①
私こと草薙 琴音と兄である草薙 竜也が家族になったのは今から数年前のことである。
私の母と竜也の父が再婚したのだ。
同い年の私達は誕生日が1日早い竜也が兄になった。
兄となった竜也はアイドルのような風貌をしていた。
ただ街を歩いているだけで大手の芸能事務所にスカウトされる程だ。
私的には、私が密かに好きな戦隊モノのレッドを演じられるぐらいのレベルだと思っている。
そこで微妙だなんて言わないでほしい、私的には最大限の褒め言葉だ。
そんな兄、竜也だがその風貌とは真逆の性格をしている。
私も最初は気づかなかったが、どうやら人見知りするらしい。
人見知りの人って、意外と人当たりが良いのだ。
私はそれがわからなかったから、竜也はスゴく愛想が良いヤツなんだと思っていた。
でも実際は人と話すのが苦手なようなのだ。
特に竜也の容姿に惹かれて近づいてくる女性が1番ヤバイらしい。
だから同い年の私も最初は警戒されていた。
話しかけても会話が続かない。
しかし私は竜也に無理に気に入られようとは思っていなかったので、放置しておくことにした。
だって急に兄妹だって言われてこっちだって気を遣ったのに、あっちは全然その気遣いが感じられないんだもん。
いくら顔が良くったって許されないよ。
竜也が私に気を許すようになってきたのはいつ頃だろう。
あんまり覚えていないけど意外と早かったような気がする。
そして今は…………
「琴音!」
兄、竜也が私のことを呼んでいる。
「ちょっと、琴音!聞こえているよね?おーい、琴音ちゃーん!…………マジで無視はやめてください。本当に泣きそうになるから!」
何でこんな風になったんだろう……。
レッドも狙える男がこんな普通の小娘に泣きそうになるなんて。
「こ、琴音。本当は聞こえているんだよね!ねえ、もういじめるのやめてよ。俺本当に泣いちゃうよ。」
竜也の方を見たら……あ、目から涙が……鼻からはイケメンが人前で出しちゃいけないものが出ている。
私は無言でポケットから取り出したティッシュで目と鼻を拭いてやった。
これではあまりにも酷すぎる。
「琴音〜〜。ありがとう〜〜。」
竜也は普段外では絶対見せない満面の笑顔で私に礼を言ってきた。
……まあ、元をただせば私のせいのような気もするのだが。
どれ、そろそろ要件を聞こうか。
「それでお兄ちゃん、何のご用事ですか?」
私の言葉にさっきまでの笑顔を一瞬で消して、いかにも不機嫌だっていう顔をしている。
「琴音、同い年なんだからお兄ちゃんなんて呼ばないでよ。名前で呼んでって何回も言ってるじゃないか。それにお兄ちゃん呼びに慣れてたら……ほら、将来困ることがあるかもしれないし。」
何故か最後の方はやたら顔を赤らめ、モジモジしながら言っている。
別に何も困らないと思う。
それに家の外で2人で歩いている時に顔面偏差値が違いすぎる私がいるとすぐに射るような視線を感じる。
そんな時は聞こえるように『お兄ちゃん』と呼ぶようにしているのだ。
名前呼びに慣れていたら咄嗟に間違える可能性があるじゃないか。
「で、なんか用事があったんじゃないの?」
「あ、うん。あのさコレ、琴音が見たいって言っていた映画のチケットなんだけど。ちょうど会社の人に貰ってさ。よ、良かったら一緒に見に行かないか?」
そう言って竜也が出してきた映画のチケットは、私の密かに好きな戦隊モノのチケットだった。
しかもプレミアムチケットとかでレッドのサインが貰えるらしい。
な、何というものを!
……でもちょっと待って、一度冷静になろう。
何で会社の人は結婚をしていない、子供がいないとわかっている竜也にこのチケットを譲ったのだ?
