三角の頂点をパクリ
「な、なんすかこれ? これがご飯? おいしいっす、天に登って住んでしまうくらいっす」
おにぎりを味わうようにかみ締めながら話すリンメル
「何時もこんなにおいしい料理を食べているんすか? 私の作った料理なんてゴミっすよ」
「ゴミなんて言うなよ、おいしいじゃん」
ガンネを一口で食べ、チーズなしピザをほおばる。いろいろな野菜の味が混ざって本当においしいのだ
「シアもありがとう。おいしいよ」
「野菜をのせたり混ぜたりしただけで、ほとんどリンメルちゃんが作ったんだよ」
と言っているシパトリアだがうれしそうだ
「うー、でもやっぱり……このお弁当はすごいっす」
オカズゾーンの華やかさに圧倒されているようだ
「ねぇお兄ちゃん。これって、誰が作ったの?」
「青い髪のお姉さんだよ」
「あの変態さん? きれいだし胸も大きいし料理上手……強敵だぁ」
ランスロットが褒められてちょっと嬉かったが、変態と言われていたのは訂正しなかった
ちなみに、シアやリンメルが一番うなった料理はおにぎりで、今まで食べた中でもダントツのおいしさと言っていた。
このサクラノヒカリは、炊きたても当然おいしいのだが、冷めていく過程で甘みを増す特徴が強い。
さらに、その美味さを数段引き上げる手法を施したランスロットが如何にすごいか……残念ながら誰も気づくことはなかった
*
「陽二さん達は、これからどうするっすか?」
耳をピコピコと動かしながらリンメルが陽二に尋ねる
「教わっている人から課題を出されていて、練習ダンジョンの五階をクリアしないといけないからね、食べたら行こうかなと思っているけど」
「五階? ほ、本当に見習いが取れているんですね。ビックリっすよ……人は見かけによらないっす」
勝手にビックリして、勝手に納得している
「でも、ランスロットとナーナのおかげで見習いを卒業した感じだからね、正直、偉そうな事は言えないよ。それに今日はシアも一緒だし一階に入ろうかな」
「シアさんも冒険者っすか? 王族が――まさかっすね」
「シアは魔法師だよ」
「魔法師!? すごいっすね。見習いを卒業するためには、魔物を倒してレベルアップしないといけないっすもんね、その口で来たんすか?」
へぇ、魔法師ってそんな条件があるのか……
「シアはレベル12で、とっくに見習いは終わってるよ?」
「まじっすか? 魔法、使えるっすか?」
「使えるよ」
「えっ? シアって見習い取れたの? いつ? てか急激にレベルが上がってるよね――」
陽二は気付いた。
カリンとのタッグでゴブリン将軍を倒したあの時だと
あの戦いのあと、パトリシアもカリンも見習いが取れて
パトリシアは風属性
カリンは火属性と火魔法を獲得した。二つの熟練度を上げていけば、いずれ『魔術師』になることができる。
ちなみに、パトリシアは基本四属性の魔法を全て使える。
これは桜との訓練の賜物であるが、本人の努力、並びに常識に囚われない柔軟な思考があってこそなのだ。
「いいっすね……やっぱり、お金がないと何もできないんすねぇ」
リンメルは唐突にため息をついた
「シアの見習いが取れたのはお金の力じゃないぞ? 本人の努力の結果だ。俺は魔物とシアの戦いを見ていたけど本当にすごかった。腕が折れても諦めなかったし尊敬してるよ」
「えっ、そ、そうかなぁ。あの時は無我夢中で……カリンも一緒だったし」
ナーナもあのときを思い出して興奮しているのだろう。パトリシアシアやカリンのものまねをする
