8.勧められて風俗店へ行く
シズさんはやさしいしかわいいし、恋人にするには申し分ない女なのだが、一番の問題は彼女が幽霊だということだ。幽霊だからその肌に手で触れることもできないし、ハグすることもキスすることもできないし、もちろんエッチすることもできない。そんなわけで、おれは悶々とした気持ちで毎日を過ごしていた。
そんなある日、とうとうシズさんはおれにこんなことを言った。
「遊郭で遊んでいらしてはいかがですか。わたくしに遠慮はなさらないでくださいな。男の方にはそれも必要なことですもの」
なんて物わかりのいい女だ。明治時代だったら男にとってこれほど理想的な女はいなかったにちがいない。
「でも遊郭なんて、今の日本にはないんだよ」
おれがそう答えると、シズさんは言い直した。
「あら、そうでしたわね。今はええっと、たしか健康ランド、いえヘルスなんとかとか、石鹸の、ええっとソープランドとかいうんでしたね。あなたが童貞をご卒業なさったのも、そういうところではございませんでしたかしら」
「そのことはもう言わないでくれって、あれほど頼んだだろおおおっ」
おれは頭を抱えて叫んだ。あのときに生まれて初めての快感を味わったのもたしかだったが、同時にその後しばらくの間、ひどい自己嫌悪感に悩まされた。どちらかというと思い出したくない体験だったのだ。しかし考えてみればシズさんの言うことにも一理ある。このまま布団の中でシコシコしてばかりいるのも虚しいではないか。幸いにしてシズさんの不思議な能力のおかげか、ここ数日けっこう臨時収入が入っていた。おれはお言葉に甘えて、思い切って夜の繁華街へと出かけることにした。
風俗店が軒を並べる地帯に入ってみると、おれはなんとも気持ちが落ち着かなくなった。一時間ほどうろうろと歩き続け、とうとうある店の前を通りかかったとき、耳元でシズさんの声がした。
「このお店なんかいかがですか。わりと良心的なところのようですわよ」
おれは心を決めて、その店の自動ドアをくぐった。すると中に入ったとき、壁の鏡に自分の姿が映っているのが見えた。おれの左肩の上では、シズさんがいつもと同じように静かに優しくほほえんでいる。それを見て、おれはシズさんに対して急になんだかとても申し訳ないような気持ちになってきた。おれは立ち止まり、いつの間にか向きを変えて店の外へ飛び出し、走り出していた。なぜだか目から涙がこぼれてきた。おれは溢れ出る涙をシャツの袖で拭いながら、駅までの道を走った。
自分の部屋に帰り着くと、おれはしゃくり上げて泣いた。やがてシズさんが優しい声で、おれの耳元でささやいた。
「やっぱりあなたは、あの方に似ていらっしゃいますわ」
その言葉を聞いて、おれはさらに大きな声を上げて泣き続けたのだった。