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反魂ごっこ  作者: アザとー
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 小輪谷団地はT市の中心からやや外れた私鉄沿線にある巨大団地群だ。

 ひとつの街区には低層高層を取り混ぜた白くて四角い建物が40棟、それが三街区まででは合計150棟あまり。このあたりの団地群では最も古くて最も大きい。賃料が安い上に駅まではバスが出ていて交通の便もよく、建物も古い時代特有の堅牢さを保っていることもあって人気の物件だ。

 これだけの建物の中にぎっしりと人が詰めこまれていれば、人ならざるものの入り込む隙などいくらでもある。

 例えば灯りの切れかけた階段の踊り場に何かが淀みとどまって気配を放っているような気がして、足をとめたとしよう。背を向ければ背に、目を閉じれば耳元に、少し荒い息遣いが聞こえる。

――はあ、はあ、すう、はあ……

 目を開けて振り向けば、そこにはもちろん誰もいない。瞬きするように明滅する白色灯の傘に、たっぷりとホコリを巻き込んだ蜘蛛の巣がだらしなく揺れているだけだ。

――はあ、はあ、すう、はあ……

 そんな得体の知れないモノの気配が、この団地にはいくつもあった。

 大人ならばこれを気のせいだと笑いとばしもするだろうが子供たちならば……子供たちは大人よりも彼岸に近い存在だからこそ、『それ』の気配に聡い。もやもやと姿の無いモノの気配を見つけ出し、それに秩序と物語を与えてはいくつもの怪物を生み出してきた。口裂け女、テケテケ、人を食うカラスなど、あげればキリがないほどに。

 この小輪谷団地にも、そうやって小さな語り部たちがひそかに語り継いでいる都市伝説が存在する。いわく『鬼が来る』のだと。しかしこの鬼はどこから来るのか、そして何をなそうというのか、そもそもがどんな姿をしているのかさえも語られていない。ただ『鬼』という存在のみが、この団地のどこかに潜んでいるのだと子供たちは信じている。

 今日も、子供たちは鬼を呼ぶための歌を歌う。

 もちろん本当に鬼を呼ぼうというのではなく、手をつないで輪になり、その中心に一人を座らせる昔ながらの遊びである。節回しはこうした遊びでよく歌われるかごめ歌そのままだ。しかし、歌詞はこの団地の子供たちだけがひそかに歌い継いできたもの。

「こ~わや、こわや、こ~わや団地の鬼ぃは~、い~つ、い~つ、き~やぁる~」

 無邪気な声が団地の間に響くと必ず大人がベランダから顔を出す。棟前の小さな公園で輪を作ってまわっている子供たちを見つけると、大きな声でしかりつけるのだ。

「こら、そんな恐ろしい歌を歌っちゃいかん!」

 子供たちは大げさにキャアキャアと声をあげて四散する、ここまでが決まりの遊びなのである。

 しかし、大人たちはこの歌がなぜ怖いのかを教えてはくれない。もしかしたら誰も知らないのかもしれない。

 だから子供たちは、しばらくするとまた集まってこの歌を歌いはじめる。

「こ~わや、こわや~、こ~わや団地の鬼ぃは……」

 その声は白く塗られた団地の壁に反射する。軒下をくぐり、箱のような部屋をいくつも潜り抜けた音は、ゆっくりとゆがめられてゆく。

 にょっきりと伸びた団地の間に見える大きな空に散る頃には、その声は完全に歪みきって無邪気さの欠片もない。ただ妙に間延びした微かな音となって、最後の抵抗のように高層階の軒先を引っかいて風の中に消える。

 またひとつ、大人が怒鳴る声が。

「こらあ、そんな恐ろしい歌……」

 その声もやはり歪んで、微かで。

 もしかしたら誰も知らないのかもしれない、この歌がひどく歪んでいることを。


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