17話 その少女
書きだめがもうほぼないでござる。
「やめてください!!」
俺の攻撃を止めたのは、少女だった。
年の頃は13程度だろうか、美しい銀髪に一束だけまるで深い湖の底から掬い取ってきたかのような深いエメラルドグリーンの色の髪が入っている、まるで雪のように白い肌にぱっちりとした両目が浮かんでいる。
両目の色は深い緑色であり、瞳孔には文様が刻まれている。
まるで神が作ったかのように美しいその顔を絶妙な量の銀髪がまるで計算されているかのように最も美しい角度で隠している。
あまりの美しさとその神秘さに一瞬息をするのも忘れてしまった。
「やめてください!!」
今一度叫んだ彼女の声で俺は目を覚ました。
そしていま置かれている状況を思い起こす。
とても不味い状態だ、先ほどの威力の魔法をもう一度打つのは不可能であるし、もし仮に打ったとしてもあの謎の少女に阻まれてしまうだろう。
いや、そもそもあの少女が味方なのか敵なのかわからない。
味方なのならば、あの攻撃を打ち消す意味が分からないし、敵なのであればわざわざ言葉で牽制なんてするまでもなく襲い掛かってこれるだろう。
《ステータス閲覧》
少女のステータスを看破するべくスキルを使う
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ステータスを閲覧することができません。
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くそ、あの怪物と同じか。
「「ゴギゴオアゴアオゴゴゴゴオッ」」
(彼ノモノヨ、我ガ樹木二触レヨ・・)
再び俺の頭にあの声が響く、今回は今までよりも明瞭で直接語り掛けられているように強い。
さっきから響いてくるこの言葉、あの怪物が俺に語りかけてきているのだろうか。
あの怪物に触れれば何か活路があるのだろうか。
ふと、おかしいことに気付いた、あの怪物さっきから動いていない。
よく見ると少女と怪物の間に微かに青みを帯びた光の壁のようなものが張られている。
「何を言ってやがんだ!!その怪物倒さなくちゃ俺たちの村が踏みつぶされちまうんだ!!てめぇ何やってんのかわかってんのか!!」
シエンが少女に向かって恫喝する。
「しかし、これは私たちの”家”です!!”家”である世界樹を失ってしまえば、私たちエルフは栄養を補給できずに死んでしまいます!!たとえこの木が暴走してしまっているとしても、私が命を懸けて守ります!!」
少女は確固たる意志のこもった眼でシエンに向かって凛と言い放つ。
「エルフ・・・世界樹・・・そんな・・・」
アリアが驚愕の表情で少女と怪物を凝視している。
「エルフ?なんだそれ?知っているのかアリア」
「はい・・私も文献でしか聞いたことがないのですが・・・この世界とは別の次元で生きる高次元生命体で精霊の子孫とされています。樹木を使って複数の次元を行き来するとされていますが、目撃事例が極端に少ないため、実在しない伝説上の生物であると言われています。」
「世界樹ってのは?」
「はい、世界樹とは・・まぁあの少女が説明したとおりですが、エルフたちをこの世界に現界たらしめる媒体であり、エネルギーの補給源とされています。この世界のどこかで眠っていると伝えられてますが・・・」
「そんなのが現れたってのか・・」
「今のところはまだエルフであるとの実証に乏しいですが・・・」
「だとしても、あの力だ・・偽の可能性は低いんじゃないか?」
「くそっ今はそんな話をしてる場合じゃねぇ!おい!だったらお前らは自分らが栄養が補給できなくなるからって、俺たちの村が踏みつぶされるのは目をつぶるっていうのかよ!!それにだ!俺らの村を踏みつぶしたってその化け物は止まらないぜ!ほかの場所だって踏みつぶし続けるんだ!俺らの命はどうだっていいってのかよ!!」
「そっそんなことは・・・」
少女は困ったように顔を伏せる。
「その・・・暴走してる世界樹?は元に戻せないのか?」
俺は疑問に思っていることを口にする。
