緩衝の力場
■緩衝の力場
ここまでの学習で気が付いた方もいらっしゃるかもしれませんが、魔法で操作された火炎は火炎魔法でしか防げません。水流も迅雷も土石も同じです。また、物体の移動の魔法の応用で魔法で物理的に殴りつけることもできますが、それも魔法でしか防げません。魔法はとてつもなく強力で、常に攻撃側が有利なのです。
各属性の最上位魔法を習得する前に、無属性の防御手段を習得しておきましょう。最上位魔法はこの無属性防御さえ貫通しますが、だからこそ、まずはそれを学ばなければならないのです。
ここまでで四属性の魔法は人間の持つ根源的な欲求が対応していることが分かったと思います。しかしここから学ぶ魔法は、より高位の存在を意識しなければなりません。神、あるいは魔、そのように呼ばれている超越的存在です(便宜上、以降これらをまとめて精霊と呼びます)。
精霊たちの持つ性向の一つに、ヒト(人間や魔族)が魔法を使うことを嫌悪する、というものがあります。本来、魔法は精霊たちの世界の奇跡であり、精霊たちの世界の下位投影である人間界や魔界には存在してはならないものです。にもかかわらず、異なる世界をまたぐ法則の流れを使うことで上位世界の奇跡の一部を無理矢理に顕現させているわけですから、精霊たちにとっては面白かろうはずがありません。彼らは単に我々が魔法を使っていることをほとんど知らずにいるだけであり、それを知れば、下位世界の管理者としてその発動を阻むため簡易な反魔法を施そうとします。これを、緩衝の力場として我々が目にすることができるのです。
彼らが見落としてしまったりたまには怠惰になってしまうことを心配する必要はありません。彼らは時間や空間に縛られず、あらゆる時と場所に偏在し、我々から見れば無限の行動余力を持った存在です。意識せず痒い所を掻いているように、彼らは意識せずとも我々の魔法を吹き消すことができるのです(と信じられています)。
さて、このような仕組みとなっているわけですから、あなたが緩衝の力場の魔法を使うときに、どのような衝動を思い浮かべればよいのか、もうお分かりでしょう。つまり、告発、告げ口です。魔法の使用が世界を乱す悪行であると考え、それを管理者に告発する、それがこの魔法の行使に必要なことです。一般の魔法理論では、世界の乱れに対する復元力を強固な精神と正義の信念で呼び起こす、とされていますが、その正体は、はるか届かない超越的存在への告発なのです。
これまでと同じように魔力を呼び起こし、それから、告発のイメージを心中に作ります。告発の対象は、世界を乱そうとしている極悪人である相手、となります。この訓練では相手を準備できませんから、効果の確認が難しい、と思われるかもしれません。
実はこれは簡単にできます。物体の移動の魔法で何かを空中に浮かばせた状態で、すぐに告発の意識に切り替えます。すると、物体の移動の効力が弱まるはずです。超越的存在が魔法の不逞な使用に気付き、それを打ち消そうとするのですから、その対象が自分であっても同様なのです。
一般的には魔法の効力を半減させられれば上等の魔法使い、とされています。いきなりそこを目指すのは難しいので、一割ほどの抑圧を目指しましょう。成功すれば、浮かんでいる物が、普段目にする物が落ちる速さ(正確には速さの増え方)の一割ほどの早さでゆっくりと落ちていくはずです。もし可能なら、手を離してから床に落ちるまでの時間を(心拍を使って)計って、普段の三倍ほどの時間になっていれば間違い有りません(なぜ三倍なのかについては非常に困難な数学の技術で説明しなければならないため割愛します)。
これが上手くできるようになれば、当面は弱い魔法で傷つくことはなくなるでしょう。
それでは学習メモにお進みください。
●学習メモ
精霊。
僧正様の説く神とは何が違うのだろうか。
世界の不幸を願う悪魔とそれは同じものなのだろうか。
そういった特別な存在(たち?)に、魔法の使用を告発するのが、緩衝の仕組みなのか。
つまり、こういうことだ。
「神様、お助けください。何者かが魔法を使って悪さをしています」
……そういうのとは、何か違う気がする。今まで僕が実践してきた魔法は、そうじゃなかったと思う。
自分を拡げ、自分を密にし、我を押し通す。
それが、魔法の根源。人間の欲求。
だから僕はきっと、こう考えなければならない。
「世の理に照らして考えれば、この僕が下俗の魔法に傷つけられるわけがない」
「世の理を乱す魔法の行使が許されるはずがない」
僕は世の理の執行者として正義を唱えるだけでいいはずなのだ。正義を守りたいという強い欲望。それこそがこの魔法の根源なのだと思う。
いつもの河原に足を運び、手近な石ころを物体の移動の魔法で浮き上がらせてみる。
さまざまな魔法を訓練してきたおかげか、初めてやったときよりもずっと楽に浮かせることが出来た。この魔法書のすごさを改めて思い知る。
もう意識していなくても石を浮かんだままにしておける。肩の力を抜いて、周囲に目をやり、柔らかな秋の日差しに枯れかけた木の葉が照らされているのに目をやる。それでも石は落ちない。僕は随分な魔法使いになってしまったようだ。
しばらくそうして石を浮かせたままにする練習をしている。練習と言っても、ただその状態を維持するだけ。ほとんど無意識のうちに、石を浮かせる方向に魔力の風を吹かせるための魔界のイメージの濃淡を心の中に作っているのだけれど。
告発。
僕は唐突に、そう考えた。
誰に?
神も魔も、何もかもを超えた存在。世界の根源。自然の理。
なんと?
魔法で悪事をなそうとするものがいる、と。
魔法であろうことかこの僕に対し悪事をなそうとするものがいる、と。
この僕は、何ものにも傷つけられてはならない。
僕はこの世のすべてを、破壊し、治め、支配し、固める役割を負うものなのだ。
だから、僕は傷つけられてはならない。
さあ、見よ。
ここに、魔法で不届きをなそうとするものがいるぞ――
ぽとり、と、石が落ちた。
まさに唐突に。
説明文によれば、持ち上げる力が弱まってゆっくりと落ちていくように見えるだろう、とのことだったけど、本当に、ぽとり、と落ちたのだ。
これは、成功したと言うことだろうか?
それとも、成功を願う僕の無意識が無意識のうちに持ち上げる力を解いてしまったのか?
次のページを開いてみれば分かる。
だめなら開かないだけなのだから。