第43話
アスモデウスとランスロットがトパンに向かった直後、パトリシアが起きてきた。どうやらランスロットの馬鹿騒ぎで目を覚ましていたらしい。
「おはよう、よく眠れた?」
「あ、お兄ちゃん。おはよう」
起きがけにかけられた言葉に、条件反射であいさつをする。
だが見ているのは、陽二ではなくて豊の作った魔法の時計。
「あんまり時間、たってないんだね……」
よく見ると目の下にくまがある。
昨日はほぼ徹夜。睡眠も固い地面、こんな場所で眠ったのは初めてではないだろうか?
動きやすいラフな格好をしているパトリシア。
茶色の丸首長袖シャツと膝下まである、ポケットがたくさん付いた茶色のズボンに土が付いて汚れている。
「まぁ焦っても仕方がないよ。あと……8時間くらいか」
死んだと思っていた母親が見つかった。と思ったら息も絶え絶えで駄目かと思い、そしたら救いの手が差し伸べられた。
上げて落とされて、また上げて…まだ助かるか分からないだけに、疲れも相当なものだろう
陽二はパトリシアを後から抱きしめると、持ち上げて抱っこの姿勢になって座る。
パトリシアは陽二の胸に顔を押し付けて、陽二に抱きつくと目を閉じてしまった。
パトリシアの体は震えていた。
だが、かける言葉が見つからず、抱きしめる腕に力を込めることしかできなかった。
数分後、パトリシアの寝息が聞こえてくると陽二は腕の力をそっと緩めた。その姿を唯と桜が慈しむ目で見ていたが、陽二は気づいていなかった。
*
「水の攻撃!」
陽二はパトリシアを抱っこしたまま、斜め上に向かって魔法を放っては時計で天井に当たる時間を計っていた。
面白いことに魔力の使い方? だろうか、それぞれ天井に届く時間に違いがあるのだ
「陽二」
それを見ていた唯が声をかけてくる。
いつの間にやら陽二呼びになっているのは、先ほどのパトリシアに対する行動が評価されたのだ。一般モブから仲間モブへと進化した証だろう。
「何ですか?」
「母娘の会話に夢中になりすぎてセナの事を忘れておった。少し様子を見に行きたいのじゃが……あの部屋への入り方が分からん。どうにかできぬか?」
「部屋に送ればいいのですか? 少しは理解できてますから大丈夫ですよ」
箪笥は勇者の専用スキルなので、唯や桜は使うこともできず、全く理解できていないのだ。
「では、準備はいいですか?」
「頼むのじゃ」
管理者項目の強制収容を■にする、すると唯の姿が一瞬で消えた
「おー入れたのじゃ、すまぬな」
頭の中で声がして、ちょっと気持ち悪い。
どうやら部屋の中と会話ができるみたいだ。
目をつぶり部屋の扉を開けると、中に唯の姿を確認できた。
陽二の姿が見えるのか、唯に腕を引っ張られた…と思ったら
ここは!?
陽二の精神が部屋の中に移動した。
*
部屋はおおよそ30畳。高級な家具やベッドが置いてあり、頭上にあるシャンデリアの淡い光が部屋全体を演出する。
大きなベッドの隣では、ささやかな胸を包み込むように腕を組んだ深紅の瞳を持つ唯が、何やら悪巧みを考えている様な顔をして立っている。
ベッドの上には、漆黒のドレスをまとった10代と思わしき少女が、胸の上で祈るように手を組み眠っている。
漆黒の髪が淡い光に反射して神々しい! まるで芸術品の様に美しいのだ
「この子がセナドゥース? 美しい……」
どこからか、声変わり前の少年の様な高い声が聞こえる
「初めまして代理、ボクは闇の聖霊セナドゥース、お見知りおきを。そして唯、扉を開けてくれてありがとう。まだ体を動かすのは無理だけど、部屋の中なら話ができるよ」
「お、おう。初めまして」
陽二は、声のする場所を探してキョロキョロと周囲を見回す
「話ができるようになった様じゃな。それで? セナに憑いているソレはどうすれば良い? 何か分かるか?」
「そうだねぇ。取りあえずマスターが付いたから話はできるようになったし、だいたいの状況は理解できたけど……どうやら穢れの力、恨み? いや、怨念の方が近いかな? ボクを堕とそうとしているね。でも、この程度には負けないよ。けど、どうすればいいのかも検討がつかないよ……」
声のセナドゥースは困っているようだ。その穢れとやらを取り除く方法が分からないのだ
「マスター。取りあえずリンクを結ぼうよ」
「リンクって何ぞや?」
「リンクを結ぶと、マスターが眠っているときに意識を部屋に呼ぶ事ができるようになる。あと、ボクの力を借りることもできるし、その逆もしかり」
「結んだ方がいいの?」
「そりゃそうだよ。ボクみたいなかわいい女の子と結べるんだよ? そこは喜ぶとこでしょう。むしろ懇願してよ」
「分かったよ。で? どうすればいいの」
「ボクに触れて魔力を送って」
そこへ、静かに聞いていた唯が割り込んでくる
「のう…セナよ、司とのリンクはどうなっておるのじゃ?」
「残念だけど切れているよ。だからこそマスターには結んで欲しい」
セナドゥースの話では、マスターとリンクが切れている状態だと力が発揮できないらしい。そして、穢れに犯されていて自分で魔力の回復ができないそうだ。
その分の魔力を、リンクした陽二からもらいたいのだ
「職業を変えるまで魔力が吸われていたんだけど……その事?」
「それは違う、この部屋が吸っているんだ。そしてボク達に魔力を供給している。唯が扉を壊す前は部屋に憑いていた穢れと戦うために吸っていたらしいね。勘違いしているようだから言っておくけど、今現在も吸われているからね?
