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反魂ごっこ  作者: アザとー
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 その間にも淳子は少し興奮した様子で早口にまくし立てていた。

「あの子は、あなたが作ったっていう反魂ごっこで生き物をよみがえらせて歩いてるんです。ペットの小鳥とか、金魚とか、そういう奇跡を目の前で見せられた子供たちが、ああやって信者になって、彼女の回りに集まっているんです」

「まさかぁ、死んだ者が生き返るなんて、なんかインチキがあるんでしょ」

「知りませんよ、あなたが作った呪文でしょ、あれは!」

「だからインチキだって言い切れるんですよ。あんな呪文じゃ……生き返らなかった、何も」

「でも、鬼頭ヤヨイは生き返らせた!」

「だから、それがわからない。一体、何者なんですか、その子は」

「『鬼』ですよ、あの子は」

 ふいと横を向いた彼女の肩が小刻みに震えているのをみて、大樹は悟った。この女教師はおびえているのだと。

 幽霊の正体見たりの言葉があるように、人のおびえというのはありもしないバケモノの影をまぶたの裏に作り出す。だから、彼女がおびえているのなら居もしない『鬼』の姿が見えて然り。こういった相手に強い否定の言葉を吐いては妄想に囚われた心をさらに追い詰めてしまうものだと、大樹は母との生活で思い知らされてもいる。

 だから大樹の言葉は優しい。

「確かに、見た目には恐ろしい遊びですね」

 子供たちはちょうど歌の最後の小節を歌い終わるところだ。

「後ろの正面だぁれ」

 輪が、ぴたりと動きをとめた。

 ここからでは鬼の姿は見えない。だが、輪の中心から白くて華奢な手がすうっと伸びるのは見えた。その手は後ろの正面に立った子の胸からほおずきを引きちぎり、再び引っ込む。

 子供たちの輪からはかなり離れているというのに、ほおずきを咀嚼する音が聞こえる気がした。

「いや、本当に恐ろしい遊びだ」

 大樹が思わずつぶやくと、淳子が驚いたように目を見張る。

「信じてくれるんですか? あの子が鬼だって」

「鬼かどうかは知りませんけどね、少なくとも俺は、あの歌にあんな恐ろしいアレンジを加えた覚えはない」

「ほおずきのことですか?」

「そう、あれは『代え魂』でしょう」

「なんです、その、カエダマって」

「生贄となった者の魂の代替として捧げる供物ですよ。つまり、ああして体に近いところに下げておくことによって生贄の血肉の一部だということを具象化している。これを奪うことによって、生贄の魂の一部を奪う行為と同等だとみなす、いわば魂の代用品ですよ」

「詳しいんですね」

「元は民俗学者を目指していたので、大学のときの恩師の受け売りですよ」

 大樹の背筋にも、蹴り上げるような寒気が走った。

 あの輪の中心にいるのは、もしかしたら本当に鬼なのではないだろうか。耳まで裂けるような口元をもしゃもしゃと動かし、今奪ったばかりの『代え魂』を貪り食っているのではないだろうか。皮膚を裂くようにオレンジ色の薄皮を開き、その中心に――人間であれば生命を司る器官である心臓に当たる丸い実に牙をつきたて、汁の一滴も残さぬようにじゅるじゅるとすすり上げて……

「まさか、そんなわけは……」

 夢想を払おうと首を振る大樹を、淳子が不安そうな面持ちで見上げている。

「あの、ともかく、こんな怖い遊びはとめたほうがいいですよね?」

「そうですね、俺が言ってきましょうか?」

「いえ、自分で行きます」

 大樹は見た、彼女が恐怖に震える体を押さえ込むようにきゅっと縮み込んだのを。そして、その姿を美しいと思った。

 この女性はひどく臆病であると同時に、教師としての責任感にあふれた強い女性だ。だから今、彼女の身の内では心の弱さと強さとがない交ぜになって闘っているに違いない。その逡巡が美しいと思ったのだ。

 しかしそれも一瞬で、すぐに身を起こした淳子は気合を入れるかのように大きく肩を揺らした。

「ぃよし!」

 無駄に大きな声を出したのも、自分を奮い立たせて恐怖を振り払うためのまじない的行為なのだろう。すっかりとりりしい、実に教師らしい顔つきになった彼女は校庭へと歩みだす。

 凛とした声が校庭に響いた。

「こら! その歌は歌っちゃだめって言われてるでしょ!」

 気の強そうな声は身を震わせるほどの恐怖を飲み込んでのもの――つまりは虚勢。それを知っているからこそ、大樹は彼女のあとを追って校庭へと下りる。

 子供たちが驚いたように輪を崩す。そこに駆け寄った淳子の背中は妙に小さく見えて、白いカットソーが朝の光を返して真っ白にかすんでいるのが頼りなかった。

 少し遅れて子供たちの中を覗き込んだ大樹は、輪の中心に座っていた子供を見て「あっ」と声をあげる。

「君は!」

 真夜中のコンビニの前で出会った少女だ。胸の前で軽く手を合わせているのは、おそらくあの中に白い小石を大切にかかえこんでいるからだろう。

「きみが『鬼頭ヤヨイ』か」

 名前を呼ばれた少女は大樹を見上げ、ひどく無邪気に笑った。

「あら、ゆうべのおじさん」

「おじさんじゃない、先生だ」

 少し強い口調でしかりつけながら、大樹が最初に目を落とした先は少女の足元に描かれた黒い影だった。

 朝日のせいで影は黒々としている。しかしそこから何かの禍々しい気配を感じることも、蠢くような兆しを見取ることもできない。ごく当たり前の少女の影法師が、校庭の踏み固められた砂の上にべったりと張り付いているだけだ。

 昨夜のあれは人のいない深夜だという精神的な恐怖が加味された幻影だったのだろう。その証拠に、この鬼頭ヤヨイという少女からは鬼らしき気配など微塵も感じられない。

「ただの不良娘か……」

 大樹の言葉に、ヤヨイがぷうっと頬を膨らませた。

「不良じゃないもん、ユウちゃんに月浴みさせてただけだもん」

「あんな時間に表をうろつく子供を、世間では不良というんだ」

「え~、不良じゃないのに~」

 淳子が大樹の袖をそっと引く。

「あの、これはどういう……」

「ああ、夜中にコンビニの前でこの子に会いましてね、厳重注意の上、家に帰しましたが……こういうの、学校に報告したほうが良かったんですかね?」

 そのやり取りに、ヤヨイは頬をさらに膨らませた。

「うわ、学校に来たとたん先生ぶるとか、好感度めっちゃ下がる~」

 ひどく楽しそうに、彼女の唇の端が上がる。

「ねえ、ユウちゃん、どう思う?」

 もちろん、掌の中の小石に語りかけているのだ。

「ほんのちょっとだけ暴れちゃう?」

 この言葉にいち早く反応したのは淳子のほうで、彼女はブルブルと身を震わせて数歩下がった。

「やめて……おねがい、やめて……」

 ヤヨイがにやりと笑う。

「そうだね、八重樫先生をあんまり怖がらせたらかわいそうだもんね。ユウちゃんは優しいなぁ」

 彼女がそっと開いた手の中には、やはり白い小石があった。

 朝日の中で見れば、それはあまりにも白い。拾い上げたあとでどれほど磨いたのだろうか、つるりと艶が出た表面はあざといほど白くて、どこか人骨を思わせる。


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