6.シズさんの過去
翌日の夜、おれがパソコンを見ているとシズさんが左肩の後ろから話しかけてきた。
「わたくしに遠慮なさらなくてもよろしいのですよ」
「え、何のこと?」
おれはすぐには意味がわからず、そう問いかけた。
「ですから、大量にお持ちの殿方向けDVDですよ。毎晩、鑑賞なさってたんでしょ。遠慮なくご覧なさいな。わたくし、目をつぶっていてさしあげますから」
おれはのけぞった。たしかにおれはこのところ、毎晩のようにそれにお世話になっていたのだ。
「やれやれ、こんなときはシズさんが若い女性でなければよかったのに、と思うよ。せめてもっとおばさんか、おばあさんだったら、おれもそんなに恥ずかしいとは思わないんだけど」
「しかたありませんわ。幽霊は死んだときの年齢で止まってしまうのですから」
シズさんはしみじみと言った。おれはふと気になったことを質問した。
「シズさんは何歳で亡くなったんだい?」
「二十二歳のとき、満でいえば二十一歳のときですわ。肺結核でした。結婚の約束をした相手もいたのですが、病気のために破談になりましたの。その方は、それでもわたくしと結婚したい、とおっしゃってくださいました。とってもいい方でしたわ。でも親御さんは猛反対でしたし、わたくしもその方には幸せになってほしいと思いましたので、こちらから破談を申し入れました」
おれはシズさんのことが少し気の毒になってきた。若い幽霊ということは、若くして亡くなったということなんだ。しかも思いを寄せる人の幸せのために、自分から身を引いたのだ。おれはシズさんが好きだったという相手の人にも興味を持った。
「じゃあ、その人はそれからだれか他の人と結婚して、幸せな人生を送ったんだね」
「いいえ、その方は婚約が破談になるとすぐに志願して日露戦争に出征して、旅順で戦死なさいました」
その言葉で、シズさんが明治時代の人だったことがわかった。そういえば、夏目漱石の『こころ』に出てくる先生の奥さんの名前もシズさんだったような気がする。
「その方はあなたによく似ていらっしゃいますわ。ですから、わたくしはあなたの背後霊になって、命に代えてもあなたをお守りすると心に決めましたの」
幽霊でもう死んでいるのだから、命に代えてもというのは矛盾しているが、おれはなんだかすごくうれしかった。そして、おれがシズさんを背後霊として買う羽目になったのも、シズさんが仕組んだことだったんだなと思った。
「わたくし、あの方が出征なさる前の夜、一度だけ抱いていただきましたの。ですから、男と女がどんなことをするのかは、わかっておりますわ。恥ずかしがらずに気兼ねなく、殿方用のDVDをご覧なさいましな」
シズさんは明るい声でそう言ったが、おれはなんとなく何か神聖で清らかなものを汚してしまうような気がして、DVDを見る気にはならなかった。そうしてその夜はそのままおとなしく寝ることにしたのだった。