「えっ、魔物を倒した? すごいっすね―――普通は見習いを卒業するために練習ダンジョンに入るんすけど、魔法師一人で入った場合の成功率って、どのくらいか知ってるっすか?」
「唐突に何だよ……五〇%くらい?」
「〇%、皆無っすよ。だからこそ冒険者を雇って入るっす。
寄生プレイを嫌う冒険者も魔法師のレベル上げには協力するんですが……雇うための金額がバカ高いんっすよ。
そして、レベル9で止まっている魔法師見習いはお金集めで苦労してるって話しっす」
魔法学校でも対策として、年二回、生徒を連れて練習ダンジョンに入る。だが、レベルが上がればラッキーな程度で、まず上がることはない。
近年では、単に魔物を倒して経験値を稼ぐのではなく、何かしらの条件を達成しないと駄目なのでは? と疑問の声も上がっている。
カリンやパトリシアは、生まれながらにして魔法を使うことができた。
いわば選ばれた人間であり別格なのだ。
さらに
カリンは幼い頃ダンジョンに入り、魔物を討伐した経験を持ち、水魔法の熟練度も上げている。
パトリシアにしても死を恐れず、毎日倒れるまで魔法を使い続けていた経緯もあり、二人とも常人以上の魔力を持っている。
普通の魔法師は魔法を使うどころか、魔法属性を持っている者も極わずかで魔法で魔物を倒すことができない。
レベル9までは魔法の勉強や精神鍛練の修行で上げることができるが、最終的に壁になるのが魔物の討伐。
剣や盾を装備して倒せばいいじゃないか? と思われるが、非力な魔法師にはとてもじゃないが装備できない。
せいぜい包丁や鍋の蓋だ
攻撃力の高い魔法師用の武具もあるのだが、結局はお金が必要になる。
それに一番のネックはHP、ほとんどの魔法師は多くても30位しかない、これはレベルの上げ方に問題がある、と言われているが定かではない。
なので、将来を見越して雇うお金を出してくれるスポンサーを探すか、自分で負担しなければならない。
一度でレベルアップすればいいが、回数を重ねるうちに雇う費用も膨大になってしまうのだ。その費用一日一人銀貨十枚。
高いと思われるが、冒険者を一日拘束するのだ。これは協会で決められた金額になる。白タクみたいなもぐりの冒険者もいるが、騙されても文句は言えない。
そして、見習いを卒業して無事に魔法を使えるようになれればいいが、その数は多くないという。
残るのは莫大な負債だけだ
「そこで相談っす。実は私の知り合いに兄弟がいるんすけど……手伝ってもらえないっすか? 今日だけでもいいです。
陽二さん、私の耳ばかり見ていますけど――手伝ってくれるのなら、断腸の思いで触らせてあげてもいいっすよ?」
おいおい、リンメルさんよぉ――オイラを舐めていないか?
俺がそんなに安い男だと? が、いろいろと世話になったのも事実だし、あの耳を触れるのなら……
「分かったよ、リンメルちゃん。シア達が手伝うよ!」
陽二の思考を遮るが如く、パトリシアは手伝うと言いだした
「ちょっとシアさん? まだ考えている途中で、これから決めゼリフを出そうとしていたんですけどぉ……いろいろと台無しよ?」
「シアさんありがとうっす。さすがお姫様! どっかのモブとは違うっすよ! あ、陽二さん。耳の件はなしっす」
リンメルはしてやったりの顔
ま、まじっすか……即答しなかった自分を殴りたい
ダンダンとテーブルを叩く陽二。
パトリシアはリンメルとの接触を防げてご満悦。
ナーナもやる気まんまんだ!
