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4年3組の副担任になった淳子は、「みんな仲良く明るいクラス」を教育目標として掲げていた。その目標の実現に向けて躍起になってしまったのは、これは淳子の若さというものなのだから仕方ない。
淳子が鬼頭ヤヨイと緑川ユウカの関係に気づいたのは四月も終わりに近づいたころ。
この二人は、体育の時間やグループ学習の班分けなどのときに二人一緒にあぶれることが多い。本人たちはそれを気にするわけでもなく、二人きりで楽しそうにしているのだから、放っておけばよかったのかもしれない。
しかし若い淳子の目には、この年のころにありがちな百合の花香るような女の友情というものが不健全に映った。
休み時間になると、二人はきまって教室の後ろに行く。身を寄せ合い、顔がくっつくほどの距離で何かを囁きあってはクスクスと笑う。トイレへ行くときなどもしっかりと手をつないで離れない。
掌だけを軽く重ねるのではなく、指をしっかりと絡めあって肩を寄せ合う後姿は、真っ当な性質の人間からすれば確かにふしだらにみえるものだった。
淳子はこの二人に健全さを求めた。道徳的に考えておよそ四年生という年頃のモデルケースとしての『みんな仲良く』を望んだのだ。
だから淳子は、クラスの女子の中でも特に人気のある何人かを呼び出してお願いをした。
「ねえ、鬼頭さんと緑川さん、いつも二人きりでいるじゃない? あれをね、あなたたちのグループに入れてあげてくれないかしら」
少女たちは顔を見合わせて黙っている。
淳子は、少女たちの警戒を解こうと甘い声を出した。
「あなたたちはお友達を作るのが上手だけど、そうじゃない子もいるわ。そういう子がクラスに溶け込めるように、ちょっとだけお手伝いをして欲しいの」
もちろん、彼女たちに対して教師として十分な敬意をこめたつもりだ。しかし少女たちはうつむき、もぞもぞと身を揺すりはじめた。
「あの、それはちょっと……」
淳子の胸のうちに、小さな怒りの炎が灯る。
「いやなの?」
「いや、じゃなくて、ですね……」
「あなたたち、まさかイジメ? あの二人をワザと仲間はずれにしているんじゃないでしょうね?」
少女たちはひどく怪訝そうな顔をして淳子をみつめた。
「あの、先生……ふつうは仲間はずれって、仲間になりたがっている人につめたくするから仲間はずれなんですよね?」
「そうよ」
「だったら、あの……仲間はずれにされているのは私たちのほうだと思います」
「あなたたちが?」
この少女たちの周りには必ず誰かしら友人がいる。同じクラスのみならず、他のクラスや下級生もいたり、実に交友関係が広い。
だから、彼女たちが仲間はずれにされていると自分で言うことが理解できなかった。
「先生が言うなら、ヤヨイちゃんに声をかけてみます。でも、あの子はわたしたちのグループには入らないと思いますよ、絶対に」
「なぜ、そう思うの?」
「わたしたちが『外から来た子』だからです」
小輪谷団地の中にそういった言葉が存在していることは淳子も知っていた。
ここにはもともと大きな湿地があって、その湿地の側にあった小さな集落が『小輪谷村』だ。人口は100人にも満たないような小さな集落で、そこの住人のほとんどはここが団地になった時に土地を離れず、団地内に住むことを選んだのだという。
『外から来た人間』とは、そういった元から小輪谷に居たものが、団地に新たに入居してきた人間を蔑んで呼ぶ言葉。もっとも、そんなことを言うのは年寄りであり、幼いヤヨイが使うような言葉では無いだろうと淳子は考えた。
だから、淳子の口調は厳しい。
「そういう差別的なことを言うわけ? 元からここにいようが、後から引っ越してこようが、たいした問題じゃないでしょ」
「先生、だから、差別されているのは私たちの方なんです!」
「意味がわからないわ。はじめからこの団地に住んでいる人なんてたいした数じゃないでしょう。新しく入ってきた、『外から来た人間』のほうが絶対的に多いはず。数の暴力っていうのがあってね……」
「数だけじゃ勝てないことだってあります!」
少女が喉を裂かれたような大声を出すから、淳子は驚いて口を閉じた。
何が怖いというのだろう、ブルブルと体を震わせた少女はさらに訴える。
「先生、本当に気づかないんですか? ヤヨイちゃんは、友達は少ないかもしれないけれど、信者はたくさんいるんですよ?」
「信者って……そういう言い方は良くないんじゃないかしら」
「じゃあ、他にどんな呼び方があるんですか? まるで神様を扱うみたいにヤヨイちゃんを拝んでいる人たちを、なんて呼べばいいんですか」
「そんなバカなこと……」
「バカなのは先生の方です。先生、私たちがヤヨイちゃんをいじめて仲間はずれにしているんだと思ったんでしょう」
「そんなこと……」
「じゃあなんでヤヨイちゃんを直接呼び出さなかったんですか?」
これに返す言葉を、淳子は持ち合わせていなかった。ただ押し黙って下を向く。
少女の方はもはや半泣きで、淳子に噛み付くのではないかというほど前のめりになってい叫んだ。
「確かにヤヨイちゃんは好きじゃないけど、そんなことで意地悪したりしません! あの子が私たちのグループに入らないのは、あの子が好きでやってることだし、なのに、なんで私たちが怒られなきゃならないんですか!」
「違うのよ、怒ってるわけじゃないの」
いまさら詭弁だ。この子たちの性根も見極めず、教師風を吹かせて呼び出した時点で、すでに取り返しのつかない大きな間違いを淳子は犯している。
だから声は小さく、顔を上げることすらできなかった。
「そんなつもりじゃなかったの……」
「じゃあ、どんなつもりなんですか!」
ちょうどそこへ割って入ってくれたのが、当時は在職中だった担任の植草教員だ。




