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【独習式】実践魔法の基礎と応用 ~あなたも簡単に魔法使いになれる~  作者: 月立淳水


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水流の掃界

■水流の掃界


 前章では、破壊衝動により精霊の加護をも打ち破るイメージをすることで、防御も反射も出来ない火炎攻撃を実現することができました。

 しかし、水流魔法の最上位魔法を習得することには、よりいっそうの困難を伴います。


 水流魔法の根幹は慈愛衝動であることはこれまでに述べてきたとおりです。しかしその一方、魔法による世の歪みを好ましく思わない精霊は、慈愛に根ざす魔法でさえも打ち消そうと働きます。精霊にとって、破壊だろうが慈愛だろうが、ヒトの起こすすべての情動は排除すべき世界の歪みなのです。


 慈しみその幸福を願うとは、どのようなことなのか、いま一度、深く深く考えて見ましょう。

 母が我が子を慈しむとき、それはいったい何を願っているのでしょうか?

 その命や精神を脅かすわずかなさざなみ、つむじ風にさえ、ひやりと心を冷やすような、母の慈愛。我が子が心安らかに一つとして不安を感じずすべてのものから守られすべての変化から遠ざけられていること。そういった新たな慈しみの感覚を、自らの心のうちから湧き起こすのです。


 それは、精霊に対しても同じなのです。

 世の歪みを嫌う精霊たちに、慈愛をもって心安くあれとささやきかけるのです。

 何事にも動じない平穏を。ありとあらゆる世界の歪みから、精霊たちは守られているのだと。


 精霊の世界を究極の静穏で包み隠し、あなたの魔法の行使によって彼らの心が乱されないよう細心の注意を払いましょう。それはきっと彼らも望んでいることなのです。この世界をあまねく包み包まれている彼らにこそ、究極の静穏が必要なのです。


 世界のすべてを包み覆う彼らさえも覆い隠すこと――恐ろしいほどの魔力量が必要となるでしょう。ここでつまずくことは恥ではありません。あきらめることも大切です。それでも、あなたはきっと彼らをも癒せる。その心からの願いが、水流の最強魔法を呼び出すのです。


 それでは学習メモにお進みください。


●学習メモ


 火炎の暴嵐の魔法で、僕は失敗した。

 何しろ、この領内では歴史上初めて起こるような災害をもたらしてしまったのだから。

 一夜のうちに下級貴族3家分に相当する田畑が焼き尽くされガラス質の荒地になったばかりか、農業用水を引き込む川が完全に干上がり、流れ込む水もまだ熱気をたたえる黒い川底との境で沸騰し白煙を上げながら消えてしまっている。


 うわさに聞いたところでは、巨大な隕石が落ちた、のだそうだ。なるほど、そうも見えるかもしれない。少なくとも、僕個人に咎が及ぶことはなさそうだけれど、被害にあった貴族家の面々には申し訳ないことをした。ちなみに僕の家の農地はその取水口からもう少し下流にあるため、直接の被害はないものの、雨が少なければ水不足は免れない。


 だったら、水を出せばいいんじゃないかな、と思う。水の究極魔法で膨大な水を作り出し、河川を潤してしまえばいい。壊れた用水路だけはどうにかしなきゃならないけれど、川が枯れっぱなしよりはマシだろう。


 そんなことを考えながら、僕は川の上流に向かった。とにかく早くなんとかしなくちゃ、と思い、立ったのはやらかした昨日の今日だ。


 事件現場付近はもうもうと水蒸気が上がり水はほとんど干上がっているけれど、川のずっと上流のほうに向かうにつれ水が豊かになってくる。王都が見えなくなるくらいにまで歩いてくれば十分に水が残っている。この辺りになると平地は少なく丘がちになっていて、麦畑よりは果樹園が目立ち始める。川沿いの道は雨季の水量でも沈まないよう丘の中腹辺りの等高線を描き、道の下手は高い葦が茂っている。


 水の最上位魔法で大量の水が出たとしても、例の事件現場を冷やすのにちょうどいいくらいなんじゃないだろうか。

 そんなことを思いながら、果樹園に続くわき道に入って少し上ったところに陣取り、緩やかに流れている川を見下ろした。


 水属性の最強魔法は、思ったとおり、精霊に対してさえ深い慈愛を持つことなのだと言う。

 世界ごと焼き尽くしてやる、という火の情動からまるで逆だ。

 精霊に、もう世界の歪みで悩む必要は無いのだと告げ、安心させてやる、そうすることで、力場によるバリアをも突破する最強魔法が完成する、というわけだ。


 言わば、究極の安寧。あらゆる悩みから解き放たれること。


 とすれば、今僕が日々感じている心のもやもや、こんなものに僕自身が悩まされていて、他人に悩みからの開放を与えることができるものだろうか、と、不安になる。

 何者でもない僕。もちろん、火属性の最強魔法にたどり着いたという意味では、もしかすると()()()()()()()()()()()()()、とも思うけれど、どちらかといえば、あの成功は、僕自身の世界の狭さが理由だったんじゃないかとも思う。だから、その全てを破壊しつくす妄想もできたんじゃないかと思う。

 こんなに小さい僕に、果たして世界にあまねく精霊を包み込むことができるだろうか。


 そもそも、僕は僕自身を救えるのだろうか。


 本当の救いとはなんだろう。健康で、食べるものに困らず、着るものと住むところがあって、誰かに気にかけられ、誰かを気にかけ、悩み、悩まされながら生き抜いて行くことは、本当の救いなんだろうか。

 時に思う。

 本当の救いとは、死なんじゃないか、と。


 母親は、その子を慈しむ。災難や苦痛から守る。でも、母親はいつか逝く。そのとき、母親はその子の後半生を投げ出してしまうしかない。自分のいないところで生きて行く子が幸福になるのか、不幸になるのか、知らずに逝かなきゃならない。とすると、その母親にとって、子がそのあと一人で生きて行くことは本当に救いなのか。

 その母親にとっての心からの救いは、その子がともに死を迎えることなんじゃないか。あらゆる災難や苦痛から解き放たれた彼岸へともに旅立つことなんじゃないか。どの母親も、そう思ってるんじゃないだろうか。


 悩んでも悩んでもどうすればいいのか分からなければ、死んでしまえばいいと思う。

 ヒトの心が発する泥のような音が耳にこびりついて離れないなら、死ねばいい。

 眠るように穏やかに、心を閉ざして死んでしまえばいいんだ。


 だから、本当の救いとは、死、なんだと思う。


 精霊たちにとってもそれは同じ。たとえ精霊に死の概念がなかったとしても、やさしい子守唄に包まれて心を閉ざすことは、一つの死。

 世界のあらゆる雑音から精霊を切り離して死をもたらすことこそが、精霊にとっての本当の救い。


 さあ、ゆっくり眠ろう、精霊たち。僕も一緒に死ぬから。


 ――と思ったとき、何かが背筋にストンと落ちてきた感覚が、あった。

 身に覚えのある感覚。

 僕は、そっと魔力を流し込む。


 視界の中にあった空と丘がドロリと融け、それは水となり、水流となり、音も立てずに流れ始めた。その流れに全てを巻き込み、溶かし込みながら。



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