君臨の秘儀
■君臨の秘儀
ついにこのページをお開きになるお方がいらっしゃるとは、それが、この私が消えてから幾星霜を経たのちになるであろうことと分かっていても、感涙の極みでございます。
よくぞお目覚めくださいました、魔王様。
この本は、はるか昔(私にとってはつい数年前でございます)、人間の勇者に討たれて倒れた魔王様の生まれ変わりを見つけるために作られました。我らが魔界は、魔王様を失い、失望と混乱に満ちております。いずれ、血迷った多くの魔族が人間への報復をたくらみ、激しい争いが起こるでしょう。
魔王様がその比類なき魔法の力で魔界も人間界も平和に統べていた時代。
それを取り戻すために、こうしてこの本を残したのでございます。
さあ、お立ちください。
世界は再び、魔王様の君臨を待っております。
古き物には容赦ない破壊を与えましょう。
救われぬ者には永遠の安寧を与えましょう。
魔王様の威光を地の果て空のかなたまで轟かせましょう。
いかなる異変にも揺らがぬ世界を築きましょう。
魔王様はいかなるものにも傷つけられてはなりません。
魔王様に刃を向けたものにはその同じ力で傷つけられることを知らしめねばなりません。
この世にあるものは魂があるうちも魂が滅されたのちもその死肉の髪の毛の先まで魔王様の下僕です。
人間が秘めた醜い心を暴きましょう。
悪への憧憬を持つものは慈悲をもって魔族として仕えさせることもできましょう。
天も魔も魔王様に従えましょう。
平和は、世界を圧する力によってのみ、顕現するのです。
――すなわち、魔王様がこれまで学んだすべてが、君臨の秘儀です。
魔王様の望む世界を、今こそ創造なさってください。
●学習メモ
僕の望む世界か。
そんなものは、ない。
ないということさえ、否定する。
僕に必要なのは、事実でも真実でも、理由でも、結果でもない。
僕に必要なのは、結論。
僕はたぶん、三日あれば、世界を滅ぼせる。
滅ぼすという結果が欲しいなら、そうすればいい。
でもそれは結論なのか。
結果と結論は違う。
結論は、結果を否定しうる。
僕は結果として魔王となった。
いや、最初から魔王だったのだろう。
では、僕が魔王であるということは、結論なのだろうか?
この本を書いた奴は、なんともまあ、幼稚な魔王像を押し付けてきた。
きっと彼にとっては、魔王とはそうあるものだという、常識なのだろう。
だが同時に、彼は、その幻想さえ否定しろと言っている気がする。
誰もが持っている衝動をすべて肯定し。
そして最後にそのすべてを否定する。
世界はそうやって完成する。
誰も何も望まない世界だ。
それは僕が望んでない世界だ。
だから世界は、そのようになる。
僕は廃墟になった街の、荒れ果てた僕の自室と、魔界の玉座に、同時に座っている。
馬鹿馬鹿しい戦争をやめろと一喝すると、魔族の軍はたちまち兵を退いた。
それでもいうことを聞かない一部の血の気の多い奴らは、迅雷を受けて吹き飛んだ。
人間の王にも、くだらない、と突きつけてやった。
精鋭の近衛騎士団を彫像に変え宰相を溶かしたら、ようやく言うことを聞いた。
たかが一人、と侮って、深夜に僕の部屋を襲おうとした者たちは、ドアを叩き割ろうとした斧で自らを真っ二つにしてしまった。
僕を油断させようと大量の女を送り込んできたものもいたが、記憶を抜き取った抜け殻の女たちを送り返してやると、音沙汰が無くなった。
そして、世界は平和になった。
でもそれさえ結論ではない。僕は、世界の平和を維持する装置でしかない。装置であることは、結論ではない。
装置には目的があるはずだから。
だから、目的を持たない僕は、装置であるはずがない。
僕は結論を出さない。
僕は結論を欲しているから、結論を出さない。
結論を欲しているという自分を認めてしまうことになるから。
僕はなぜここにいるのだろう、という疑問さえも、この世界には要らない。
僕に必要なのは、僕が疑問を持たない世界だ。
僕が結論を欲しない世界だ。
だから、僕には結論が必要だ。
徹底的に否定し否定し否定し、否定さえも否定する。
だから、結論を欲しながら結論を出さないというのが、僕の望む世界だ。
ゆえに僕はその世界を望まない。
望む世界が現れてしまうから。
時の中を旅することをやめた少女の微笑みと。
時折哀切のような表情を浮かべる白い人と。
そんな風景が当たり前になって、それでもそれを受け入れられず否定し続け、その否定さえも否定して、ピリオドを打たない。
どちらに進んでも終わりのない球体の上を延々と彷徨うだけでいい。
結論は必ずあるけれどそれを否定する。受け入れない。探さない。
いいや、そんなものはない。
だから、僕は結論を出さない




