土石の天衝
■土石の天衝
この章で属性魔法の習得もいよいよ最後となります。
もはや多くを語る必要はないでしょう。地属性魔法の根本は現状維持の欲求です。
何者にも左右されぬ確固たる自己。その『何者にも』に、精霊を含むだけです。
そして、忘れないでください
現状維持の欲求は、何よりも、あなたの身勝手であることが大切です。
あなた自身が保ちたい何か、それを揺るがそうとする有象無象の者ども。
世界はどうあるべきか?
そんなことは関係ありません。世界のあるべき姿を超えて、あなたはあなたにとって世界がどうあるべきかを心に強く描かなければなりません。
世界は、この世界の参加者たちすべてにとって最も幸福となる形を備えています。その実現に向けて努力する人々も数多くいます。ヒトに害為す魔獣でさえ、世界の最大幸福のために行動をすることがあります。世界を最適にしようとする大いなる力、それこそが精霊の力です。
神、精霊、天、超越、そうしたものに逆らってあるべき形をゆがめる。
いいえ違います。
世界のあるべき姿はあなただけが知っているのです。天や精霊は、ただ誤っているのです。そう、強く信じることができるかどうか、それが、この地属性の最強魔法を実現できるかどうかの鍵となります。
あなたを中心とした世界を、精霊たちの手から守らねばなりません。世界はあなたのためにあり、土くれの最後の一粒までがあなたの描くあるべき姿を実現するために存在するのです。
その身を精霊の王とまで信じることができるようになったあなたなら、ヒトの身のままで精霊の王の勅命さえ誤りと断じる強い欲求を持つことがきっとできるはずです。
それでは学習メモにお進みください。
●学習メモ
先延ばしにしていた親友の見舞いに行った。
彼は片足を失っていて、それでも、元気そうに笑った。
失敗しちまった、と。
その笑顔は、彼を気の毒そうに見る僕に対する慈悲だったのかもしれない。
俺のことなど気にするな、という彼なりのやさしさだったのかもしれない。
きっと彼は彼なりに、片足なき英雄として、この世に順応していくのだろう。
変わりゆく先で、いつか彼女と口づけをかわし――
その妄想に、僕は激しい嫉妬を抱く。
そう、彼は、何もかもを失ってさえ、きっと、変わり、順応し、すべてを手に入れる。
僕は、何も自分を変えられないまま、ただ人々の心にありたいと、見えもしない星空を追い続ける。
僕のような地を這うものに、天は遠すぎる。
つい先日に手に入れた、最強の火炎魔法でさえ、最強の水流魔法でさえ、最強の迅雷魔法でさえ、空まで焼き溶かし覆いつくすことはできない。
それは、神が決めたことだからだ。
天が決めたことだからだ。
世界を動かし続ける天命という歯車に載せられたアリが、それに必死にあらがう姿を幻視する。
それが、僕だ。
違う。
そう、違うのだ。
僕だけが世界を動かせる。
僕だけが世界を止められる。
神や天や精霊が、ちっぽけな人間の運命を決め、その変わりゆく姿を決め、儚い彼女をあいつのもとに誘うと決め――
許さない。
僕はそんなもの許さない。
僕は僕自身で、世界の意味を作り固める。決して、誰かに好きにさせたりはしない。
今の、僕と彼女とあいつの関係を、誰かがいじくろうとするのなら、僕が止めなきゃならない。たとえ精霊が相手でも。
彼女に対して、破壊を行い、死を与え、心を覆いつくす権利があるのは、僕だけだ。
その決まりだけは、決して誰にも変えさせやしない。
それを変えようとするあらゆるものを、掴み、握り潰し、地に這いつくばらせ、指先一つも動かせないようにしなければならない。
どうする。
どうすればいい。
またそれぞれが百万本の指を持つ無数の腕を伸ばし、その怪力でもって、何もかもを止めてしまえばいいのか。
足りない。
そんなものではまるで足りない。
――根だ。
世界に張り巡らされた、根。
この世界から命を吸いあげ、この世界に命をもたらす、根源の根。
世界樹。
世界中に伸ばした根は、そこで死にゆくものの死を止め、生まれようとする者の生命を否定する。
否定するのだ。
僕は、すべてを否定する。
否定できる。
足先から伸びた根が、じわり、と世界にしみこんでいくのが分かる。
広く広く、ずっと伸びていく根は、途中で出会ったミミズを絡めとり、モグラの食事をやめさせ、湧きあがろうとするマグマを凍らせた。
それは世界の表面を隙間なく覆っていく。僕は、この世界が、球形であることを、初めて知った。
そう、球形こそ、究極の停滞。それ以上何も起こらない、一にして全なるカタチ。
さあ、神よ、天よ、精霊よ、やってみろ。この僕にたてついてみろ。僕の停滞を覆してみろ。
僕は、世界と魔界のすべてを否定し、それに抗って見せる。
瞬間。
地面から、音の速度を超えて岩の柱が立ち上がり、それは天を深く深く突き刺し、空に、穴をあけた。
それは、まるで世界樹がすべての生命を吸いあげて伸び、世界の理に風穴をあけたように。
世界からびゅうびゅうと音を立ててその穴に空気が流れ込んでいく。
それに伴う暴風が辺り一面の木々をなぎ倒し、その力は、岩の柱自身さえ砕いて、二抱えもあるような岩塊の雨に変えた。
僕の周囲を除く辺り一面に降り注ぎ、生まれくるウサギ、芽吹こうとする木の芽、朽ちようとする枯れ木、すべてを、永遠の彫像に変えた。
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