死者の蘇生
■死者の蘇生
前章まで、傷ついたヒトを癒すすべを学びましたが、本章では一気に難度を上げて、死者の蘇生を学びます。
前章でも書いたとおり、生命とは時間の概念そのものです。ですから、同じく生命を操るこの魔法も時間の観念をイメージすることで発動します。
前章までの記載を見直してみてください。生命のサイクルとは、
生まれ、変わり、死ぬ。
この繰り返しです。
では、死んだものを生き返らせるにはどうすればいいでしょうか。
現在、神聖なる魔法として広く用いられている回復魔法や蘇生魔法は、すべて、時を過去に戻そうとする根源的欲求に基づくものです。それらはいずれも、傷ついた肉体を元の状態に戻そうとするものです。ですから、蘇生魔法も、本当の死者には効果がありません。瀕死だったり、呼吸と心臓が止まっていてもまだ魂が肉体にとどまっているもの、そうしたものの魂が抜けていくのを阻止し、肉体を回復させて再び定着させようとするものです。しかし、本書では、そうした擬似蘇生魔法ではなく、失伝の魔法とも呼ばれる『死者の蘇生』を扱います。
死んだものには魂がありません。肉体の生命力を巻き戻すことと魂を呼び戻すことは全く別物です。加えて、体から去った魂は即座に次の在り様を探し形作り始めます。ですから、魂を呼び戻すことはできません。死者を蘇生するには、失われた魂を再構築することが必要です。つまり、『生む』ということです。
生命のサイクルで言えば、それは、死の次の新生にあたります。つまり、死者の蘇生とは、未来を意味する魔法なのです。
未来への渇望こそが、この魔法の根源です。失ったものに再び会いたいと願う思いで死者の蘇生がかなわないのは、当然のことでした。新たなる生こそが、願うべきもの。
では、あなたの未来に、何があるでしょうか?
未来に予測可能なものはありません。
すべての未来は混沌としています。
もしあなたに、実現したい未来の姿、こうあるだろうという未来の予兆があったとしましょう。
本当ですか? 本当にそれは実現しますか?
絶対に実現しません。
だから、未来を想うとは、その不定をこそ理解し想うことなのです。
だから、未来を想うことは難しいのです。
何かを成し掴んだ光輝く未来は、誤りです。
絶望し真っ黒に塗りつぶされた未来は、誤りです。
不安で警戒色に塗られた未来は、誤りです。
不信で忌避色に塗られた未来は、誤りです。
未来は、混沌の中にしかありません。
希望も絶望も不安も不信も、充満も空虚も何もない。それこそが未来です。
できなくても絶望しないでください。この章を超えられるヒトは、おそらくいません。混沌を想うとは、限られたものにだけ許された真理への扉なのですから。
この魔法を試すには、死後、魂が去るのに十分な時間がたった遺体が必要です。その時間は、おおよそ2時間から、二日の間。二日待てば、問題ないでしょう。どのように遺体を準備するかはお任せします。
そして、未来を想い、魔力を流し、遺体に、目覚めるよう、生まれるよう、語りかけてください。
それでは学習メモにお進みください。
●学習メモ
親友の弟が、不慮の事故で死んでしまった。
その父である領主について、領地の見回りをしていた時だそうだ。
領主が馬車を降り、代官と少し話をしていたところ、馬が勝手に走り出したのだという。
足元に突然真っ赤に焼けた石が現れたら、仕方がないと思う。
走り続けた馬はやがて小さな水路沿いに差し掛かり、その先で、突然、雨も降っていないのに水路の側壁が溶けるように崩れてしまった。
馬車は水路に落ち、御者は何とか助かったけれど、落ちた弟さんは、馬車に閉じ込められたまま沈んで溺死した。たぶんドアが何かで固定されてて開かなくなってたんじゃないかと思う。
えーと、どこまで聞いたんだっけ。
焼け石の話は聞いてなかったかも。
どっちでもいいや。
とにかく、そんな不幸が重なって、弟さんは死んでしまった。
領主の家、伯爵家の男子は、親友と弟の二人だけだったから、それはもう、大変な騒ぎになった。いや、まだ騒ぎは続いている。
親友は、魔族の軍との戦いの最前線で、行方不明になった。
もしかすると、その最中に全身が魔族になってしまって、味方に討たれたのかもしれないし、単に逃げ出したのかもしれない。
あいつのことだから、きっと逃げたんだと思う。人間だった自分を討たせるなんていう罪業を味方に負わせたくないだろうから。
そういうやつだ。
そんなやつの弟も、あっけなく死んでしまった。
そして、何がどうなったのか、あいつの妹に婿を取って継がせるという話の候補に、僕の名前が挙がっているらしい。
まだ弟さんが死んで二日だというのに。
死んだ人に失礼だと思わないのかな。
僕の名前が挙がっていた理由はシンプルで、たびたび親友の家を訪ねていた僕のことを、妹さんが、憎からず思っていたとのこと。
なんだそれ。
僕は君の兄二人を奪った男だぞ?
と言ってやりたかったが、なんだかそれも、どうでもいい。
僕は思っていた女性に断絶を突きつけられ親友を死地に送り、もう絶望の未来しかなかったはずなのに。
そこに降ってわいたように、伯爵家当主なんていう輝かしい未来が滑り込んできて。
なんだそれ。
そんなもの、全部嘘だ。
どうせ大人たちは、十歳の少女の戯言など無視して、僕から未来を奪うにきまっている。
だから、最初からそんな未来は、ない。
僕の未来は、誰も決めない。
僕はただ、明るくもない、暗くもない、何も意味のない、透明でもない、よくわからない色で、僕の未来を、淡々と塗るだけ。
そんな、けだるい空想をしながら、夜中、弟さんの棺に手をかざすと。
ぎぃっ、という音を立てて、棺が開き、弟さんが、起き上がった。
目は虚ろで表情もないが、僕を見た一瞬、何か、昏い光が、ひらめいたように感じた。
おはよう、気分は?
と問いかけたら、久しぶりの人間界の空気は、なかなか刺激的ですね、と彼は返した。
そういえばもともとどんなしゃべり方をする彼だったかも知らないけれど、どうやら、ちゃんと生き返ったようだ。
これで元どおり、伯爵家は彼が継いで、僕は色のない未来に、戻れる。
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