でも、リンクすれば直接ボクに送られてくる。その方がロスもないし、できる事も増えると思うんだよ。
それと、マスターとボクの信頼はゼロだから、ボクに魔力を送って信頼を勝ち取って欲しい。管理者設定も緩くしないと駄目だよ?」
「あーなる程。おまえ……セナドゥースの信頼。つまり、親密度を上げろって事か? ギャルゲーかよ! だが分かり易くていいな! 分かった、任せろ」
ドンと胸をたたいてみた
「理解してくれて助かるよ。それじゃあ始めようか」
陽二はセナドゥースに近づき、胸の上で組まれている両手を自分の手のひらで包み込む
「魔力を送るのって、どうすればいいのかな?」
叡智の玉と同じようにすればいいのかと思ったが、念のため聞いてみた
「こっちでやるから、そのまま待ってて。あ、ボクの顔でも見ながらボクの事だけを考えていればもっといいかな」
陽二は言われた通りセナドゥースの顔や体を視姦し始めた。
人形みたいなきれいな顔、艶のある黒髪が体の下に広がっていて、どことなく神秘的な物を感じる。
身長は150センチ程だろうか? 肩を露出した高級そうなドレスを身にまとっている。
よく見ると、おなかの部分にモヤモヤしたものがある。これが穢れなのだろうか?
靴はドレスと同じく黒色のヒール
乳は存在を主張できる程度はある。
Bくらいかな?
「ボクの事を考えてて! とは言ったけどさぁ……マスターはエッチだね」
セナがそう言ったのと同時に、何となくだがセナとつながったのを感じた。
説明はしずらいが、自分の中にセナドゥースが住み着いた様な、振り向けばすぐ後に着いてきている、そんな感覚だ。
「マスターどんな感じがする?」
「んー説明しにくいけど、身近に感じるのは間違いないよ。背後霊?」
「背後霊!? まあ、それなら良かった。ボク達の相性は悪くないと思うから、これからよろしくね」
「ああ、こちらこそ」
「少しだけプレゼントをあげる。時間を使ってみて」
時計は既に使っている。セナに言われた通り時間を使ってみる。
「あれ? 変だな……」
17:47:10➡17:47:12
00:00:00➡00:00:06
上が現在の時刻、下がストップウォッチの様に時を刻んでいるのだが、秒数がズレてきている。
違う。下が正常で、現在時刻の進むスピードが遅くなっているのだ。その差、およそ3秒
「気づいた? その時間、マスターにリンクして分かったけど、それが隠された能力らしいよ。今はこの部屋にいる間しか使えないけど、この部屋の時間は外の3倍になったよ」
「どういう事? 説明を求める」
「この部屋で3日過ごしても、外では1日しか経過していないってこと」
漫画かよ! あったなそういう部屋……
「すごいね、ありがとう」
「礼はいらないよ? でも眠ったらこの部屋に呼ぶ事もあるから、なるべく一緒にいてね! マスター」
全く動く気配のないセナを見ていると、退屈な時間になるだけなのでは? と考えたのは秘密だ
「リンクしているから、考えていることはバレバレなんだけどね…」
と、部屋から声がする
「何だと? 隠し事ができねぇ……」
「次は唯の番だよ」
なりゆきを見守っていた唯、急に話を振られてちんぷんかんぷんだ
「妾の番? 何の事じゃ?」
「管理者なんだから、マスターと契約しないと」
「嫌じゃぁ! 司以外と近しい仲になれるわけないじゃろ!」
『おい! なに言ってんの?』と唯さんの顔に書いてある。まぁ気持ちは分かるけど…
「それより妾を管理者から外せばよいのじゃ!」
そりゃそうだ。しかし、まだイタズラもしていないのに逃がしてなるものか!
