9.恋の邪魔をする背後霊
結局おれは風俗店へ行くこともできず、アダルトDVDを見ることもできず、相変わらず一人でこっそりと布団の中でシコシコして欲求不満を解消するという情けない日々を過ごしていた。ところがそんなある日、大学時代からの友人のヒロアキから電話がかかっていた。ヒロアキは全国規模の学習塾を運営する会社に勤めていて、おれはときどきそこの通信教育の添削指導の仕事を回してもらっていた。
「よう、元気か。彼女と別れたんだってな。一人暮らしも気楽でいいもんだろ。エロい動画も見放題じゃないか」
きつい皮肉を言うやつだ。おれも皮肉で返してやった。
「ああ、おかげでこれまでにないほど充実した日々を送ってるさ。毎日楽しくて楽しくて涙が出るぜ」
「そりゃよかった。だがたまにはリアルの女とも会ってみる気はないか。実はな、今日の夕方に合コンをするんだが、急にメンバーが一人行けなくなっちまって、男の人数が足りないんだ。どうせAV鑑賞以外にやることもなくてヒマなんだろ」
口は悪いやつだが、なんていい友人なんだ。おれは内心のうれしさを隠して返事した。
「うーん、おれもいろいろと忙しいんだが、まあいつも仕事を回してもらってるおまえからのたっての頼みとあれば、断るわけにもいかないしな。しかたない、参加してやるよ」
「じゃあ今日の六時、○○駅前の△△でな。カワイイ子が来るから楽しみにしてろよ」
ヒロアキがカワイイというのはあまり当てにならないが、久しぶりにリアルの女の子と話ができると思うと、夕方が待ち遠しくなった。
ヒロアキからの電話を切ってニヤニヤしていると、シズさんが話しかけてきた。
「お見合いのお話ですか。よかったですわね」
「見合いじゃないよ。合コンだよ」
「あら、何人かで合同でお見合いをなさるのを合コンというのではございませんの? がんばってくださいね」
おれは全身の力が抜けたが、シズさんは明治の人なんだからしかたがないとあきらめた。
「でもどうせシズさんもいっしょに来るんだろ」
「あら、当然ですわ。わたくしは背後霊なんですもの。でもご心配はいりません。わたくしは他の男の方々には姿は見えませんから、口説かれることはございませんわ。おほほほほ」
おれは何となくいやな予感がした。
合コンの参加者は男女四人ずつで、男はあとの二人はヒロアキの会社の同僚で、女はそこでアルバイトをしている女子大生とその友人たちだった。どの子もかわいかったが、その中でもおれはルナちゃんという子が気に入った。お嬢様っぽい、おしとやかな感じの子で、おれなんかが相手にしてもらえるだろうかと気後れしたが、気さくに話をしてくれて盛り上がった。これはイケると思い、おれはメアドを教えてもらおうとして、自分のプライベート名刺といっしょにメモ帳とペンを差しだした。するとそのとき、突然耳元で大きな声がした。
「その女はいけません!」
シズさんだった。おれは驚いてあたりを見回した。他の人たちには何も聞こえていないようだ。おれはルナちゃんに名刺とメモ帳とペンを渡した。
「いけません!」
またシズさんの声がした。いつもと違う、初めて聞く厳しい調子の声だった。ルナちゃんはおれの驚いた表情を見て怪訝そうな顔をしたが、メモ帳にメアドを書いて返してくれた。そこでおれはトイレに立った。洗面所の鏡に映ったシズさんは、これまで見たことのないような怒った顔をしていた。おれは訳を聞きたかったが、ひっきりなしに人が通るので、家に帰ってからゆっくり話をすることにして、おとなしく元の席に戻っていった。