2.お買い上げありがとうございます
その部屋の中は狭くて薄暗かった。入った瞬間、額のあたりがひんやりとした。勧められるままに近くのパイプ椅子に座ると、店員の女が尋ねた。
「男性のご老人の背後霊と若い女性の背後霊とが入荷しておりますが、どちらがよろしいですか」
「若い女性の背後霊でお願いします」
おれは即座に答えた。すると店員はちょっと意外そうな顔をした。
「そうですか。お年寄りの背後霊の方が人生経験豊かで、困ったときや迷ったときに的確なアドバイスを下さいますので、圧倒的に人気が高いのですが、その分お値段も高くなっておりますしね。まあ、価値観も人それぞれですから」
いや、値段どうこうじゃなくって、何を好きこのんで老いぼれ爺さんの背後霊を背中に背負わなきゃならないんだ。若い女がいいに決まってるじゃないか。そう言い返したくなったが、どうにか思いとどまった。すると店員は金庫のような厳重な保管庫のところへ行き、ダイヤルを回して重そうな扉を開けると、中から木の箱を取り出した。それをテーブルの上に置き、箱の蓋を開けると、中には薄紅色の骨壺のようなものが入っていた。
「この壺を両手でお持ちになって、額にそっとくっつけてください」
おれは言われたとおりにした。
「目を閉じて、心を集中させて、三分間そのままお待ちください」
その三分間、おれは自分がどこか別の世界にでも入り込んだような、不思議な感じがした。
「チューニングが終わりました。壺をテーブルの上に置いてください」
店員の声で、おれは現実に戻った。店員はおれが置いた壺を手に取ると、壺の蓋を開けた。すると中から白い煙のような、水蒸気のようなものが立ち上り、やがてゆっくりと若い女の顔の形をなしてきた。なんだか3Dの映像を見ているかのようだ。静かに微笑むその女の顔は、清楚で少し古風ではあるが、とてもかわいらしかった。
ぼーっとして見とれていると、店員が話しかけてきた。
「いかがですか。お気に召しましたか」
「はい、とても気に入りました。でも高いんじゃないですか?」
おれは自分の財布にいくら金が入っているか、気になった。
「消費税込みで81501円でございます。申し訳ありませんが、カード不可で現金一括払いのみとなります」
その値段が高いのか安いのか、さっぱりわからなかったが、とりあえず財布の中を確認してみた。すると驚いたことに、ちょうど81501円の金が入っていた。今月分の生活費をATMで下ろして、財布に入れていたのだ。それにしても金額がぴったりだったのは、いったいどうしたことなのだろう。不思議でしかたがなかったが、もう買うという選択肢しか残されていないように思われた。そして気がついてみると、おれは財布の中の全財産である81501円を店員の前に差し出していた。店員は礼を言った。
「お買い上げありがとうございます」
このとき初めて、おれはこの青白く生気のない顔の彼女が微笑むのを見た。