ちなみに私のこの密かな趣味はもちろん家族以外には秘密にしている。
「ねえ、何でこのチケット貰えたの?」
私の質問に竜也は何やら慌てている。
「え?何でって……べ、別に深い理由はないと思うよ。たまたま俺が近くにいたからだと思う。うん、きっとそうだ!」
怪し過ぎる。
うーん、竜也と出かけるのは苦手だ。
やたら人の視線が集まってくる。
でも…………レッドのサイン欲しい。
しょうがない、今回は視線に耐えよう。
「わかった。ありがとう。」
「や、やったーー!頑張った甲斐があった……。」
「うん?頑張った?」
「い、いや、何でもないよ!それよりいつ行く?俺はいつでもいいよ。」
「じゃあ、明日行こうか?確かお兄ちゃんも明日は平日だけど、この間の休日出勤の代わりに休みって言っていたよね?」
私はもともと休みは平日が多い。
それに平日じゃないとちびっ子がいっぱいで、さすがの私も恥ずかしい。
ーー次の日
私と竜也はもちろん待ち合わせなんぞしなくても、家から仲良く2人揃って出かけることになった。
竜也は私の隣で終始ニコニコしている。
そんなに笑顔を見せてたら……うん、ほらやっぱり。
すれ違う人みんなが竜也を見ている。
学生時代と全く一緒だ。
そして竜也を見た後ついでといった感じで私を見て眉をひそめる。
はあ〜〜、これが嫌だから一緒に出かけるのが億劫なのだ。
視線を浴びながらも何とか映画館へ到着した私達。
とっとと見て帰ろうと思っていたところへ声をかけられた。
「おーい、草薙じゃないか?」
どうやら竜也の知り合いのようだ。
面倒なことになる前に私は離れようとしたのだが、何故か洋服の端を捕まえられている。
伸びるからやめて。
「あ、課長!こんなところで会うなんて……。」
「うん?だって、お前この映画見に子供を連れて来たんだよ。お前だって従兄弟の子供連れて行くからどうしてもプレミアムチケットが欲しいって言ってたじゃないか?…………で、従兄弟の子供っていうのがその子なのかい?」
課長とやらは私を見ながらそう言った。
ほう?私は従兄弟の子供だったのか……。
「あ、いや、課長!その話は!」
何やら竜也が焦っている。
「まあ、いいさ。ところでお嬢さん、草薙は見目もいいし連れて歩くには良いかもしれんがあまりワガママを言って困らせないようにしてくれよ。近々見合いの話もあるからなぁ。それじゃあ。」
…………誰がワガママを言った?
どっちか言うと竜也だろ?
あの課長とやらはアホなのか?
『禿げろ』と心の中で呪いながら課長とやらを見送った。
はっきり言って私の機嫌は最低だ。
「あ、あの琴音!課長がごめんね!ほ、ほら映画が始まるから行こう。」
竜也が必死に私を連れて映画館へと入ろうとしている。
確かにレッドは悪くない。
ならば映画を見たら即時撤退だ。
そう決めた私は映画館へと入っていった。
映画はとても面白かった。
もちろんレッドのサインもしっかりゲットした。
ただ、あの課長とやらは許せん。
私は終始無言で映画館を後にした。
後ろから竜也が何か言っているが知ったこっちゃない。
はっきり言ってかなり頭にきている。
その日の夕飯、珍しく父と母が揃った。
竜也は嬉しそうに今日私と映画館に行ったことを話している。
私は何故かその姿にまた機嫌が悪くなり、ボソッとある事を呟いた。
「お兄ちゃん今度お見合いするんだって。今日、お兄ちゃんの上司の人が言ってたよ。」
私の言葉に父と母はびっくりした顔をしている。
そして竜也は慌てて否定の言葉を言った。
「お見合いなんてしないよ!確かに話はあったけど断ったしさ。だって、ほら俺には琴音がいるし……。」
え、私がいるからお見合い出来なってこと?
何だよ、別に私がいたってお見合いぐらいできるっしょ。
……ああ、そうか。
同い年の連れ子がいたらなんかやましいのか?
ならば私が家を出ても良い。
「別に断らなくても良いじゃん。私も今度お見合いもどきするし。」
私の言葉に3人が固まった。
「え、ええーー!こ、琴音、お見合いって……。」
竜也が泣きそうになっている。
おお、泣くほど嬉しいか?
「職場の人の息子さんなんだけど1度会ってみないかって言われてるの。」
「そ、そんなの駄目だよ!琴音には俺がいるじゃん!」
いや、竜也がいたって駄目でしょう。
「でも、私もいつまでも家にいるわけにもいかないしさ。彼氏もいないからこの辺で1度人生経験としてお付き合いをしてみようかと。」
私の言葉に竜也が青くなっている。
その目にはうっすら涙が……。
「そんな……俺の人生設計が……。」
あ〜〜、ご飯中にする話じゃなかったか……。
ご飯が冷めちゃう。
私は慌てている3人は放っておいてご飯を食べた。
3人は小声で何か話しているようだ。
『竜也くん、この子こうと決めたら猪突猛進だから本当にお見合いしちゃうわよ。』
『竜也、琴音ちゃんが家を出ちゃったらどうするんだ?俺のカワイイ娘が……。』
『俺だって琴音が家を出たら泣くよ!てか今も涙出てるし……。』
今日も3人は仲が良さそうだ。
たまに3人だけで仲良くなっちゃうんだよね。
……別にうらやましくなんてない。
はあ〜〜、早く良い人見つけて家を出よう。
私は改めてそう決意した。