「難しいです・・・こちらが補給を受ける側なので、干渉できるかできないかを決める決定権は世界樹のほうにあります。先ほどから思念伝達などの方法で意思の疎通を図っているのですが、すべて拒否されてしまいます。私ではせいぜい一時的に抑えることしかできず・・・」
「くそっ!!だからって放置すんのかよ!!」
シエンが憤慨する。もう今にも殴り掛かりそうな勢いだ。
「落ち着けシエン、ここで怒っても何の意味もない。下手に刺激してあの魔法壁を解除されるほうが危険だ。あれを解除なんてされたら今の俺たちではどうしょうもない。」
「・・・・・確かにそうだが・・・」
シエンが渋々といった様子で引き下がる。
そう、今あの少女を敵に回すのはマズイ。
うちの村の命は今あの少女の張った魔法壁によって保たれている。
この村の命はあの少女の手の中にあるといってもいい。
そのうえ少女自体に「黒炎王の一撃」を防ぐほどの実力がある。
こんなものが敵に回ったらそれこそ一瞬で終わりだろう。
俺のほほを冷たい汗が流れる。
最善なのはあの世界樹とやらの暴走を破壊せずに食い止めることだ。
確証はないが世界樹から送られてくる”声”に頼るしかない。
「おい、エルフエルフとやら、俺が何とかできるかもしれない・・・俺をその壁の向こうに通してらっていいか?」
「つっ?!何を急に言い出してるんですか!?壁の向こうではあの怪物が暴れているんですよ!?そんなのは自殺行為です!!そもそも何とかできる方法があるっていうんですか?!」
アリアが信じられないといった様子で聞いてくる。
「確証はない、けどこのままじゃ不味いんだ。少しでも可能性がある限りやってみなければこの状況は打破できない。」
そう、あの壁だって永遠にあるわけじゃないだろう。
確証はない。だが勝率はある。やってみるしかない。
エルフがこちらを見て首を振ってくる。
「難しいと思いますよ・・私でさえもはや声を聴くこともできないんです。」
「何事もやってみないとわからないだろ・・・・・人間を信じてみろって。」
俺はまっすぐに少女を見つめる。
少女は少し考え込むそぶりを見せたのち、
「わかりました・・・その眼、やけくそではないようですね。本当に方法があるのなら・・・お願いします。世界樹を、私たちを救ってください。」
少女は俺に向かって一礼すると光の壁に掌を向けた。
幻想的な青のベールのような壁に人一人が通れるだけの穴が開く。
さて、ここからだ。
「「「「ゴウギゴアギャギョゴアガゴゴゴゴゴアァッ」」」」
「ぐっ」
真近で聞くとすさまじい音量だ。鼓膜が破けそうになる。
「「ゴギィオオオオゴゴゴ」」」」
怪物が巨大な幹ほどもある枝を振り下ろしてくる。
振り下ろされた枝に触れてみたが何も起こらない。
やはり幹に触れてみるしかないか。
大量の鋭利な木の枝がすさまじい速度で飛んでくる。
俺は身体強化によって強化された瞬発力でほとんどを避けながら進み、どうしても躱し切れないものは
極小の火焔球で燃やして対応する。
再び枝を振り下ろしてきた。
先ほどの枝よりも太くて大きい。
俺は左にそれをよけて躱す。
先ほどまで俺の経っていた位置は大きくくぼみ。地割れのようなものが起こっている。
直撃したらいくらA-ランク相当の俺でも死ぬだろう。
俺は振り下ろされた枝にを駆け上がり幹に粘着糸を括り付け怪物の幹に飛びついた。
瞬間、俺の触れた部分の幹と俺の掌が眩いばかりに発光する。
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「神種」との接触を確認しました。
自動スキル「バベルリンク」によりリンクを開始します。
自動生命維持状態に移行します。
自動生命維持状態化が完了しました。
これより意識および幽玄体の転移を開始します。
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「ステータス閲覧」が何か言っている。
俺の触れたところから放たれた光が俺を覆ってくる。
あまりの眩しさに目を閉じると、そのまま俺の意識は暗闇へと落ちていったのだった。