と、そこにセナの声が聞こえる
「一度でも管理者になったら、死ぬまでそのままだよ? (ウソだけどね)」
「なんじゃと…」
真っ白になった唯にいろいろと説明を始めるセナドゥース。
その途中に口走った言葉『マスターは、司っちに箪笥が戻るまでの代理だよ? ガマンガマン!』を聞いた陽二は、とても大きな精神的ダメージを受けていたのだ
「俺の扱いひどくない?」
当然のごとく2人は聞いていなかった!
「無理ゲーぽくね? 本当に親密度は上がるのかしら?」
陽二の独り言は二人に届くことはなかった。
*
「それで、どうすればよいのじゃ?」
「まず、マスターと手を握って」
「まあ仕方がないの、ほれ」
唯はイヤイヤながら手を差し出してきた。
握手? 別に嫌ならいいのよ? なんなのその表情は、アタシはバイ菌なの? 陽ちんショックで帰りたい。むしろ帰して!!
「早くするのじゃ!」
「は、はい!」
なんだよ、こんちくしょう
唯の手を取り握手する。
なに、この子の手。すべすべしっとり、やわらかくて温かいし、よく見ると唯さんってきれいだなぁ
ささやかなお胸だけど…
目元とか桜に似ているな。桜も大きくなったら、こんな感じになるのかなぁ? 絶壁だけど…
「ププ!」
おっとお嬢さん、心を読んじゃあ駄目ですよ?
「読まれない様に考えないと、マスターはダダ漏れだし。でも、ウソをつけないから好印象!」
「親密度が3ポインツくらい増えた?」
「増えた、増えた!」
ケタケタと少女の声で笑い声が響く
「セナドゥースはそっちの声の方がいいな! 少年っぽいのは止めてくれ」
「あ、う、うん」
「早くするのじゃ!」
唯は自分だけ、のけ者にされた様な気がしてうかんむりらしい
「ねえ、セナドゥース」
「セナでいいよ、愛情を込めて呼ぶこと!」
「はいはい。代理だもんね。それでセナ? どうすればいいのかな?」
セナドゥースはイタズラ心を込めて、ウソの契約方法を告げる
「唯は初めて契約するんだから、マスターとチューをするんだよ」
唯は顔を真っ赤にして陽二の手を振りほどくと、ベッドのセナドゥースにつかみかかった
「謀ったな! ということは……おまえは、司とち、ちすをしたのか?」
セナドゥースは唯の言葉に耳を貸さず、追撃する
「先にボクを売ったのは誰だっけ?」
「はて、なんのことじゃ?」
「なんだったかなぁ? 確か……
『ピチピチの娘が付いてくるぞ? それも眠っていて起きない! 触り放題もみ放題じゃ! なんなら、脱がして好き放題にしてもいいのじゃぞ?』
とか言ってたよねぇ」
「あ、あれは、陽二に押し付けるための策じゃ」
「マスター! お仕置きターイム!」
実に楽しげな声だ
だが、セナの言うとおりだ! 騙した罰を与えねばなるまい。決してエロい考えではない!
陽二は唯の管理者項目を開くと、素早く命令服従にチェックを入れた。
「お座り!」
唯は抵抗できないらしく、かわいく女の子座りをする。
しかし鋭い視線で陽二をキッと睨みつけ、陽二はめっちゃビビった!
怖いよ唯さん!
項目を開き、マスターに対して害を成す項目を全てチェックした
「セナ、本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ちゃちゃとお仕置きをしちゃって!」
陽二は腹を決めた!
俺は鬼教官になる!
と決めたものの、あとが怖いので、軽めにお仕置きをする事にしたヘタレの陽二であった。
*
まずは……
「お手!」
「んっ」
と、顔は怖いままだが、唯は言われた通りお手をした
「おかわり!」
「ん」
睨んだまま、お手をする唯
ほう、なかなか従順ではないか!
「ちんち……」
は止めておこう。あかんやつや……
「はーい、それじゃあ唯にゃん。笑顔! 目が怖いですよ? 笑って!」
「誰が唯にゃ……にへ~」
「アハハハ! 唯にゃん、唯にゃんて、アハハハ!」
その笑い声に唯が文句を言おうとしたところで、またもや笑顔が発動!
それを見たセナドゥースは大爆笑!!
相当恥ずかしいのか唯の顔は真っ赤っか。
怒ってないよね? そろそろ止めた方が良いのかもしれない
「ねぇマスター」
「なに?」
「ボクにも命令させてよ」
セナにも1度くらい命令をする権利があるよね?
