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土石の隆起

■土石の隆起


 土属性の基礎として現状維持欲求を使った土石の操作まで学習が終わりましたが、この章では、単に器に盛った土ではなく、魔界にまで達する大地そのものを操作することを学びます。


 あなたは土石の操作の学習で、変わらない自分、確固たる自分を意識したのではないかと思います。この章ではさらに、変わらない大地、確固たる大地をイメージする練習をしなければなりません。変わらぬ人間、変わらぬ街、変わらぬ国、変わらぬ社会、変わらぬ世界……今あるものをあるがままに保つことは、最後には変わらない宇宙へとつながっていきます。天空を惑い歩く神々の住まう惑い星さえも、変わらぬ世界にからめとるほどの強い自己を持たねばなりません。

 さらに重要なのが、静止した世界の中で、あなただけが変わりうることを意識することです。世界を変えずに動くこと。これが本当に可能であると信じることができなければ、揺らがぬ世界を揺れ動く意識の中に置くことができるようにはなりません。もとより、この世界に揺らがぬものなどありません。陽光が木々を育てず波濤が岩を削らず英雄の偉業が色あせない――そんな世界はありえないのです。にもかかわらず、人は、平和と平穏な今を実感したとき、それが永遠であると錯覚する、それもごく個人的な理由で。一方、土属性の魔法を極めるには、本当に変わらぬ世界をあなたの精神の中に創造しなければなりません。これはとても難しいことです。


 準備するものは何もありません。ただし、この魔法は大地を直接操りますので、十分に広い場所、影響で建造物などを破壊してしまわない場所を選びましょう。そこで魔力を呼び起こし、目に見える彼方、あるいは星々の世界までが静止した世界を精神の中に創造し、あなたと、大地のある一点だけが、あなたの意思に従っている様を想像します。


 すべてがうまくいけば、あなたが意識を集中した大地の一点に、変化が起こり始めます。多くの場合は隆起を生み、時には陥没することもあります。大地が隆起したら、それを土石の操作の要領で操作してみてください。魔法で呼び起こされた大地の土石はただ震えるばかりでなく、無数の石礫となって自在に飛ばすことができるようになります。


 水よりもはるかに大きな重量を持つ石礫による攻撃は、どんな鎧も粉々にできるでしょう。そればかりか、相手の依って立つ大地を揺るがしてしまうこともできますから、空を飛ぶ魔法でもなければまったく避けることもできない強力な攻撃魔法となります(もちろん、とっさに自分に対して物体の操作の魔法をかけて空中に浮かぶのは相当な熟練が必要です)。また、地の底にまで続く陥没を呼ぶこともできるようになれば、土石の魔法のバリエーションはより豊かになるでしょう。


 それでは学習メモにお進みください。


●学習メモ


 陽光が木々を育てない世界……そんなもの、本当に僕に想像できるだろうか。

 わからないけれど、この土の上位魔法は河原で使うのには向かないことは分かる。土手を壊してしまったら大変だし、取水口に何か不調が起こるだけで小作人たちは困り果ててしまうだろう。もちろん、僕が万一、季節の移ろわない世界を創造してしまったら、収穫の季節が巡ってこない彼らはおまんまの食い上げというものだ。


 さて、そんな心配はないとは分かっていながらも、ともかく僕は、ハイキングに出かける、と言いおいて、朝早くに家を出た。それから、まっすぐに山に向かおうと思いながらも、ついつい、足は、彼女の屋敷に向いていた。

 ニットのストールを羽織った彼女が自ら出迎えてくれた。こんな早くにどうしたの、と言う彼女に、ちょっと山の空気を吸いに行ってくる、と告げた。彼女はうらやましそうな表情を隠しもせず、いってらっしゃい、と笑った。一緒に、という言葉は、すんでのところで喉の奥にとどまった。彼女が小さく咳き込むと、メイドが飛び出てきて、お嬢様お休みください、と言い、僕もそうするように促したところで、彼女は奥に消えていった。


 近郊の丘陵地帯の中でも、特に人の少ない小さな谷間についたときは、もう太陽が真上近くに差し掛かっていた。僕は持っていた弁当を広げ空腹を満たし、小川の清流をすくって喉を潤した。

 岩場に座り込む。

 風が木の葉を揺らすのを、じっと見つめる。


 世界は、揺らいでいる。

 揺らぐことが、世界だ。


 当たり前のことなのに、何事にも動じない世界を創造しろ、と言われて、初めて気が付いた。

 岩を覆う苔がカビ臭いにおいを放ち、それが僕の鼻孔を突き抜けていくことが『ない』世界。そんなものは、土台あり得ないのではないか。そうでなければ、僕はどうやって、この湿った空気を感じることができるだろう。僕が何かを得るということは、世界が揺らいでいるということだ。


 これは、案外難しいぞ、と気づいたころには、太陽は真上をずいぶん過ぎていた。


 目を閉じる。

 世界の複製が瞼の奥に現れる。

 その世界の果ての果てまでを想像する。迅雷の転移の修行でやったように。


 鳥が飛んでいる。風がそれを吹き飛ばそうとし、抗って羽ばたいている。


 僕は、見えない手を伸ばし――それは僕自身のそれよりも、想像の中でははるかに大きかった――、抗う鳥を、わしづかみにした。それは、空中にピタリと止まる。二本目三本目の腕を伸ばし、もがく両羽を押さえつける。風がやってきてその鳥を奪い去ろうとするのを、もう一本の腕で遮る。それから、『風をつかむ手』を伸ばし、風さえも中空に静止させる。

 はるか下に海面が見える。水面はうねり、さざ波が立っている。さざ波の飛沫のすべて、目に見えないほどの最後の一つまでを、無数の手を伸ばしてつまみ、ピタリと静まらせた。巨大なうねりは、貿易船よりも大きな両手で包み込んで鎮めた。


 太陽が頭上を通り過ぎていくのが見える。僕はそれに腹を立て、天を貫く長大な腕を伸ばして、太陽をつかんだ。月がやってきて太陽を救い出そうとするのを、ひょいとつまんで夜の幕の向こうに座らせた。

 太陽が放つ光と熱が、小さな粒になって見える。それは、まさに燦々と森に降り注いで木々を育てようとする。僕はそのばかげた試みをあきらめさせるために無数の指を広げて受け止める。星々が座位を移ろわせ人の運命を語ろうとするのを目くばせだけで黙らせる。


 めりっ、という音に我に返ると、小川の向こうの斜面が大きく盛り上がっている。

 そう、ちょうど、僕が魔力を集中していた位置だ。

 土砂は成長し、周囲の草木を巻き込んで押しつぶしていく。上に伸びるとともにその粒はきれいにそろい、世界の静謐を語るタペストリーとなっていく。


 動かぬ世界とは、ただそうある世界なのではない。

 そう、動かずして世界を統べる存在。それこそが、世界をあるべき姿にとどまらせるのだ。

 永遠に。


 その存在とは、神だろうか、悪魔だろうか。今世界が揺らいでいるのであれば、神も悪魔も存在しないのだろうか。

 いったいぜんたい、誰がそれに、なりうるのだろう。


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