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【独習式】実践魔法の基礎と応用 ~あなたも簡単に魔法使いになれる~  作者: 月立淳水


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悪意の実化


■悪意の実化


 『真実の眼瞳』によって、あなたはヒトが纏うあらゆる欺瞞ぎまんの皮を剥ぎ取りました。その先に、時に吐き気を催すようなよどみが見つかったのではないでしょうか。それが本章の主題となる『悪意』の正体です。


 悪とは、なんでしょうか。

 悪とは、ただ相容れないものです。それが、ヒトの存在を苛みすりつぶそうとするから、それは悪なのです。すなわち、それはすべてのヒトが内に抱えているものです。だれも、隣人と分かり合うことなどできないのですから。

 それを、ただ醜いものとして切り捨ててはなりません。これこそが、ヒトという土壌に等しく埋め込まれた、最も生命力に満ちた「種」なのです。ヒトの持つ無限の可能性そのものなのです。

 悪意を実らせる、それは、そうした種と可能性を手中で育てる、ヒトが隣人というものを得たときから手にした『独占』の衝動。それが悪意を育てる根源的衝動として働きます。独占とは、ただそれを手にし他人に触らせないということではありません。所有し、増やし、管理する。知恵持たぬ捕食者は手にした獲物を瞬時に殺しますが、管理者は違います。管理者は獲物を生かし、その内側に流れる生命=『時間』を、自らの望む成果物へと変換されるように誘導するのです。


 まず、真実の眼瞳を起動します。その対象者のうちにある、様々な真実が目に見えるでしょう。

 その中で、あなたにとって最も相容れないものを選び取ります。それこそが悪意です。通常であれば、相容れない悪意など見なかったことにして捨ててしまいたいはずです。だからこそ、この魔法がこれまで発見されませんでした。あなたの独占の欲求は、相容れないものにまで及ばなければなりません。

 それはあなたの心を苛むでしょう。しかし、その苛みさえ、あなたの成長の糧です。むしろ、美しく心地よいものよりはるかに栄養に富んだ糧とさえ言えます。

 だからあなたは、それを誰にも渡してはなりません。

 そして、それをあなたにとって役立つ形に変えなければなりません。

 破壊、慈愛、拡散、保身、懲罰、懐古、希望、絶望、ありとあらゆるあなたの衝動と感情に置き換えることをイメージします。その悪意は、あなたの時間にとらわれ、あなたの時間の一部となるのです。その悪意が未来へと歩むはずだった時間は、『あなたのための醸成期間』へと書き換えられるのです。

 やがて芽吹くのは、他ならぬ対象自身の『真の姿』です。

 ありとあらゆるあなたにとって相容れない悪が、顕現するでしょう。新たな生命として誕生するでしょう。それこそが、あなたを育てる隣人です。その隣人を最も近く感じるはずです。それこそが、超上位の存在が下等な生命に与えるべき、真の庇護ひごに他ならないのです。


 この魔法の成功を試すには、対象の人物に対し、上記の手順で魔法を放ちます。正しく発動すれば、対象の影は質量を持ち、彼らの罪の深さに応じた、あなたに最も従順な最も相容れない『結実』が現れるはずです。


