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反魂ごっこ  作者: アザとー
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 水槽の前には鬼頭ヤヨイが立っていて、いつものように白い小石を胸元に捧げ持っていた。

 小石をそうっと口元に寄せて、ヤヨイが囁く。

「ねえ、ユウちゃん、おいしかった?」

 ぞわっと背筋を駆け上がったのは確かに恐怖。しかしそれはすぐに不条理に対する怒りへと変わった。

「これはキミがやったのか!」

 怒声を上げる大樹をきょとんと見上げて、ヤヨイが答える。

「違うよ、やったのはユウちゃん。お腹が空いていたんだって」

「ばかなことを! キミのいうユウちゃんっていうのは、その石ころだろ。そんなものがどうやって金魚に悪さをするっていうんだ」

「ただの石ころじゃないよ。ちゃんと『鬼呼び』の儀式で作った、鬼の骨だよ」

「ああ、鬼の骨、ね。あの儀式を作った俺だからこそ断言できる。しょせんはただの石ころだ」

「おかしいなあ、先生は、なんでそんなに反魂ごっこを否定するの?」

「なぜなら、俺は自分でその遊びをやった体験者だからだ。そんな遊びじゃ、何も生き返らせることはできなかった」

「へえ、生き返らなかったんだ?」

「そうだ、生き返らなかった」

「鬼頭サヤカも?」

「何を!」

 見透かされた気がして大樹は戸惑う。口元では必死に弁解の言葉を食む。

「そんな、死人の魂をもてあそぶようなこと……生命倫理に反するようなことをするわけがないだろう」

「せーめーりんりとか、よくわからないけれど、大好きな人が戻ってきたらうれしくない?」

「だから、それはあまりに夢想がすぎる……」

「先生、難しい言葉を知っているくせに、あまりにも分かってないよ。自分に鬼の力がなんで効かないのか、それすら分かってないでしょ」

「それは……」

 この少女の周りで起きる怪異、淳子を校庭の端に投げつけた『なにか』が自分には作用しないことを思い出して、大樹は気持ちを取り戻す。

「それは、そんなものは居ないからだ!」

 大樹は力強い声をあげたが、ヤヨイのほうはとことんバカにしきったように鼻先を上げて「ふふん」と笑っただけだった。

「なにがおかしい!」

「だって、先生って本当に何も分かってない。ねえ、わたしがいろいろ教えてあげようか」

「何を教えてくれるって?」

「先生に鬼の力が効かない理由……先生が本当は何者なのか」

 脛の上にぞぞ、ぞぞと粟が立つ理由が分からなくて、大樹は無意味に咳払いなどしてみた。今度は腰の辺りに、ゾクリと悪寒が走る。

 こんな幼い少女に恐怖を感じる理由が分からない。むしろここで恐怖など感じてくじけている場合ではない。自分は教師なのだと、そう思えば震えながらでも声は出る。

「キミの夢想話に付き合っている暇はない。授業が始まる前にこれを始末しなくちゃならないんだ、どいてくれ」

 大樹に押しのけられて、ヤヨイはさもさも不服そうに唇を尖らせた。

「先生、絶対後悔するよ」

「何が」

「さ~て、なんだろうね~」

 ヤヨイはそれっきり、急に大樹に対する興味を失ったかのように白い小石を顔の近くに引き寄せ、頬ずりをはじめる。

「大丈夫だよ、ユウちゃんはわたしが守るからね」

 そんなヤヨイを押しのけて、大樹は水槽に手をかけた。

「意外と重いな」

 当たり前だ、かなり小ぶりの水槽とはいえ、子供一人の体重と同じぐらいの水が入っているのだから。何人かの男子が手伝いのために手を差し出すが、大樹はそれを目線で制す。

「大丈夫、先生がやるから、キミたちはランドセルを片付けておきなさい」

 不安そうな顔をした女子たちは遠巻きに、それでも大樹に質問を投げる。

「先生、その子たち、どうするの?」

「ちゃんとお墓を作って埋めてあげるんだよ。死んだ命は土に還る、生き返ったりしない、これは当たり前のことだからね」

 最後の言葉はヤヨイにも聞こえるように声を張ったのだが、彼女は興味なさそうにそっぽを向いて、白い小石を撫で回しているだけだった。

「いいか、キミたちはちゃんと授業の準備をしておくように」

 それだけを言い置いて大樹は教室を出る。水槽は重たく、一足ごとに水面がチャポリと音を立てて波打つ。

 その波に踊らされて浮かんだり沈んだりを繰り返す赤い……死体。

 よくみれば色あせた体の色は赤よりも夕日の色に似て、ひらりひらりとだらしなく揺れるひれの薄さもあいまってか薄皮を剥きかけたほおずきの一果を思わせる。

 思わず顔を背けて、大樹は黙々と歩いた。手の平に食い込むような水槽の重さが辛かったが、足を止めようとは思わない。

 大樹は、一刻も早くこの小さな死体を土の下に埋めてしまいたかったのだ。

 あの少女――鬼頭ヤヨイの手の届かぬところに、一刻も早くこの死体を埋め隠してしまいたい。そうしてこれが決して動かぬただの死体であり、一度死んだ者がもう一度動き出すなどという幻想を遠くに追いやってしまいたいのである。

 校庭の隅、学校菜園の片隅に水槽を下ろすころにはぐったりと疲れきってはいたけれど、手を休めるつもりもない。大樹は急いで土を掘るためのものを探す。

 幸いにも菜園の隅に、簡単な草引き用だろうか、小さなスコップが転がっていた。飛びつくようにしてスコップを拾い上げ、土に突き立てる。

 風が吹いた……その中に、誰かの声が混じっているような気がした。

「ねえ、本当に知りたくないの? 自分が何者なのか……」

 風の音を避けるように深く顔を伏せて、大樹はただ目の前の土を掘り返すこと集中しようとしているのだった。


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