反射の力場
■反射の力場
前章では、魔法攻撃を弱めることを目的とした力場の魔法を習得しました。続いて、魔法攻撃を反射することで、防御を直接攻撃に転化する手法を学びましょう。
もうお気づきかと思いますが、本書の用語『力場』は、上位世界の存在、精霊たちによるこの世界への干渉を表しています。ですから、反射の力場も同様に、精霊たちの力を直接この世界に招来することを目的とします。
精霊たちが、下位世界のものが魔法を使うことを好まないという話は前章でしたとおりです。精霊たちは魔法の使用に気付くと、消極的な干渉を行いそれを打ち消そうとします。反射の力場はさらにこの干渉を積極的なものにしなければなりません。つまり、懲罰的な干渉を引き起こす必要があるのです。
干渉の力場と同様の告発の意識に加え、厳罰を望む意図をその告発に付け加えなければなりません。世を乱そうとしたものを、それと同じ力で罰しなければなりません。
本来、罰とはそうしたものであるべきである、ということを強く意識しましょう。過分な力を使うものはその力に滅ぼされなければなりません。人をだまそうとするものはだまされ、人を傷つけようとするものは傷つき、人を殺そうとするものは殺されるのです。あなたに向けられた魔法は、そのどれでしょうか。いずれにも完全に合致するということはないでしょう。ですから、あなたは、魔法によって引き起こされる世の乱れのありとあらゆるものを想像し、それと同じ力で傷つき倒れるものをイメージするのです。そうしたイメージを強く持ちながら、そのようにあるべきだと、精霊たちに訴えるのです。
昨今では、社会の維持を目的とした理性的な罰に傾倒するものが多いようです。あるいは、罰ではなく更生と言い換えて、本来の因果応報的処罰を否定する考え方も広がっています。こういった考え方は誤りです。罪を犯した者は犯した罪に釣り合った罰を受けること。罪と罰は常にバランスしていなければならないこと。罰の目的は、罪人の在り方を否定することである、と意識しましょう。他人に魔法の刃を向けるものは、同じ魔法の刃で切り刻まれる覚悟のあるものだけなのです。
何度も繰り返しますが、躊躇してはいけません。確信をもって、ありとあらゆる擾乱は、それを起こした者に報いる、そのイメージをしっかりと持つことです。そうでなければ、精霊たちは、発生した擾乱が罪人による悪行なのか世界の小さなほころびに過ぎないのか、気づくことさえできないのです。あなたは絶対に正しいのです。確信してください。
さてこの魔法がうまくいったかどうかを確かめるのは、干渉の力場の場合よりももっと難しいでしょう。自分で魔法を使いそれを反射することはできません。反射の力場の根本情動は『他罰』だからです。自罰的情動が少しでも混じれば、反射の力場はうまくいきません。しかし、ここまでの訓練を乗り越えてきて来たあなたにならできます。あなたは世に魔法の使われるところを一つ二つくらいは知ることができるようになっているはずです。それは、精霊たちへの告発の対価とも言えるものです。おそらくは近場の魔法の教練所でしょう。そこで、訓練生の一人の魔法を、遠くから反射させればいいのです。魔法の刃があなた自身に向いている必要はありません。ただ、魔法を使ったものを罰する、それが反射の力場だからです。
この魔法を身に着ければ、あなたを害しようとするものは一人としていなくなるでしょう。
それでは学習メモにお進みください。
●学習メモ
久しぶりに、彼女の家を訪ねた。
そこで僕が見たのは、両目に涙をためて椅子に座ってうつむいている彼女だった。
「あの人が……帰ってきたの」
彼女がそう言って、僕はそれが誰を意味しているのか、すぐに分かった。僕の親友のあいつだ。
彼女が言うには、あいつは戦場で大怪我をして帰ってきたのだという。
右足をまるで失う大変な怪我で、もう軍人としての未来はないだろうし、文官に転進できるようなコネも彼の家にはあまりないらしい。
恥ずかしながら、彼女に聞くまで、僕は親友だと思っていたあいつのそんな状況をまるで知らなかった。
そのことが、少し悔しいし、僕より先に彼女が知っていたことに、二つの意味で嫉妬を感じていた。
僕ではなく彼女にだけ話すなんて、という親友についての嫉妬と、それほどまでにあいつのことを心配していた彼女についての嫉妬。
その後、再び熱を出してしまったらしく、彼女は奥の部屋へと引き込んでしまった。
僕はそのあと、あいつの家を訪問する気にはなれなかった。何しろ、あいつから僕へは何の便りもないのだし。僕の家のような最下級貴族へは伝える義理もないのだろうし。
あいつにとってきっと僕は邪魔者になるに違いない。戦場に赴き輝く未来を失った彼にとっての、閑居のうちに曇りくすんだ未来へと歩む僕のようなものは。
だから彼は僕に何も言ってよこさないのだ。
たとえそうだとしても、きっとあいつは、僕に手に入れられないものを全部手にすることになる。
僕には決して手に入れられないものを。
それは、僕に対する罰だろうか? それが世界の仕組みだろうか?