 それでは学習メモにお進みください。


●学習メモ


 結局のところ、僕は独占したかっただけだ。

 彼女の笑顔。瞳。髪。頬。鎖骨。腰。右手の親指と左手の小指。腿と膝裏。くるぶしからつま先まで。心臓とすべての血液。

 それを誰にも触らせたくないという気持ちなら、誰にも負けない。

 だからその欲求の根源は、分かる。


 そして、僕は彼女を独占した。

 彼女が鼓動を止める瞬間、その網膜に写っていたのは、僕だ。

 僕は独占した。

 僕は彼女の未来を殺し過去を塗りつぶして、すべての時間を囲い込むことができた。

 だから、僕はもう、欲しかったものは手に入れたのだ。

 ここまでの学習で、僕は、どうやって独占し支配するかを、すっかり学べたのだ。

 この本はすごい。

 とてもよくできている。

 全く悩むことなく、独占とは、支配とは、時間を奪いつくすとは、どういうことかが理解できている。

 心からの賛辞を贈りたい。

 一体、こんなすごい本を書いたのは、誰だろう。

 もし存命なら、一度言葉を交わしてみたいと思う。

 けれど、なんだかこの本を書いた人は、もういないんじゃないかという思いもあった。

 きっとその人も、すべての時間を塗りつぶして世界を手に入れてしまっただろうから。

 だから、僕は先駆者にならい、僕の小さな小さな世界を塗りつぶし掌握しようと思う。


 父さんの真実を暴いてみた。

 僕があいつの妹を娶ることにでもなれば荘園の一つ二つは持参金がもらえるかもしれないな、なんて考えていた。

 荘園の食糧を全部徴発して自軍に持たせ前線に出せばそれなりの勲功は立てられるかもしれない、なんてことを考えてた。

 実に立派な出世欲だ。

 そして父さんの影は光沢のある黒い皮膚を持つヒト型の何かになり、入れ替わるように父さんが影になった。

 出てきたヒト型(便宜上、影父さんと呼ぼう)は、僕を認めると、なぜか跪いた。

 そうか、これが支配するということなんだな。

 その影父さんの過去も未来も、僕の自由にしてよいということだ。

 その後、影父さんは、街を出て私兵の駐屯地に向かい、雷霆をまき散らして自軍を壊滅させた。


 母さんの真実を暴いてみた。

 母さんは僕のことを心から慈しんでいた。

 そして貴族夫人のサロンで、二人の友人を立て続けに失ってふさぎ込む僕のことで同情を買っていたようだ。

 今度うちにつれていらっしゃいという伯爵夫人の言葉を真に受けたふりをして僕を使ってよしみを結ぼうとしていた。

 なんとちゃっかりとしている。

 母さんは、青黒い影母さんになった。

 街に出て、道行く人を水の刃でみじん切りにしていた。いまいち弱い魔法だから、皮膚を切り裂いて悲鳴を上げさせる程度だったけど。


 使用人とか出入りの商人とかも同じように黒い人に変えた。

 それぞれが得意な魔法を使って、僕の過去と未来を塗りつぶす手伝いをしてくれた。


 最後に、あいつのところに行った。

 街の外、いつか、火炎の魔法を試すために行った納屋を理由をつけて僕のものにし、彼の隠れ家としてあった。

 彼女も、両親も、他の家のものも独占した僕は、最後に彼を独占することにした。

 真実の眼瞳を使う。


 ――相変わらず俺は役立たずで、彼に助けられて生きている。

 何か、彼に恩返しできることがないか。生きている限り、全力を尽くさねば。

 たとえこの黒い皮膚が忌避されようとも。

 足を取り戻してくれた。

 彼女の健康を一時でも取り戻してくれた。

 彼女の最期を笑顔で見送ってくれた。

 報いたい。

 どんなことをしても生き、生き延び、この命ある限り彼の


 そこで中断した。吐き気が抑えられそうにない。

 ヒトとは、ここまで傲慢になれるのか。

 ここまで、自分の生に意味があるなどと奢れるのか。

 これだ。

 これこそ、僕が乗り越えなければならない、究極の悪意だ。

 決して相容れない。

 だからこそ、僕を一歩進める。

 くらいつくししゃぶりつくし飲み込み独占しなければならない。

 この奢り高ぶった悪意を僕のものにしなければならない。


 僕は君を助けてなどいない。君に苦しみを与えているだけだ。君のすべてを奪いつくし僕のものにし、僕が世界を好きなように書き換えるための糧にしているだけだ。


 僕が言うと、彼は、なぜか自嘲的に笑った。


 君にそんな風に思わせてしまっているのも、きっと俺の至らなさなのだろう。君の彼女への想いなどとっくに知っていたのに、俺は何もしなかった。ただ、家柄なんていうものに流されて、君の世界を奪ってしまおうとしていた。そしてへまをして足を失いながら、結局俺は君の優しさに甘えて、足を取り返してもらい、こんな場所で養ってもらっている。俺がヘマなどしなければ。いや、俺が、君の支えになっていてやれれば。俺が、君の想いを知っていると告げてやれていれば。君を壊してしまったのは、俺だ。


 そうか。だったら、僕のために、悪意を背負って、生き直してくれ。


 君が何をしているのか俺も分からないが……そうか、俺を殺すのか。


 そうかもしれない。


 いいや。それは君にまた大きな業を背負わせてしまう。君は、俺に、生きろと命じて、静かに去ってくれればいい。俺がその後した決断は、君には無関係なものになるだろう。


 ……なんという悪意だ。

 これこそ、僕が飲み込むにふさわしい。


 君の気持ちは分かった。だが、それは僕が飲み込むべきものだ。僕が、そのすべてを独占し、誰にも渡さない!


 僕の魔力は勝手に流れ出し、すべてを変え始めた。

 彼の影からぬるりと出てきた、白い影。

 すでに彼の姿は薄れ、消えつつある。

 それと入れ替わるように立ち上がったのは。

 白い髪。

 白い肌。

 白い瞳。

 白い肢体。

 白い翼。

 白い布を身にまとい、白い剣を右手に、白い槍を左手に。

 激しくまぶしく輝き、納屋を真っ白に染め上げた。


 なんという。なんというおぞましいものが生まれたものだ。


 それ――白い人――は、何か、声にならないつぶやきを漏らし、ふわりと浮き上がった。

 納屋の壁も天井も、光の中で粒子になって溶けていく。


 丘から見下ろす街で、雷霆がほとばしり、水刃がひらめき、炎が燃え、礫が飛び交っている。

 その風景を、無感情に見つめた白い人は、無造作に槍を投げた。


 天に向けて飛んだ槍は、その頂点で何十にも分かれ、そして、街で暴れる黒い人達を貫き、地に縫い付けていく。

 しかし、魔界の住人たる黒い人たちはその程度で絶命などしない。

 白い人は剣を構えて街に飛ぶ。

 風を切る音が轟音となって響き渡り、街壁も住宅も吹き飛ばす。

 白い人は、その光る剣で黒い人たちを次々に切り刻み始めた。

 黒い人たちも白い槍を引き抜くと、全力で魔法を放ち、白い人を迎え撃つ。


 そんな白と黒の戦いが三刻も続き、双方疲れ果てて倒れ伏した。

 そして、その様子を見に僕が街に戻った時、どちらも引きずるように起き上がって僕の前に歩みだし、跪いたのだった。


***


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