「そんなに触りたいっすか?」
陽二に救いの声が向けられた
「触りたい!」
一瞬の静寂の後
「「エッチ!」」
耳に触るのはエッチな事らしい……
また一つ、おりこうさんになった陽二。
*
一〇分ほどリンメルの食堂で待っていると、件の兄妹を連れてきた。
「シアさん、陽二さん、お待たせっす。こっちがラルドルフ兄妹。兄がガナット、妹がガナシャっす」
「初めましてガナット・ラルドルフです。本日はよろしくお願いします。ところで……リンメルさんに言われて来てみましたが、本当にお金を支払わなくてもいいのでしょうか?」
「お金? そんなの要らないよ。私たちも練習ダンジョンに入る予定だったんだし、おおぜいで行けば楽しいよ」
「はは、楽しいですか……」
ガナットと名のる少年は乾いた笑いを吐き出し、どこか疲れたような表情で呟いた。
*
ラルドルフ兄妹の出身地はセナドゥースから西に五キロ、結界路沿いの小さな村
調合の聖地と呼ばれ繁栄していた時期もあったが、結界路建設の際に分断され縮小した経緯を持つ、獣人の血が色濃く残った村で人口は二〇〇人程度
その名は『アバンヴィレジ』
主に柑橘類やバラ科の果物を栽培。目立った観光もなく、行商人の他に訪れる人は少ない小さな村
この村で育ったガナットは、調合師を目指しセナドゥースの調合屋に住み込みで働き始めた。
その二年後、兄のもとへ遊びに来ていたガナシャが使ったイガネオが魔法教師の目に止まった。
ガナシャの使ったイガネオは、魔力にあふれ、発動一歩手前だったのだ。
さらに話を聞くと土の加護持ちだった。
加護持ちで発動一歩手前。
これほどの好材料が揃っているのなら、魔法師見習いになり勉強すれば魔法を得るのも時間の問題。教師は特待生での魔法学校入学を進めた。
授業料は国が支給。生徒が支払うのは交通費や寮費だけで、特待生は寮費及び食費も無料になる。
カリンは、さらに上の特別特待生であるのと同時に、パトリックの婚約者候補であったため王宮に住んでいた。
ガナシャはすぐに両親を説得、一緒に来た教師の助力もあって簡単に入学が決まってしまう。
特待生として寮暮らしを始めたガナシャは勤勉に務め、メキメキとレベルを上げた。
誰もが目を見張る驚異的なスピードであった。
ガナシャの環境が変化した
ガナシャは人見知りが激しく、他の生徒と会話らしい物をした事がなかった。だが、目立ってしまい注目を集めてしまう。
それは、特別特待生のカリンに次ぐ程の物だった。
ガナシャの周囲に人が集まりだした。
どこに居ても、必ず人が寄って来てガナシャをかまった。
無口で小さくてかわいい。
そしてガナシャには、人を虜にする身体的特徴が二つあった。
ペタンと倒れた耳とふわっとした太い尻尾。
耳を触ればピンと伸びてピコピコと動き、尻尾はふわっふわで触っているだけで顔がにやけてしまう
耳や尻尾は敏感な部分。だが、ガナシャは何も言えず、真っ赤な顔で我慢しているだけ
その姿がさらに拍車をかけた。
我慢できなくなったガナシャは、尻尾を背中に縛って隠し、黒いフード付きマントを羽織り生活するようになったが
次は、寝込みやお風呂場でもまとわり付かれるようになった。
とうとうガナシャは退寮してしまった。
魔王のダンジョンを除いて、王都周辺で暮らす人族のせ八割を超える血は人と亜人の混血だが、亜人の中でも獣人と人を比べると人の方が優性遺伝子なので、外見的には人寄りになる。
耳に獣人の特徴が出る確率は一〇%と言われているが、尻尾が出る確率は一%もない。
ちなみに魔王のダンジョンに住んでいる純粋な獣人でも、尻尾を持っている数は半数以下
その理由は、退化したとも赤ちゃんの頃に切断してるとも言われている。
二本足で歩き出した者にとって、尻尾は弱点であり清潔に保たなければならない面倒な部位、そのため必要性が薄れている。
上記の事から耳も珍しいのだが、尻尾は格段に珍しい。
そしていつの間にやら
触ってもいいのかな?