――そんなことを考えながら、この本に書いてあるように、魔法を行使しているところを感じ取りながら歩くことにした。
世の理の乱れあるところ。
確かにそうとしか思えない感覚が、緩衝の力場の訓練のあとにわずかに芽生えているのを感じる。この本に書いてあるとおり告発の見返りとして精霊に与えられたものなのか、僕自身が理の乱れを疎む性質を身につけたのか、どちらが正しいのかは分からない。でもきっと本に書いてあることの方が正しいと思うほうが良いのだろう。結局のところどちらでもいいのだから。
僕はいつの間にか城壁を出て郊外を歩いていた。いつか土の魔法を試すために向かった山岳地帯とは反対側だ。
こちらのほうには広い田園地帯が広がっていて、さらにそのずっとずっと向こうには、魔物の軍隊と王国軍の間の戦線がある。戦況は一進一退で、時には敵の斥候兼後方霍乱の部隊がこの近くの村々を荒らすこともある。
そんなことももうしばらく起きていないからこの付近はすっかり平和なのだけれど、時折通る軍需物資を運ぶ荷馬車の列が、戦争が続いていることを村々に知らせている。
別に、最前線に行って魔物の群れを相手に反射の力場を試してみようというわけじゃない。何しろここから前線までは大人の足でも七日はかかる。出歩きの準備としては腰につけた水入りの皮袋だけという僕がとても歩いていける距離じゃない。
ただ、胸騒ぎ――そう、『世の理の乱れあるところ』の予期というか予感というか、そういうものを純粋に感じ取っていた。こちらで何かが起こるのだと。
太陽の高さは、正中から日没までのちょうど中間あたりに差し掛かっていた。
僕が『何か』を感じたのは、ちょうどその時間だった。
田園地帯の広がる川沿いの盆地を見下ろすような形で緩やかな山の連なりのその中腹を蛇のように繋ぐ細い道を歩いていた僕は、そのずっと先に、何かの気配を感じた。それは紛れも無く、誰かが魔法を使おうとしている、そう確信させるものだった。
魔法を使おうとしているのが王国軍の誰かなのか? 魔物なのか?
そんなことは、なんだかどうでもよくなっていた。
僕以外のものが世界の理を捻じ曲げて歪な力を振るおうだなどと。
許せる行為ではない。
罰を受けるがいい。
そうとも、みんなみんな罰を受けるがいい。ちょっと魔法の才能があるからとこんな田舎で悪巧みをする何者か。ちょっと家柄がいいからといって出世したり労せず美女を妻にできるような何者か。
罰は、お前たちのためにある。
腕を切り落とせば腕を切り落とされ、足を薙げば足を喪い、頸を刎ねるものは頸を刎ねられるのだ。
はるか前方に、閃光に続き白い煙が立ち上るのが見えた。
僕はもう、それが何なのかを確認する必要さえ無い。