5.同棲生活が始まった
こうしておれはシズさんを後ろに背負って、といっても重さもなければ背負っているという感覚もなく、鏡を見なければ姿も見えないのだが、とにかく自分のアパートの前まで帰ってきた。
鍵を開けて中に入ろうとしたとき、おれはふと思い出した。別れた彼女が最後に部屋にやってきたのは三週間も前のことで、いま部屋の中はとんでもなく散らかっていて、若い女性に見られたらヤバいようなものがいろいろと出しっぱなしにしてある。おれは焦った。
「シズさん、ごめん。ちょっとここで待っててくれる? いそいで部屋を片付けてくるから」
「あら、そんなことおっしゃっても無理ですわ。わたくし背後霊なんですもの。あなたの背中から離れることはできないんですの」
そうだった。だがちょっと待てよ。ということは、おれはこの女に自分の恥ずかしい私生活を全部見られるってことか。しまった、やはり店員が最初に言ったとおり、年寄りの爺さんの背後霊にすればよかったか。そう思ったとき、また左肩の後ろで声がした。
「わたくしは幽霊ですから、部屋の中に足の踏み場がなくても、ちっとも問題ありませんわ。中古の大安売りで大量にまとめて購入なさったアダルトDVDが散らばっていても、わたくし、いっこうに平気ですわよ」
この女はすべてお見通しなのだ。おれはため息をついて、自分の部屋の中へ入っていった。
部屋の中は惨憺たるありさまだった。カップ麺の空の容器にビールの空き缶、使用済みのティッシュペーパー、それにシズさんが言ったとおり、中古の格安価格でまとめ買いした大量のアダルトDVDが、足の踏み場もないほど散乱していた。これらのDVDは、彼女が部屋に来なくなった三週間前からずっとお世話になっていたものだった。しかたなくおれは一人で部屋の中を片付け始めた。ふと壁に掛かった鏡を見ると、シズさんは相変わらず穏やかに微笑んでいる。おれはとてつもなく恥ずかしい気持ちになった。
部屋の中がだいぶ片付いてきたとき、おれは便意を催してきた。トイレのドアを開けて中に入ろうとしたとき、おれは重大なことに気がついた。
「ま、まさか、トイレの中までいっしょってこと、かな?」
「あら、あたりまえですわ。わたくし背後霊なんですもの。なにも恥ずかしがることはございません。人間はだれだって御手洗に行くじゃありませんか」
「じゃ、じゃあ、せめて目をつぶっていてくれ。それくらいならできるんだろ?」
「わかりました。でもわたくしは幽霊ですから、目をつぶっていてもすべて見えてしまうのですよ」
それでも少しは気休めになる。便意はもうかなり苦しいところまで達している。おれはシズさんが目をつぶっていてくれていると信じて、なんとか用を済ませた。
こうしてシズさんという背後霊の女との奇妙な同棲生活が始まった。幽霊とはいえ若くてかわいい女といっしょに暮らせるのはうれしいが、こんな恥ずかしい姿まで全部見られてしまうような生活がこれからずっと続くのかと思うと、おれはひどく複雑な気持ちになった。