⬇
怒らない、すきに触れる
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触れると癒やされる
⬇
いつでも触れるマスコット
赤信号みんなで渡れば怖くない理論が一人の少女に降りかかったのだ
この騒動で、すっかり対人恐怖症になってしまったガナシャは、魔法を得ることもできず、以前の魔力にあふれていたイガネオもなりを潜めてしまった。
それでも諦めきれないガナシャを両親は応援した。
特待生といえど退寮した身、食費に交通費も馬鹿にはならない。
ガナシャは走った! 毎日往復、二〇㎞
そんなガナシャに憧れのカリンが声をかけてくれた。週に三回ほどだが、いつも学校の前に立っていて飲み物を投げ渡してきた。
ガナシャから見れば魔法も使えて大人できれいなお姉様。
雲の上の存在と言ってもいいほどの人物だ。
たとえ対人恐怖症だとしても、そんな超有名人から声をかけられれば舞い上がってしまう。お礼を言うのも忘れて、毎回去って行く姿を目で追っていた。
そんなこんなでレベル9になったガナシャに、魔物討伐の壁が迫る。
対人恐怖症のガナシャは、学校の練習ダンジョン行きにも参加できなかった。
ある日、両親に告げた
「魔法師になってくる」
ガナシャはスノームまで走った。
毎日の登校で鍛えられたステータスは
ガナシャ・ラルドルフ
魔法師見習 レベル9
土属性
スキル
HP 80/MP 50
土属性を獲得して、HPが魔法師とは思えないほどに増えていた。(加護はステータスには出ないが、本人には分かる)
練習ダンジョンは、魔法師一人でも入る事ができるので、お小遣いをためてやって来たのだ。
結果は散々だった……歯を食いしばり頑張ったが、下手に増えたHPが仇になり苦しみが増えただけだった。
死の苦しみを何度も体験した心はバキバキに折れた……
もう、無理……と
『黒狼の星屑』の前で、絶望に押しつぶされ蹲っている時に優しく声をかけられた
温かいスープをごちそうになった
赤い耳がピコピコと介抱してくれた……
ガナシャは、リンメルに今まで我慢していた物を爆発させた!
声を荒げて、怒鳴る様に愚痴った!
何を言ったのかは覚えていないが、止めどなくあふれる涙をリンメルは優しく包み込んでくれた。
家に帰る気にもなれず、お店の手伝いをしながら過ごしていると、密かに知らせを受けたガナットが調合師見習いをやめ、冒険者見習いになって尋ねてきた。
「話は全てリンメルさんに聞いた。どうして相談しなかった? 俺はガナシャの兄でヒーローだ!」
村でいじめられたとき、危ない獣に襲われたとき、困ったことがあったとき、いつも助けてくれたのはガナットだった。
ガナシャにとってガナットはヒーロー!
だからこそ黙っていた。言えば絶対に駆け付けてくれる、自分の夢を中断してでも
兄を思っているからこそ、足を引っ張るようなまねはしたくなかったのだ
だが、対人恐怖症になってしまった妹のために、冒険者見習いになってやって来た。
俺が魔法師にしてやる! と言わんばかりに
ガナットは調合師見習いで稼いだお金で、リンメルの助力のもと武器と防具を揃えた。
そして練習ダンジョンに兄妹二人でアタックを開始したのだ。
*
一週間後、借りた部屋に背中合わせで座る兄妹がいた。
その表情は絶望の闇に囚われていた。
ガナットは魔物を舐めてはいなかったが、想像以上だった。
冒険者見習いなり立てのガナットなど、スライムにワンパン。一人残されたガナシャは、またしても死の驚怖の時間を味わうことになる。
いろいろな方法を試した。
ガナットが戦い、その後ろで回復薬や蘇生薬を使いまくるゾンビアタックなど……だが、一匹も倒すことはできなかった。
ただ、ただ、お金を浪費していくだけで、さすがのガナットも死の痛みに心がバラバラにされた……
と、そんな感じの説明を受けた陽二は
不器用な兄妹だなぁ、もっと簡単な方法があっただろうにと思った
だが、病という物は患った当人にしか絶対に理解できない世界。
外野が簡単に口を出していい問題ではない、ということは理解している。
「とりあえず、自己紹介の前にこれを食べてくれ」
王様と王妃に食べてもらおうと思っていた包みをガナットに投げ渡した。
レヴィの分は確保してあるので問題はない
気落ちしている時は飯だ! とにかく食べて元気になろう!
中途半端ですがここで切ります。
見習い職業の現実をもっと書きたかったのですが
無理でした
職業によってさまざまな条件があるようで、簡単には見習いが取れないようになっています
異世界人のスキルに統合されている職業は、異世界人の力で今のところ条件はありません