「あまりむちゃ振りしたら駄目だよ?」
「分かってるって、遊びだよ。あ・そ・び」
「ん~じゃあ唯にゃん。セナの命令を聞くこと!」
「嫌じゃぁぁぁ!」
*
「よ~し。それじゃあ唯、土下座!」
唯は、女の子座りから正座に移行しようとしている足を必死に掴んで止めている……しかし逆らえなかったようだ。
「ボクに謝って!」
「ご、ごめ、ごめ、んんん」
唯はめちゃくちゃ抵抗していた
「ごごごご、めめんめんちゃい」
「しっかりと! ちゃんと謝って!」
「むーーーーじゃ!」
土下座のまま両手を自分の口に押し当て、大理石の様な床にものすごい力で押さえ付けている
すげぇよ! そこまで謝りたくないか? 逆に感心するわ…
陽二の脳裏に、オナニーしているのを親に暴露した姉が、かたくなに謝ってくれなかった事が蘇った。
姉に見られたのは1回や2回ではない。なぜかピンポイントでドアを開けてくる姉。
もしかして……分かっていて開けていたのか?
陽二は無性に姉へ問いただしたくなって帰りたくなった!
「もういいだろ、終わりにしないか?」
「まだまだ! お楽しみはこれからだよ? 逆らえなくなるまで徹底的に躾ておかないとね!」
セナは完全に暴走気味だ。ここで止めておかないと、あとで俺がヤバイ!
「ちょっと待て、俺の話を聞いてくれ。俺の国の有名な話だ!
ある男が3両入った財布を拾った」
「3両ってなに?」
「お金の事だよ。3両=金貨3枚って考えてくれれば良いよ。
話を戻すとだ、その財布を拾った男は奉行所、まあこの国で言えば王様でいいか、王様に届けたんだ。
そこには財布を落とした男も来ていて、拾った財布を渡したんだけど、落とした男は財布は受け取るけど中身の3両は拾ってくれた礼に全部やるって言いだして『金はやる』『金は受け取れない』のケンカが始まったんだ」
「馬鹿じゃないの? 拾って届けたんだから報酬でもらっちゃえばいいのに」
「いやいや! 待ってくれよセナさんよぉ。ここからが名奉行の『三方一両損』の始まりってもんよ! 名奉行が自分の財布から1両取り出す。3両と合わせて4両だ! さあ、どうしたと思う?」
「どうでもいい、唯を屈服させるのに忙しい」
「おっと! 本当にいいのかい? 名奉行だぜ、すげーいい話よ? この話で飯3杯はいけるってもんよ!」
「はぁ、じゃあ話して」
「お、さすがのセナさんも名奉行の話を聞きたいってか? よーく聞けよ。財布の持ち主と拾い主に2両ずつ渡したんだよ!
持ち主は、そのまま受け取っていれば3両だったのが2両になって1両の損!
拾い主は、そのままもらっておけば3両だったのが2両になって1両の損!
名奉行も財布から1両出したから1両の損!
どうよ? すごいだろ?」
「すごいねー(棒)、それとこの状況と何の関係があるの?」
「つまりだ! 少しマイナスなくらいで許しておけば、みんなが丸くおさまるって話だよ。だからもう止めようか?」
「財布を落とした男は間抜けで1両損している。財布を拾った男も届けたばっかりに1両損している。名奉行? も1両の損。でもそれってさ、拾った男は2両得しているんだよね? 元からなかったお金が手に入ったし。見方を変えれば、財布を落とした人もゼロから2両と財布が戻ってきているし、得しているよね? 損しているのって名奉行だけじゃない?」
「違うだろ、名奉行にケチ付けんなよ!」
「でも、今の話を聞いて分かったことはあるよ。拾ったら届けずに3両もらって、財布も売り飛ばせばいいんだ。だから、唯にも徹底的に仕返しして売り飛ばせばいいんだね!」
「いや、違うから。俺の例えチョイスが悪すぎた。今の話は忘れてくれ、違うの用意するから」
「いや!」
セナは、まだまだやり足りないらしい。唯さんも悪かったとはいえ、もういいだろう。
唯の管理者項目を開きながら
「唯にゃん、セナの言うことはもう聞かなくても……」
あれ? 全ての項目が『□』になっている。それに『■』へ変える事ができない。何が起こっているんだ?
そう思っているうちに、管理者項目にアクセスできないようになってしまった。
陽二は首筋に鎌を当てられている様な感覚に襲われた
恐怖を感じて唯を見てみると、セナドゥースからの命令に耐えているのか、手でふさいだ口を床に押し付けた体全体が小刻みに震えて……いる?
違った。
唯はゆっくりと顔を上げた。
口元が大きく、三日月の様にゆがんでいるのが見えた
これはあかん。大魔神様がお怒りになっておられる。
唯が何をしたのか分からないが、管理者としての強制力を何らかの方法で破ってみせたのだ。
それは、管理者項目が通用しなくなった事を意味していた。




