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しかし淳子はぐいと身を乗り出し、まるで縋りつくように大樹を見上げる。
「子供のころはこの学校にいらっしゃったんですよね、じゃあ、知ってるでしょう、鬼のことは」
「いや、いましたけどね、鬼なんて作り話ですよ」
「どうしてそう言いきれるんですか」
「だってね、いや、これを言うのもどうかと思うんですが……」
今度は大樹が声を潜める番だった。
「鬼の噂を作り出したのは、俺自身なんですよ」
もしも大樹がもう少し注意深い性質だったら、このときの淳子の困惑に不快感が隠されていることに気づいたかもしれない。ところが大樹は、「え」と言ってそれっきり黙りこんでしまった淳子に自分の過去を得意げに話すという愚行をおかした。
「この小輪谷団地にもいくつか怪談はあったんですけどね、それをうまくアレンジして『鬼がいる』という話を作り上げたのは俺です」
「じゃあ、『反魂ごっこ』というのも……」
「ああ、懐かしいな、それも俺が考えたんですよ」
淳子が弾けるように叫び声をあげる。
「あんな……あんな恐ろしい遊びを!」
「恐ろしくなんかないでしょう、あんなのただの遊びじゃないですか」
「命をもてあそぶような行為が『ただの遊び』なんですか! いったい、どういう生命倫理なんですか!」
反魂ごっことは死者蘇生の儀式の真似事遊びである。それ自体は図書室でみつけた古い書物を元に手順を組んだものではあるが、すでに5年生になっていた大樹は本当に死者を蘇らせる術だと信じてこれを作ったわけではない。
あくまでもごっこ遊び――反魂ごっこ。
だから大樹には、淳子がそこまで怒りを露にする理由がわからなかった。
「いまどきの子は、ゲームで死んだキャラクターをよみがえらせる呪文とかいくらでも使うでしょう、ああいう類のもので、そんなに目くじらを立てるようなものじゃないと思いますけど?」
首をかしげて、小さなイヤミを添える。
「ずいぶんと潔癖なんですね」
この言葉が淳子の怒りに火をつけたようで、彼女は細い腕を伸ばして大樹の片腕を捕らえた。
「ならば、ご自分の目で確かめるといいですわ! その『遊び』の結末を!」
ぐいっと体を引かれて、大樹は少しよろめく。
「おっと、あぶないですよ、どこへ行こうっていうんですか」
「校庭へ……あの子たちはもう来ているはずだから」
淳子が引くに任せて校庭へおりた大樹は、のどかな風景に目を細めた。
「ああ、懐かしいな」
全校生徒が集まるにはまだ早い。それでも早くに登校してくる子は何人もいるわけで、だだっ広い校庭にはまばらに遊びの輪ができている。
そのうちのひとつ、派手な色に塗られたジャングルジムの足元を淳子は指差した。
「あの子達を見て」
手をつないで輪を作り、その真ん中にひとりを座らせて……その子供たちは歌っていた。
「こ~わや、こわや、小輪谷団地の鬼ぃは……」
大樹は苦笑しながら肩をすくめる。
「ただの『鬼呼び歌』じゃないですか。いや、もちろんあれも俺が作った、ただの創作ですよ」
「ちゃんとよく見て! あなたはあれがおかしいとは思わないの?」
確かに異様な雰囲気のある一団ではあるが、それはただ単に服装の問題ではないかと思う。
小輪谷小学校には制服などなく、子供たちは思い思いの服装で登校してくる。ウンテイにぶら下がっている男児はテレビヒーローがプリントされた目を刺すほど派手な色のシャツを着ているし、朝礼台の周りで鬼ごっこに興じる女児たちは思い思いの色のカットソーをはためかせ、まるで小花が舞っているような華やかさを見せている。
しかし件の一団は、みんな揃って丈の長いスモックのようなシャツを着ているのだ。色は城で統一され、その下から紺色の半ズボンがチラリと覗く。白いシャツの胸元には美しいオレンジ色に色づいたほおずきの一果がさげられていて、それがこの奇妙な『制服』の統一感をさらに煽っている。
男子も女子もみんな同じ白い服装で、だから数珠繋ぎになった姿は、どこか白い小石を連ねて作った数珠を思わせた。
「ああ、見た目は怖いですかね」
「見た目だけじゃありません。あの子達は『信者』なんです」
「え~と、それはネットスラング的な?」
「ネットスラングってなんですか?」
「ああ、いいです、その反応でわかりました、宗教的な『信者』ですね。で、何教の子たちなんですか?」
「そういうちゃんとした宗教じゃありません。あの子達が信奉しているのはたった一人のクラスメイト……『鬼頭ヤヨイ』なんです」
大樹は鬼頭という苗字に微かな引っ掛かりを覚えた。かつての友人と同じ名前だったからだ。
しかし、鬼頭なんて目をむくほど珍しい苗字でもないのだし、これ以上余計なことを言って淳子を怒らせることはないだろうと言葉を飲み込む。