1.奇妙なペットショップ
その日おれは、二年半つきあっていた彼女に別れを告げられてしまった。他に好きな人ができたと言われたのだ。しかたない、とおれは思った。なにしろ大学を卒業しても定職に就かず、ぶらぶらしているのだから。いや、実を言うと大学卒業後すぐに一度はちゃんとした会社に就職した。世間的には一流と言われる名の知れた商社の総合職だった。しかしすぐにおれは、自分が組織の中で生きていくのには向いていないことを悟った。そうして一ヶ月で会社を辞めた。
それ以来、小中学生の通信教育の添削指導アルバイト、古本のせどりにリサイクル品のネットオークション売買、めったに売れない怪しげな情報商材の制作販売、さらには大学生のレポートの代筆といった闇の仕事など、いろいろとわけのわからない仕事を掛け持ちして、なんとか食いつないでいるようなテイタラクだった。彼女は結婚願望が強かったようだが、おれの今の状態では結婚などとうてい無理で、だから愛想を尽かされても、文句は言えないのだ。
そんなわけで、おれはとても惨めな気持ちで、帰り道の商店街を下を向いてとぼとぼと歩いていた。そのうち通行人とぶつかりそうになり、あわてて避けると、その拍子にすぐ横にあったペットショップの看板が目に付いた。こんなところにペットショップなんてあったっけ、と思ったが、おれは何となくその看板に惹きつけられた。そうだ、どうせ部屋に帰っても一人で寂しいだけだから、猫でも飼おうか、という気になった。猫ならば布団の中に入れて、一緒に寝ることもできる。人間の女の柔肌の感覚とはだいぶ違うだろうが、一人で寂しく寝るよりはずっといい。それに何よりも、誰もいない真っ暗な部屋に帰ったときの、あの寂しさや虚しさを味わわなくてもすむのだ。
店内はなぜか薄暗かった。中には長い黒髪の若い女の店員が一人いるだけだ。青白い顔のほっそりとした女で、黒っぽい服を着ていて、おれが入るといかにも元気のなさそうな声でゆっくりと、いらっしゃいませ、と言った。あ、ああ、どうも、という感じでおれは店員に軽く会釈をして、ケージの中にいる子猫たちを見て回った。どの猫もかわいいのはかわいいのだが、店員と同じくなぜかみんな生気がないように見えた。ここで猫を買うのはよそうかと思い始めたとき、店員が生気のない声で話しかけてきた。
「お客様、本日は久しぶりにハイゴレイが入荷しておりますが、いかがですか。めったにないチャンスですよ」
聞いたことのない言葉だったので、おれは店員に尋ねた。
「ハイゴレイ、ですか。それはどんな種類の猫なんですか」
「いえ、ハイゴレイはハイゴレイです。人間に取り憑いて守ってくださる霊には守護霊、指導霊、背後霊の三つがございますが、お客様は背後霊はまだお持ちではないようですね。それはとても不幸なことです。ぜひこの機会にお求めになってはいかがですか」
それを聞いておれはやっと、ハイゴレイというのが猫の種類ではなくて幽霊のことらしいというのを理解した。最近はペットショップも売れなくてなかなか大変だから、スピリチュアル関連グッズまで販売しているのかと感心した。おれはその「背後霊」とやらがどんなグッズなのか気になった。
「おもしろそうですね。とりあえずどんなものか見せていただけませんか」
そう答えると、おれは奥の別室へと案内された。