11.猪飼レイに関する意外な事実
結局ルナちゃんには、急用ができたので行けなくなったとメールを送った。まさかとは思うが、シズさんが一人で先にアパートに帰っているのではないかという気もして、おれは急いで電車に乗った。
アパートに戻って部屋に入り、すべての鏡を見てみたが、やはりシズさんの姿は映っていなかった。
「シズさん、おれが悪かった。ルナちゃんには決して会わないから、出てきてくれ。たのむ」
おれは壁の鏡の前で土下座して謝った。しかし何の返事もなかった。
おれはふと思い立って、シズさんを買ったあのペットショップへ行ってみることにした。ところが商店街へ行ってみると、その場所は空き店舗になっていた。おれは隣のケーキ屋のおばさんに尋ねてみたが、そこはもう三ヶ月前から空き店舗になっていて、その前はペットショップではなく洋品店だったという。いくつか他の店の人に訊いてみてもやはり同じで、そもそもその商店街にはペットショップなど今もないし過去にもなかったという答えだった。
そこでおれは、その商店街で仕事上つきあいのある唯一の人物に話を聞くことにした。それは「えびす屋」という古道具屋のおやじで、最近リサイクルショップ・ブリームなどというわけのわからない店名に変えたらしいが、どうみても外見も中身もやはり古道具屋なので、おれはいまだに「えびす屋」と呼んでいる。
えびす屋のおやじの答えも他の人たちと同じで、やはりあのあたりにペットショップなどはなかったという。しかし、おれが店員の猪飼レイの名前を出したとき、おやじは思い出したように言った。
「そういえば、あの空き店舗のあったところには戦争前には大きな老舗の呉服店があって、その旦那さんがたしか猪飼さんといったはずだ。ずいぶん羽振りがよかったらしいが、戦後に店をたたみ土地を売って出て行ったらしい。おれの親父からそんな話を聞いたことがある」
おれは身を乗り出した。
「もっと詳しいことはわかりませんか」
「そうだな、親父なら何か知っているかもしれん。八十五歳だが、まだ頭もしっかりしていて口も達者だ。会ってみるか」
おれは会わせてもらうことにした。
「ああ、猪飼さんのことか。ガキの頃、そこんちの子どもとよく一緒に遊んだもんだ。そういえば、たしかそいつのおばあさんがレイという名前で、婿養子を取って女の子を産んだんだが、産後すぐに二十歳ぐらいで亡くなったと聞いたことがある。そのとき生まれた女の子というのがそいつの母親なんだが、一人っ子だったからやはり婿養子を取ったんだ」
おれは呆然とした。あの店員はそのレイさんの幽霊だったのだろうか。そこでおれはふと思いついたことを訊いてみた。
「もしかして、シズさんという名前には記憶はありませんか?」
「シズさんねえ、うーん、聞いたことはないな」
おれは落胆した。しかし猪飼レイに関する意外な事実に、おれは混乱した頭のままアパートへ帰っていった。




