物体の移動
■物体の移動
魔力の基本的な使い方はマスターできましたね。
それでは、一番初歩的な魔法、物体を移動させる魔法を習得してみましょう。
物体を移動させるには、物体の一面から魔力を吹き付けてあげることが必要です。
前章の課題で、あなたは魔力の流れを感じましたね? でもそれは、何か空中から湧き出して、周囲に散っていくような感じがしなかったでしょうか。魔力とは、放っておくと湧き出た点から放射状に拡散するだけです。
※まれに、最初から魔力を一方向に吹かせることのできる人がいますが、そんな人は才能に恵まれた人です。ぜひ魔力の才能を磨くことに精進してみてください。
さて、それでは魔力を一方向に吹かせてみましょう。
イメージ的には後ろから前へ、です。
あなたの後ろに恐ろしい魔界が広がっています。でも、あなたの前には平和な人間界が広がっています。
そんなイメージをゆっくりと作ると、後ろから前へと魔力が吹くようになります。同じように、あなたを中心とした魔界のイメージの配置を動かして見ましょう。やがて、魔力の風はあなたの思い通りに吹くようになるでしょう。
それができたら、最後は、目を開けて、現実の世界にリンクさせることです。
ここが一番の正念場です。現実の世界の上にイメージの魔界を重ね合わせ、その重ね合わせの濃さを自在に操るのは、熟練した魔術師でも難しいことです。もしこれを戦いで使うとなると、なおさらです。戦場で目の前に魔界の軍団が現れたとき、平常心でこのイメージ操作ができなければなりません。
まだそこまで難しいことはしなくても大丈夫。まずは、目の前のテーブルに軽いものを置き、そこに魔力の風を吹かせます。最初は羽毛などがいいでしょう。
風で飛ぶと、羽毛はふわふわと飛んでいきますが、魔力で動かすと、それは全く違う動きをします。魔力が当たっているときは、すーっと一定の速さで動き、魔力を止めるとぴたりと静止します。それが上手くいったら、今度は下から上へ魔力を当ててみてください。羽毛は浮き上がります。浮き上がるスピードを上手く調節できれば、羽毛は空中で静止します。調節も、イメージの濃さです。上手く調節できるようになったら、いよいよ、もっと難しい異常現象の習得に進みます。
それでは学習メモにお進みください。
●学習メモ
物を手を触れずに動かすなんて考えもよらなかった。
そんなことをしている魔法使いなんていなかったから。
でも、これは基礎の基礎なんだそうだ。
もしかすると魔法学校でもこれが初等課題なのかもしれない。
そんなことを考えながら、最初に魔力を生み出したさっきの感覚を思い出してみると、耳元を何かが流れていったことに思い当たる。
もしかして、僕は、最初から魔力の流れが上手く使えているのかも?
目を閉じてイメージを膨らませると、さっきと同じように魔力が流れるのを感じる。もう少しイメージに濃淡をつけてみると、耳鳴りがするほどの暴風を感じる。もちろん、実際には音もしていないし風も吹いていない。
目を開けて、最初に網膜に飛び込んできたのは、テーブルの上の花瓶だった。
イメージを重ね合わせてみる。
さっきのイメージ。
怖いけれど、少し楽しく懐かしい魔界のイメージ。
とたんに、花瓶が左奥にすっ飛んで行き、壁に当たって砕け散った。
これはやばい。母にしかられる。
急いで片付けよう。
ものは試しだから、もう一度、魔力を生み出してみる。今度は、花瓶の破片が散る床の、その下から上へ。
破片が勢いよく舞い上がり、天井にぶつかってさらに粉々に砕け散った。
ひどいもんだ。確かに動かすことは上手くできてるとわれながら思うけれど、全く調節ができてない。
これじゃあ課題はクリアできそうにない。
……一方向だけだから難しいのかな。
床一面に散った破片を囲むように、大きなサークル状にイメージを展開してみる。
円周に沿ってイメージの濃淡をつけ、中心部は空白地帯に。それがぐるぐると回るようにイメージを変えていく。
魔力の風が、渦巻き始める。破片が転がり始め、それから、魔力に押されるようにぐるぐると回って舞い上がる。やがてそれは魔力が流れ出ていく部屋の中心の空白地帯に集まり、土くれの塊を形成する。
……一応、浮かんでる。かな?
まあいいや。これでダメならあきらめよう。それが僕の才能なんだし。